3章

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4章



時をかける少女

眠り姫

ハイアンドシーク

seyahat





「さて、何から話そうか」

私達は、夕暮れの回廊を並んで歩く。

と言うのも、お饅頭が待つ私の部屋に行くはずだったのに、

何故か頑なに拒まれて・・・・・・

渋々、夕餉まで邸内を散歩することになったからだ。


「・・・・・・あっ・・・・・・」

「ん? どうした?」

橙色の夕日が映し出す二つの影が、時々ぴったりくっ付く。

その度に高揚する私に、遥は全く気付かない様子。

ちぇっ、何だか面白くないわ。

「何でもないわ・・・・・・じゃぁ、水穂の話かな」

遥の赴任先である水穂の国は、

高天原の真東に位置する、一番身近な貿易国。

国内に数多くの金鉱を保有していることと、

国の半分が海に面しているため、豊かかつ独特な文化が育っている。

ただ、小国ながらもその価値が高すぎて、外敵に狙われ易く、

若き賢君と名高い国王・天津の大君は苦労されているとか。


「大君様はお元気でいらっしゃる?」

私の質問に対し、遥は畏まった様子で答える。

「市政の書類と日々格闘していらっしゃるよ。

側近はもちろん、城仕えの者も皆、彼を支えようと必死だ。

家族に近い絆を感じるくらい団結してるな」

素直じゃない遥が、手放しで人を褒めるなんて。

「噂に違わず、尊敬できる方なのね。

遥が仕えている相手がそう言う人で安心したわ」

「あ、大君と言えば・・・・・・

今な、大君の側仕えの少年に剣術を教えてるんだ!」

あら、珍しい。満面の笑み。

故郷で待つ妹のことを話す時と、表情が被ってる。

「その子を随分可愛がっているのね?」

私もつられて笑い、遥の袖を軽く引っ張った。

「ああ、俺は弟みたいに思ってる。けど・・・・・・

あいつは、自分が愛されてることを知らないみたいだけどな」

言葉を一つ口にする度に、表情が曇っていく。

「どう言うこと?」

すると、遥が何かを耳打ちする姿勢になった。

私は一呼吸置いて、顔を傾ける。

「・・・・・・あいつな、実は妖怪の血筋なんだ」

「ええっ・・・・・・よ、妖怪?!」

「こら、馬鹿野郎、大声で言うな・・・・・・!!」

遥は力任せに私の口を塞ぎ、周囲を念入りに見回した。

みんな夕餉の準備に追われているのか、

幸い、夕日以外の気配はなかった。

「勘弁してくれよ。逮捕されたら洒落にならん・・・・・・」

「ごめんなさい。高天原では禁句なのに」

私達は揃って大きな溜息をつき、肩を撫で下ろした。


事の発端は、およそ五百年前。

詳細はどんな書物にも残っていないけれど、

当時の領主が妖怪を固く禁じ、一斉に粛清したらしい。

それ以来、妖怪は暴走して人間を陥れる忌むべき存在として、

国禁として定められている。

なのに・・・・・・


「水穂では、妖怪でも国主の下で働けるの?

妖怪は人の子を喰らうって、専らの噂だけど・・・・・・」

「根は人間と変わらない!!

それなのに、妖怪の血を恥じていつも自分を犠牲にする」

高天原では全く馴染みがなくて分からないけど、

妖怪にも、善悪様々な者がいるのね。

「なんだか可哀相ね」

「まぁ、水穂は種族に隔てない国だし心配するな」

落ち込む私をまじまじと見て、遥が背中をバシバシ叩いた。

「いずれ連れて来てあげて? 私、絶対歓迎するわ」

「伝えたら喜ぶよ。でも今は、交易路を渡るのは危険だろう」

遥はたぶさを結い直して、苦い表情でゆっくりと呟いた。

「例の、盗賊のせいね・・・・・・?」

遥は静かに首を縦に振った。

数千里にも及んで両国を繋ぐ交易路が、

ちょうど五年前から、盗賊の被害を受けるようになった。

神出鬼没の集団で、過去に幾度となく輸入品を強奪している。

そこで、進退窮まった両国は、盗賊の討伐を試みた。

その先鋒が遥の遠征隊で、今も交易路の護衛を務めている。

「まだ被害は出ているの?」

「まぁ、獲物が黄金とあっちゃ誰でも欲しくなるさ」

頷いた遥の目が、異様に輝いている。

遥自身も、喉から手が出るほど欲しいに違いないわ。

やれやれ、と思いつつも無視して私は続けた。

「護衛なんて危なくないの?」

「そりゃ、安全とは言い難いな。

遭遇すれば、応戦して捕縛しなきゃならないし。

まぁ、両国からも潤沢な支援は受けてるし、

俺の近衛隊は精鋭を揃えてあるから。心配ないさ」

遥の死角で、張り詰めた背筋をホッと緩めた。

「有難いことね。

ろくでなしの指揮官を、優秀な部下が支えてくれて」

「そう、ろくでなしの俺を・・・・・・はぁ?!

ったく、これだから嫌だ!世間知らずのお姫様は!」

当てが外れた様子で、遥は前髪をくしゃくしゃと掻き上げた。

「お前、噂とか全然聞かないのか?!」

「ふふ、冗談よ。遥の殊勲は都でも評判だもの」

「当然だろ、俺がいなきゃ今頃・・・・・・」


あ・・・・・・

まただ。また瞼を伏せた。

時々だけど、笑っていても表情が曇るの。


「ねぇ、そんなに心配なの?」

「ん?」

きょとんとした様子で、あくび交じりの返事が戻ってきた。

「必死で隠してるみたいだけど知ってるのよ。

あなた、帰国してから時々考え込んでいるでしょう?」

「・・・・・・へぇ。お前、意外と観察が鋭いな」

薄っすら笑みを浮かべて、遥が私を見る。

「今も金は運搬されてるからな。

部下が上手く援護してると思うけど、気が気じゃないな」

昔から知ってる、真剣な瞳だ。

「またすぐに水穂に戻ってしまうのね?」

「もともと今回は書状を届けに来ただけだから。

次の帰国は、盗賊を全員捕らえて凱旋って形がいいよなぁ。

両国からの褒章もガッポリでさ。

とは言え、未だに奴等に翻弄されるばかりだ。

このまま守りに徹していたら、一体何年掛かるやら」

見当も付かないとぼやく遥を横目に、私は溜息を付いた。

「焦って無茶しないでよ?」

「何だよ、妙にしおらしいな。

さてはお前、俺がいなくなるのが寂しいんだろ?!」

遥は、少年みたいにケタケタと楽しげに笑った。

軽率なその態度が癇に障った私は、

つい・・・・・・

「か、勘違いしないで!!

あなたが帰国したら、私は朝日と結婚させられるのよ!

だから、帰らなければいいのにって私・・・・・・」

ハッと我に返り口を噤んだ時には、もう手遅れだった。

口から零れた言葉は、もう戻らない。


「・・・・・・ごめんね、八つ当たり。

私の問題なの。遥に怒鳴ったって仕方ないのに」

「結婚って・・・・・・何で、あいつと?」

「お母様の命令なの。きっと逆らえないわ」

「次に帰国したら、桜は若君の嫁になってんのか・・・・・・」

遥は首を傾げ、悪意の欠片もない様子で呟く。

「そうよ。せいせいするでしょ?

厄介者のじゃじゃ馬が、政略結婚の犠牲になって」

精一杯の強がりで、私は笑って見せた。



引き止めてなんて言わないわ。

それでも、お願いだから何か言って。

寂しいとか、嫌だとか、何か・・・・・・!



「いや・・・・・・かかぁ天下になるだろうな、と思って。

あの軟弱者が、お前との結婚生活に耐えられるか見物だな」

私の尻に敷かれる朝日の顔でも想像したのか、

遥の口元は僅かに緩んでいる。

「な、何よ・・・・・・ふざけないでよ。

人が真面目に言ってる時くらい、冗談は止めてよッ!!」

私は、血が滲みそうなほど強く唇を噛み締めた。

一気に目頭が熱くなって、視界が潤んでくる。



期待した私が馬鹿だった。

どうでもいいのね?

幼馴染の女の子が、嫌々嫁がされても・・・・・・


遥には、取るに足りないこと。




「もういい。

散歩はおしまいよ。お願い、私を一人にして。

遥なんか、嫌いよ・・・・・・大嫌い・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

顔を背けた瞬間に、大粒の滴が頬に落ちた。

それに気付いたのか、遥は片手で私の頭を抱き寄せる。

「ちょ、ちょっと?!」

遥の広い胸に埋まった顔が熱を持って、

今にも湯気を吹きそう。

「・・・・・・泣くな、お前らしくない」

「私らしいって何?!

あんな酷いことを言われて我慢なんてできない!」

興奮して叩いた胸板は想像以上に厚かった。

押しのけようとする私を無視して、遥は腕に力を込めた。

胸が潰れて、上手く息継ぎが出来ない。

「ん・・・・・・苦しっ・・・・・・」

「俺が悪かった。

頼むから、そん風に泣くなよ。

大切だから・・・・・・何より大事だから、こうするんだ」



俺は桜に何もしてやれない。

そんなことを願う資格は、俺にはない。

季沙を忘れて幸せになることなんて、出来ないんだ。

だから、俺は・・・・・・



「心からお前達を祝福するよ。

桜を頼むって、何度だって頭を下げてやる」



―― パンッ!!

鈍い音が、長い回廊に響き渡る。

掌が酷く痛んだから、叩かれた頬はきっともっと痛い。




「・・・・・・っふ・・・・・・う・・・・・・

何よ、私の保護者にでもなったつもり?!

あなたの世話になるなんて、死んでも御免なんだから!!

・・・・・・っ・・・・・・ごほっ・・・・・」

真っ赤に脹れた目尻から涙が溢れて、

嗚咽のせいで私は大きく咳き込んだ。

そんな様子を、遥は瞬きもせず静かに眺める。


馬鹿ね。

何を思い上がっていたの。

遥が私のために悲しんでくれる訳ないのに。


それでも、お願いよ。

そんな風に切り捨てないで・・・・・・










「・・・・・・あ、あっ・・・・・・!!」

こめかみに、覚えのある激痛が走る。



「い、嫌・・・・・・頭がっ・・・・・・」

頭を抱えた瞬間に、視界がぐにゃりと歪曲した。

そして、地面がぼろぼろと崩れていく感覚が私を襲ってくる。

「またか!おい、しっかりしろ・・・・・・おっと!!」

強烈な吐き気に耐えられず跪いた私を、

間一髪遥が支えてくれた。

そのおかげで、頭からの転落はなんとか回避できた。




(耳を、研ぎ澄まして)




「またこの声・・・・・・あなたは、一体誰?!」

甘く柔らかい声音が、耳の奥を撫でる。

とろり、と触れた場所から溶けてしまいそう。

(私は、ささら。

高天原の守護を司る竜神の、唯一の妃。

そして今は、あなたの意識の深層に存在する者)

「ささらって、冗談でしょう?

竜神の花嫁になったって言う、あの・・・・・・?!」


そんなはずがないわ。

姫巫女様は、五百年前に人身御供になったのよ。

御神体として社に祀られた伝説を、子供だって知ってる!

現代の高天原に居るはずがないもの!!



(それが、私。信じられない?)

口では疑いつつ、確信めいたものがある。

嘘偽りなんかじゃない。

彼女の音色は澄み切って、寸分の濁りもない。

「し、信じます。一応。

それで、その姫巫女様が、何故・・・・・・私に?」

疑うのを止めて、深呼吸を二度三度繰り返すと、

次第に頭痛は治まった。

ごくりと唾を飲み込んで、私は切り出す。

(伝えなければならないことがあるの。

この土地を・・・・・・あなた方の高天原を、護るために)

「高天原を、護る・・・・・・?」

慎ましやかな口調で、遠慮がちに姫巫女様は告げた。

その内容があまりに突飛すぎて、

私は同じ言葉を繰り返すことしか出来なかった。

(ええ。あなたに探して欲しい物があるの)








終わりの、始まりの音が、聴こえる。





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ここまで読んでくださってありがとうございます。

二章の目的は、三章以降の基盤作りと問題提起。
そんな訳で、どうしても説明的な内容が多くなりがちですね。
私が読者なら、そろそろ飽きて投げ出す頃でしょう。
簡単な台詞ばかりの絵本や児童文学が、実は大好きなのです(笑)
読み手に優しくない文章で申し訳ありません。
じれったいのももう少しの辛抱です。
宜しくお付き合い下さい。

さて、この回にはまたお気に入りのエピソードを入れました。
中盤の「遥なんて大嫌いよ」の辺りです。
二話で書いた朝日の求婚シーンと一緒に、
連載開始のずっと前から暖めてきたものだったので、
こうして書くことが出来て嬉しいです。
幼馴染の結婚に内心動揺しつつも、引き止められない男。
男の本心に気付かず、裏切られたと心を痛める女。
そんな二人の擦れ違い・・・・・・なんて、創作の醍醐味ですね(笑)
出来栄え云々は置いておいて、非常に楽しく書けました。
こう言う話ばっかり書いていたいですね!

ちなみに私は、遥と桜のカップリングが好きです。
皆様はいかがでしょうか。
もし宜しければ感想とあわせて教えてください♪

さて。
再びささらが登場して、物語が動き始めます。
いよいよ長い宝玉探しの幕開けです。
北州の○○、水穂の○○、亡国の○○、西域の○○○など、
どうぞ楽しみにしていてくださいね。
あれ、全部伏せてちゃ参考にならないですね(笑)




夕闇の境界



ハジマリとオワリの境界線に 

わたしは今 差し掛かっている



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この国には言い伝えがあるの。


『生贄として、竜神に身を捧げた少女。

その御霊は社に祀られ、未来永劫、神と人間の礎に』

そんな、土地を救った姫巫女の物語。



なのに今、

この心は確かに触れている。

五百年前の、哀しいお伽話に・・・・・・










(突然の挨拶でごめんなさい。驚いた?)

もし喩えるなら、熟れた果実か砂糖菓子。

もしくは、揺り篭の中の子守唄。

そんな甘く優しい音色が、頭の奥を撫でている。



「当然ですよ。

だって・・・・・・姫巫女様は五百年も昔の方でしょう?」

そう尋ねると、ささら様はふわりと微笑む。

(ふふ、そうね。

有機物である体は朽ちて、もう現存していないわ。

だから、魂魄だけ体から切り離して、今日まで留めておいたの。

あなた達の言葉では、幽体離脱とでも言うのかしら?)

反論の言葉を一瞬だけ捜して、私は息を吐いた。

遥にも朝日にも聞こえず、発信源も分からない声が、

今も私にだけ聞こえ続けている。

もう、どう疑えばいいのかも分からない。降参だわ。

「信じます。だから教えてください。

魂だけで私と繋がったのは、国の危機を伝えるため?」

(そう。かつて、私が護った土地だから・・・・・・)



優しい声。

だけど、身を切るような哀しい響き。



(ねぇ、桜姫。

地盤が緩むとどうなるか、あなたは知ってる?)

しばらく間を置いてから、ささら様は重々しい口調で切り出した。

危機と呼ぶには拍子抜けしてしまう内容で、

呆気に取られた私は、ひたすら瞬きを繰り返した。

地盤って地殻の表面のことよね?

土砂崩れや雪崩が起きる、くらいしか思い付かないけれど。

「高天原と何か関係が?」

(元々、高天原の土は含水率がとても高くて、

建築構造物の支持層には適さない、軟弱基盤だったの。

要は、大昔からとても脆かったと言うこと)

「はい。それは習いました」

(その上、近年の大規模な掘削、地質の変化と積雪も加わって、

いよいよ、土地が重みに耐えられなくなっているの。

今はまだ、兆候がないかもしれないけれど)

え?

私は必死で地学の講義内容を振り返る。

うんざりするほど難しくて、舟を漕いだこともあったけど・・・・・・

どう考えても初耳だった。

私の戸惑いを察したのか、ささら様は続ける。

(歪みは日に日に酷くなっている。

一箇所が崩れれば、連鎖反応で国全域が沈下するでしょう)

「そんな・・・・・・!」

連鎖反応で国全域が沈む・・・・・・?

(それが事実よ。もう、長くは持たないでしょうね。

一気に沈降し、国は堆積した氷河に飲まれてしまうわ)

「で、でも、待ってください!

高天原には竜神様の力が働いているんですよ。

それは全て、昔ささら様が築いてくださったことでしょう?」



雪が降り続くこの国で、

私達が何の不自由もなく暮らして来れたのは、

竜神様のお力添えがあったからよ。

これまでも。そしてきっと、これからだって・・・・・・!!




(あなた方は知らないのね・・・・・・?

神と言えども、寿命がくれば死んでしまうの)




死ぬ?




(神の力・・・・・・神通力にも、限界があるの。

その力が尽きれば、いつかは消滅してしまうものなのよ)

「竜神様が消滅する?!」

私は思わず、甲高い声を上げた。

その声は、夕暮れの回廊を貫くほど大きく響いた。

それまでは私の様子を静かに見守っていた遥も、

今度ばかりは目を丸くしている。

「どうして?

私達の・・・・・・祀り方が、悪かったのですか?」

(いいえ、それは違うわ。

供物や祈願で回避できる、単純な話ではないの)

ささら様の落ち着いた声音が、神経を逆撫でする。

じれったくなった私は足を踏み鳴らした。

八つ当たりだと分かってても、

こんな時に冷静でいられるほど大人じゃない。

「それなら、どうしてッ・・・・・・!!

もうしそうなったら、高天原は一体どうなるの!?」

混乱して、頭がどうにかなってしまいそう。

誰も、何も悪くないのに・・・・・・

このまま滅びるのを待つことしか出来ないの?!

「お願い、助けて。私達を助けてください!!

国庫を開いても長くは持たない。

隣国の援助も、国民全員が等しく受けられるはずがない。

何より、住居を失くせば豪雪に耐えられない!

土地を追われたら、生きていけない人が大勢いるの!!」

藁にも縋る想いで私がそう叫ぶと、

ささら様はしばらく沈黙した後、ぽつりと呟いた。

今まで聞いたことがないくらい、冷たく凍えるような音で。





(それは昔、あなた方が妖族にしたことでしょう?)


自分本位に全てを奪ったじゃない。

それなのに、いざ自分達が同じ立場に置かれると、

そうして惨めに命乞いをして騒ぐのね。




「え、何か・・・・・・?」

ささら様のその呟きは、疾風に掻き消されていった。

この時、その意味に気付いていたら・・・・・・




私は、彼女を救えた?




答えはもう、誰にも分からないけれど。












(桜姫。これから話すことをよく聞いて。

あなたを信じ、土地を護る方法を一つだけ教えてあげる)

「ほ、本当ですか?!」

思わず、情けないくらい声が上擦った。

鬼気迫る雰囲気で身を乗り出した私をよそに、

ささら様は静かに、ええと頷き、続けた。





(青銀の剣、翠緑の鏡、灼紅の勾玉。

あなた方の力で、この三つの宝玉を探してください)





「・・・・・・三つの・・・・・・宝玉?」

(刀剣、手鏡、勾玉の形をした三種の神器が、

高天原近隣に住む、それぞれ継承者に護られているの。

早急にそれを集めて、私に届けてちょうだい)

届けてって、さも簡単そうに言うけれど・・・・・・

特徴を聞いてもまるでピンと来ないし、

脳内を隈なく探してみても、今は該当する物がない。

そんな物一体何処にあるの?

そもそも高天原の地盤の問題に何か関係あるの・・・・・・?

「あの、まず宝玉って何なんですか?」

不安げに尋ねた私を、ささら様はよしよしと宥める。

正確には、そんな気がしただけだけど。

(宝玉はね、竜神の神通力の源なの。

元は一つの石だったのだけど、竜神が砕いて離散させたの。

高天原の広大な国土を均等に維持し、守護するためにね。

でも、三つに分割して各地に置いた時から、

竜神の力は著しく弱り始めたわ)

「じゃぁ、宝玉を一つに集めたら・・・・・・!」

(お察しの通り。

地盤の崩れを防ぐくらいは、神通力が回復するはずよ。

あなたの焦る気持ちも分かるけれど、

竜神の護りの要である宝玉探しが先決だと思うわ)

竜神様と同じ時を過ごしたささら様のお墨付きを得て、

私の淡い期待は確信に変わった。

暗澹とした気持ちが、みるみる晴れていく。


宝玉を揃えたら、竜神様の守護は・・・・・・






「ささら様。私、決めました」

そう切り出した唇が少し震えたけれど、

私は気付かない振りをして、ごくりと唾を飲んだ。



老若男女誰もが知る、国造り神話。

その続きが、五百年後の今になって、何故か私に託された。

正直、不安も疑問も尽きないけれど・・・・・・

竜神様が私の助けを必要としてくれるのなら、

無謀でも何でも、完結まで書き上げるの。

どんなことがあっても、必ず。



「私、宝玉を探します!必ず!!

私の手で、高天原を・・・・・・竜神様を護ります!」

私がそう言うと、ささら様は含み笑いを零した。

「あの、何か・・・・・・?」

私、何か変なことでも言ったかしら。

怪訝そうに眉根を寄せると、突然ささら様が小さく唸った。

背中を摩ることも出来ずうろたえていると、

(・・・・・・っ・・・・・・大丈夫。

わ、笑ってしまってごめんなさい。

それに時間みたい。私・・・・・・もう行かなくちゃ・・・・・・)

私に心配をかけまいと明るい声を搾り出して、

気丈に振舞う姿が余計に痛々しい。

「魂だけなのに無理をさせてしまってごめんなさい。

そして、ありがとうございました!

あっ・・・・・・あの、最後に一つお願いが」

私が恐る恐る切り出すと、ささら様は「何?」と囁いた。

「図々しいことは承知で・・・・・・

竜神様のお名前を教えてくれませんか?」

(ふふ、突然なぁに?)

私の言葉がよっぽど想定外だったのか、

ささら様は一瞬ひどく動揺して、くすりと笑った。

「お守り代わり、かな。

竜神様が少しでも側に居て、見守ってくださるように。

打たれ弱い私が、諦めずに頑張れるように」

気恥ずかしくて躊躇いつつも、私が隠さず答えると、

ささら様は噛み締めるようにゆっくりと、

たった一度だけ、愛しい人の名前を呼んだ。

(焔、それが彼の名前。

燃えるような黄金色の髪と、輝く瞳の・・・・・・)

声が掠れて、最後は上手く聞き取れなかった。

私が何度呼び掛けてみても、もう頭の奥は振動しない。

「ささら、様・・・・・・」

ささら様の魂魄が私の中から姿を消したのは、

一目瞭然だった。






「・・・・・・遥、一緒に来て!」




「ちょっ・・・・・・何処へ?おい、止まれって!」

姫巫女様との会話の余韻に浸る間もなく、

私は半ば強引に遥の腕を引き、小走りに来た道を戻る。

突然のことに戸惑いと苛立ちを隠せない様子で、

遥は言った。

「何処へ、何をしに行くつもりだ?

姫巫女のことも含めて、一通り説明してからにしろ!」

でも、それを一蹴するように私は駆け出した。

「話は、お母様の前で。

ここであなたとのんびりしている時間は無いの!」

本当は二人でのんびりしたかったけれど・・・・・・

途端に残念な気がして、私は静かに唸る。

でも、今は非常事態なのよ、と本心を飲み込んで、

腕を引く手に力を込めた。



竜神様の限界がいつだか分からない以上、

少しでも迅速に行動しなくちゃいけない。




焔様、ささら様・・・・・・


私、負けません。

あなた方が護ってきた土地を、私も護りぬく。



どうか力を貸してください。



















艶やかな栗色の髪。

滑らかで透き通る、白磁の肌。

長い睫に縁取られた大きな瞳は黒曜石で、

綺麗に笑う唇は、深海の桃色珊瑚。

身を切るような深い絶望も、苦しみも知らないまま、

大切に育てられた良家の姫君。


それが、彼女の第一印象だった。





だからあの子に決めたの。



あの子なら、きっと・・・・・・







「・・・・・・ら。ささら?」


「え?」

誰かに呼ばれた気がして周囲を見回すと、

そこには人の姿はもちろん、何の気配もなかった。

その代わり、

ずっと目を離さず眺めていたはずの景色が、

いつの間にか、夕闇に変わっていることに気付いた。

夕日の橙色は、山の峰からわずかに漏れる程度しかない。

「どうして。さっきまで夕方だったのに・・・・・・」

私はひたすら瞬きを繰り返す。

すると、

「君の時計は狂っているよ。

もう何時間も、そこでそうして固まっていたのに」

誰もいないはずの私の右隣から、穏やかな声が響く。

私はすぐにその正体に気付き、ふわりと微笑む。

「そうだったかなぁ、歌詠さん」

私が名前を呼ぶと、

周囲の紺色をくるくると巻き取るようにして、

私のすぐ隣で黒い影が膨らみ始めた。

そして、見る見るうちにその影は細く収縮していき、

最後に、黒い衣装を全身に纏った若い男性が現れた。

やっぱりね。

「あまり心配をかけてはいけないよ?

居場所は常に教えておく、と約束したはずだろう」

歌詠さんは、やれやれと溜息をついた。

寡黙で無表情なのに、彼が纏う空気は誰よりも優しい。

私は甘えるように手を合わせる。

(ごめんなさい。

すごく疲れていたから、少しだけ休むつもりだったの。

実はね・・・・・・さっき、高天原の姫君に会ったの)

歌詠さんが、ぴくりと眉を吊り上げる。

「教えてくれないか。

君は何故、あの娘に宝玉を探させようとするんだ?」

歌詠さんが口を開いた拍子に、

桜姫が着ていた着物の柄が、脳裏を過ぎった。

とても綺麗で、華やかな柄だった。


(あの子は、あの領主一族の子孫だもの。

瑞貴や千代、妖怪達を殺した全ての元凶のくせに、

今まで何不自由なくのうのうと生き延びて・・・・・・

だから、ね。

少しくらいの意地悪も許されると思わない?)

着る物にも食べる物にも困ったことのない、深窓のお姫様。

何の苦労も知らない彼女が、

とても羨ましくて、ほんの少し憎らしくて。


だから・・・・・・


「そうか。それで、姫君は何と?」

歌詠さんがその先を追究することはなく、

私はほっと息を吐いた。

これ以上は、一度塞がった傷がまた開きそうな気がした。

(予定通り、私の話を疑いもしなかった。

宝玉を集めてくれるそうよ。

大切な土地を自分の手で護りたいんですって。健気ね。

でも・・・・・・でも、そんなものは詭弁だわ。

あの土地は、卑劣な手段で奪い取ったものよ。

少しでも良心があるなら、非礼を詫びて返すべきなのに)




昔はあんなに美しかった夕闇が、

今はもう見る影もない。

心無い人達に奪われて、跡形もなく壊されてしまった。



どんなに足掻いても、命を賭しても、

結局、何も残らなかった。

残せなかった。



でも・・・・・・


まだ終われない。

泣き寝入りなんてしたくない。



必ず取り戻すわ。

私が夢見た、美しいあの景色を。





「ささら・・・・・・

君を見ていると、時々、無性に哀しくなるよ」

私の顔を横目で眺めていた歌詠さんが、

紅色の眼をゆっくりと伏せた。

(私も、哀しいの。

世界の全てが輝いて見えたあの頃に帰りたいと、

何度も、何度も、繰り返し願ったのに・・・・・・

どうして、こんな風にしか生きられなかったの)

ずきん。

こめかみに、針でも突き刺したような痛みが走った。

私は思わず、苦痛に顔を歪める。

「・・・・・・んっ・・・・・・」

「一度帰ろう。限界だ、体を休めなければ」

頭を何度か摩った後、歌詠さんは私の両手を取った。

すると、繋がった所から黒い影が濛々と立ち上り、

体を塗りつぶしてゆく。

(ええ。花降さんがあなたの帰りを待っていると思うわ)

「きっと烈火の如く怒っているだろうね・・・・・・」

表情は見えない。

でも、げんなりした様子は、声に滲み出ていた。

歌詠さんが想像した、私達を出迎える花降さんの姿は、

よっぽど強烈だったみたい。

(ふふ、遅くなったのは私のせいだもの。

私も一緒に謝って、一緒に怒られますから。ね?)





もう元には戻れない。

全てが、始まってしまったのだから。





何処まで、私の邪魔が出来る?




”焔”







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この六話は一部ドラマ化しています。
私が一人で編集したので相当お耳汚しではありますが、
宜しければ聞いてみてください。
出演してくださったキャストの皆様の熱演が光ります。
陳腐な脚本と編集の稚拙さを差し引いても、余裕で120点満点です。
個人的には、金髪の彼女の拗ね加減がたまりません(笑)
元々ここで登場させる予定ではなかったのですが、
彼女の誘惑に負けました。とほほ。

さて、内容についてですが。
黒尽くめで、謎だらけの歌詠が登場しました。
魂魄体のささらだけだと動かし難かったから・・・・・・
と言う情けない事情で、お守り役として登場させたのですが、
実際とても重宝しています。ありがたやありがたや、です。
彼の正体が明らかになるまで、不思議気分をご堪能ください。
ちなみに、彼のモデルはのチェシャ猫です(笑)
ご存知でしょうか?
ディズニーの『不思議の国のアリス』に登場する縞々の猫。
とは言え、登場&退場シーンだけですが・・・・・・
縞柄が解けていって、最後は体全体が消える、あの感じ!
初めてビデオを見た時に、何故かすごく魅せられてしまったのです。
「気持ち悪いあの感じが歌詠だ!」と思いました(笑)

さて、徐々にささらに変化が現れ始めました。
皆様の中で、ささらの印象が変わってきているでしょうか?
「な、なんか豹変したよ。怖いよ。この子」と、
どきどきして頂けていたら私の狙い通りなのですが♪

リニューアル前の小説を公開したばかり頃は、
読者様の人気(ヒロイン部門)をささらが独占している状態で、
少し切なかったことを覚えています。
主演は両方輝かせてあげたい、と願うのが親心。
桜のいい所を、これから沢山書いてあげたいですね!


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季沙。

どうして、お前を忘れられる?


瞳も、頬も、髪も・・・・・・

今もまだ、こんなに鮮明に思い出せるのに。

すぐ隣で、あんなに眩しく笑っていたのに。



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話を始めて、もう二時間。



お母様の執務室に急遽集められた官僚達は、

侍女が届けた茶器に手を付けることなく、

ただ静かに耳を傾けている。

正確には、あまりに突拍子のない話だったから、

困惑して何も言えない様子だったけれど・・・・・・


「・・・・・・あの。何か、質問は?」

重たい空気が部屋中に充満して、息が詰まりそう。

瞬きすらしてはいけない気がしてくる。




「そなた、どう思う?」

すっかり冷えきったお茶で喉を潤した後、

お母様は、顎に豊かな白髭を蓄えた人物を指差した。

当惑した様子で、老宰相は髭を撫でる。

「姫様のお話を疑いたくはないのですが・・・・・・

俄かには信じられませんな。

そのような石が竜神の護りの要などと、突然申されても」

その通り、と言いたげにお母様は頷く。

そして私に向き直ったかと思うと、

「桜。もう一度聞く。件の話に嘘偽りはないな?」

真っ直ぐに私の瞳を見据えてそう言った。

視線の鋭さに一瞬怯んだけど、やましいことなんてない。

だから私も、目を離さずに答える。

「寸分違わずお話しました。全て事実です」

「・・・・・・そう言うことだ、宰相。

信じ難い話ではあるが、唯月が感じた異変も気掛かりだ。

用心するに越したことはないだろう。

調査を急がせねばならぬ。地脈師を呼び寄せよ」

お母様も、少なからず焦りを感じているのね。

濃朱色に塗られた唇が、いつもより鋭敏に動いているもの。

「しかし、謀ったように間が悪い。

唯月の意見を聞こうにも、あやつは廟に篭ったばかり。

占いが終わるまでは待たねばなるまい・・・・・・

その間は、先遣隊を派遣し」



「お母様」

室内の喧騒を切り裂いて、私は前に歩み出た。



「お願いです、お母さ・・・・・・いいえ、涼風の宮様。

件の宝玉探し、どうか桜にお命じください」

動揺の声がぴたりと納まった。

お母様を始め、重鎮達が一斉に私を見る。

「何?」




声が、聞こえたんです。


繰り返し、繰り返し、

私の名前を呼んでいたから・・・・・・




「啓示を賜ったのは私です。

霊感が強い唯月様や、国事の決定権を持つお母様ではなく、

姫巫女様は私の名を呼びました。何度も、何度も。

きっと何か理由があるはずです。それに・・・・・・」



私は、お母様の言う通り役立たずだわ。

朝日のような優秀な文官にも、遥のような武官にも、

生涯きっとなれない。


それなのに、

有力貴族との婚姻で強力な後見を得て、

王族の血統を守りながら、国を繁栄に導くこと・・・・・・

お母様を始め、国中の人々が待ち望んでいることさえ、

叶えられない。



”恋をして結婚したい”

そんな幼稚な憧れを抱いてやまない、私には。



ごめんなさい。

でも、譲れない。心を手放せない。

もどかしくて、悔しくて、堪らないのよ。



だから・・・・・・




「やり遂げたいの。今、私に出来ることを」

きっと変わるわ。変えられるはずよ。

「私を頼った姫巫女様の意思を、無碍には出来ない。

たとえ誰に反対されても、私は行きます」

しばらく睨み合った後、

眉を吊上げたお母様は小さく溜息をつき、

銀の煙管に口をつけた。ふう、と白い輪っかが宙を舞う。

「・・・・・・我々は、竜神の恩寵を受ける身。

然るが故に、唯一の妃の意向に従っておくのが得策か」

「なっ・・・・・・宮様、何を無謀なことを!」

浅慮をたしなめるように反論した、険しい表情の朝日に、

私も負けじと食って掛かる。

「まだ何も始めていないのよ、結果は分からないわ!

必ずやり遂げるから行かせて!!」

「しかし、姫は王位継承権第一位を」

「もう良い、朝日・・・・・・

この頑固者は、もはやどう諭しても譲るまいよ」

お母様は長い睫を伏せ、煙と同時に呆れた吐息を漏らした。

「そうであろう、桜?

ならば、勝手に気の済むようにすれば良い」

まったく皮肉なものね。

生まれてこの方、私には何の関心も示さなかったくせに、

こんなことばかり理解されているなんて。



「さて・・・・・・遥、そなたに話がある」

そう言って、お母様の視線が朝日と私に向けられた。

意味が分からず瞬きを繰り返していると、

「・・・・・・ああ。御前失礼」

朝日は一瞬で意図を理解し、

官僚達に退席するよう促してから、自分も立ち上がった。

何だ、人払いの合図だったのね?

少し遅れて、私も渋々部屋を後にした。
















「あら、粉雪・・・・・・

これならきっとすぐに止むわね」

軒先で掬った雪は、あっと言う間に掌に溶けていった。


雪に邪魔されずに済みそうで安心した。

出発は早い方がいいもの。


「桜姫、無礼は承知で申し上げますが・・・・・・」

妙に畏まる朝日に、私は首を傾げた。

「先程の件ですが、夢でもご覧になったのでは?」

「夢・・・・・・って、何?」

「私が知る限り、地盤に危険な兆候は見られません。

そもそも、宝玉などと言う不確かな代物が、

本当にこの世に存在するのかすら疑わしいものですよ」

何でも知っているような朝日の口振りが、

この時ばかりは我慢できないほど神経を逆撫でした。

「私や、ご神体である姫巫女様を疑うの?!」

「姿を見ていない以上当然でしょう」

何なのよ、このカチカチ頭!

仮にも婚約者をよくここまでコケに出来るわね。

「私は確かに聞いたのよ!!

万一の事態が起こってからじゃ遅いでしょう?!」

「夢幻の類でないという確証はおありで?」

尋ねる朝日の顔には、まだ平然とした様子が窺える。

「私は自分を信じているわ!」







「・・・・・・いいでしょう。

そこまで仰るなら、私と一つ賭けをしませんか」

朝日は長い足を窮屈そうに折り曲げて、

私と目線を合わせた。

大事な話をする時の、朝日の癖だ。




「何の賭け?」

ゴクリと唾を飲んで、恐る恐る言葉を紡ぐ。

「厳密には、”取引”でしょうか。

一年以内に宝玉を揃えられるかどうか・・・・・・と言う、ね。

揃わなかった場合は、大人しく私と結婚すること。

逆に、揃った場合は姫の気持ちを尊重して、

私は潔く身を引きましょう」

朝日は顔を覗き込むようにして、にこりと笑う。

「なっ・・・・・・何よ、それ?!」

賭けで人生を決めるなんて正気の沙汰じゃない。

目を丸くしたまま黙っていると、

私の返事を待たずに、朝日はやれやれと頭を掻いた。

「あなたの想い人はあの野蛮人・・・・・・いや、彼でしょう?」

「じょ、冗談じゃない。誰が遥かなんか!」

絶対の自信があるのか、否定しても朝日は揺るがない。

「しかし、誰も認めないでしょうね。

王家の血統を継ぐ姫君と、平民出身の役人の結婚など。

多少腕が立つ人間なら、貴族にも余るほどいますから」

口を開けば身分身分って何様のつもりなの。

私は朝日の頬に痛烈な平手打ちを食らわせて、

語調を強めた。

「朝日、あなたは少し傲慢だわ。

身分に物を言わせて人を貶すなんて、恥ずかしくないの?

それに、もしそうだとしてもあなたには関係ない」

でも、朝日は反省する様子もなくしれっと続ける。

「先ほどの取引に一つ付け加えましょうか。

婿選びは姫の自由に、と私が取り成してあげましょう。

ご存知の通り、宮に意見できるのは私くらいでしょうからね」

高天原では、正式な婚姻は同階級でだけ許される。

取り分け王族については厳しくて、

伴侶の資格は、王族の一階級下にあたる貴族だけが有する。

そう定められているのに、

それが、覆る・・・・・・?

「・・・・・・あなた・・・・・・一体、何を企んでいるの?」



朝日の真意が読めない。


もし私が宝玉を揃えられたら、

みすみす王座を棒に振ることになるのよ?

お母様に従っていれば、いずれ嫌でも手に入るのに。



「私だって、こんな取引は面白くありませんよ。

ですが、宮の命令で無理に結婚し、子を成したとしても、

姫はいつまでも納得しないのでしょう?」

「不気味なことを言わないで。

無理強いされるなら、舌を噛んで死ぬわ」

私が睨むと、朝日はほらねと言う表情を浮かべた。

不本意そうに大きく息を吐きながら。

「でもね、姫。私も諦める気など毛頭ないのです。

ですから、頑固者二人。

双方が納得できる方法で戦いましょう。ね?」



一年以内に宝玉を見つけられたら・・・・・・



「身を引くって言うのは本当ね?」

「ええ。あなたが一年で宝玉を見つけられたらね」

「随分余裕なのね。

私には宝玉探しは無理だって思っているの?」

「目に見えぬものは信用しない性質ですから・・・・・・

ましてや、お伽話など」

表情がにこやかな分、余計に憎らしいったらないわ。

ここまで言われたら一歩だって退けない。

「・・・・・・いい、その賭け乗るわ!!」



必ず宝玉を見つけ出す。

ささら様と竜神様、そして自分を守るために。












「賭けって、また何の約束をしたんだ?」

突然の声に、私は肩を竦めた。

そして振り返ると、大きな欠伸を溢しながら目を擦る、

遥が立っていた。




「は、遥・・・・・・いつからそこに居たの?!」

どうしてこんな所ばかり見ているのよ。

「お前の、随分余裕なのね、の辺りから」

げげ、似合わない女口調に鳥肌が・・・・・・

それはさて置き、

心なしか、また遥の表情が曇っているような。

さっきまでは元気だったのに、何故?

「私のことより、お母様の話は何だったの?」

裾をたくし上げて小走りで駆け寄ると、

遥は気まずそうに唇を窄め、ふいと顔を背けた。

「遥?」



「あのさ、桜・・・・・・

宝玉探しには、俺が同行する」













「は・・・・・・今、何と?」


「桜と共に行けと申すに、聞こえぬか?」

宮様は背中を向けたまま、高圧的に言い放った。

別に聞こえなかった訳じゃない。

単に、何かの間違いだろうと疑っただけだ。

「そなたは、我が国随一の刀の名手。

桜とも十年来の馴染みで、お守りも手馴れている。

どうだ、適任であろう?」

口元は笑っているのに、目は笑っていない。

緊張で今にも震え出しそうな唇を無理に引き結んで、

俺は身を乗り出した。

「お言葉ですが、涼風の宮様。

今、水穂を離れることには承服しかねます!」

部下も水穂の大君も、今も俺の帰りを待っているのに。

「今、盗賊への対応を怠っては、

被害が増していくばかりではありませんか!

我が国の輸出物も、次々と略奪されているのですよ?!」

「見苦しく騒ぐでない。侍女が怯えよう?」

俺はハッと口を噤んで、一旦黙る。

高慢ちきな女だと思いつつも、その威厳は凄まじい。





「遥、水穂の件はもう良いのだ。

元々私は、全面的に国交を打ち切るつもりであった」




な、何だと・・・・・・?!


愕然として、すぐには言葉が出てこなかった。

再会した時に桜の様子を馬鹿にしたのに、

今は俺も、酸素不足の池の鯉だ。




「水穂は、小国ながら豊かな金鉱を保有している。

我が国では純金の産出が見込めぬが故に、

これまで貿易を行ってきた。

そして、交易路の警護にと、そなたの隊を貸し与えた」

「ならば・・・・・・何故、突然撤退など?!」

突然の衝撃発言に、俺は動揺を隠せない。

それなのに宮は、更に不可解な言葉をかける。





「鉱山の大半が、近々採掘不可能となるらしい。

特殊な岩盤に当たったようでな」





「え・・・・・・?」

それは、一体、何の話だ?

大君の側近である俺でさえ知らないことを・・・・・・

「あなたは何処でそんな情報を?」

俺が呆然として呟くと、宮は妖艶な微笑を浮かべる。

背筋が一瞬で冷えた。

「ふふふ、何を驚くことがある。

そなた、この私を無能な国主と思おてか?」

普通に考えたら有り得ない。

国家機密が、他国の都の中枢まで漏れるなんて。

それも、俺がいた前線を通り越して。

もしかして・・・・・・

「随分と長い耳をお持ちなのですね、あなたは!

同盟国に、秘密裏に間者を放つなど、信用問題に・・・・・・」

朱塗りの唇が、ほほと甲高い声を溢す。

「おかしなことを言う。

私が網を張っているからこそ、今の繁栄があるのだ。

褒められこそすれ、難詰される謂れなどないわ」

「あなたには慈悲の心はないのですか?!

水穂の民は、日々盗賊に怯え暮らしているのに・・・・・・

平気な顔で見捨てるのですか?!」

「物資も人手も、これ以上は浪費出来ぬ。

他国相手に慈善事業をしている余裕など、ここにはない」

「それでも・・・・・・!!」

「全ては国の為よ。

情に流されて一国の統治など出来ようか?」





狡猾で、何処までも冷酷な女。



国主としては、それが正しいかもしれない。

だが、人間としては許せない。

自分以外は、誰を犠牲にしても良いと言うのか?!





「しかし、そなたの偽善者面には感服するな」

「開き直って今度は何です?!」

憤りを抑えられず、眉を吊り上げて睨み付けた。

「口では民草のためなどと申しているが・・・・・・

そなたが水穂の盗賊を狩るのは、全てあの娘の為であろうが」

宮の瞳は、見透かすように俺に向けられていた。

黒水晶がきらりと輝く。

「・・・・・・またその話を蒸し返しますか。

とにかく俺は、水穂の指揮官を辞任する気など少しも」

「この国では私が掟と心得よ!!

今日をもって討伐隊指揮官の任を解き、桜の護衛を命じる。

盗賊を討ちたくば、共に帰還し宝玉を届けよ!」

「・・・・・・・・・・・・っ!」

握り締めた掌が、びっしょり濡れていた。




なんて情けないんだろう。

任務を奪われ、信念も曲げて、何一つ守れず・・・・・・

俺は、己の誓いさえ貫けないのか。




「さぁ、返事を。己の責務を分かっておろうな?」

宮の前に跪いた俺は、きつく唇を噛み締めた。

口内に鉄臭い味が広がる。





「・・・・・・拝謁・・・・・・つかまつりました」







季沙。




五年前に、俺は誓った。


もう誰も、盗賊の被害に泣かずに済むように。

尊い命が無差別に奪われることがなくなるように。

一刻も早く盗賊を狩る、と。

そして真っ先にお前に報せに行く、と。




でも今は、あの女の冷徹な言葉が全て。

従う道しかなかったんだ。



許してくれ、季沙。

一時でもお前との誓いを破る、不甲斐ない俺を。

でも、決してあの日を忘れないと誓うから・・・・・・




もうしばらく、

俺を信じて待っていてくれよ。








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お待たせいたしました、やっと七話です。

リニューアル前の後書きを見ると、
この七話は、相当妥協して不完全燃焼のまま公開したようです。
朝日が桜に持ち掛ける取引の部分を、
あろうことか後書きで、箇条書きで、丁寧に説明していました。
情けないことに、本編で伝えるのを諦めたのですね。
読み返した時にクラッときました(笑)

リニューアル後は、打って変わって相当お気に入りです。
宝玉探しに対する桜の熱意や、
取引を持ち掛けた朝日の真意を再確認できました。
他にも、所々好みのフレーズを散りばめて・・・・・・
自己満足でも書けて良かったな、うん。

宮の口調が大好き。
こんな事を言うと自画自賛みたいになりますが、
本当に好き。
味がある







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 執筆後記

 個人的に、とても残念な話になってしまいました。
 想像していたのと全然異なっていて、何度も書き直したのですが・・・
 公開を急ぐためあまり長く時間を掛けられず、妥協した感じで執筆を終えました。
 初期設定から考えていただけに、悔しさも沸々・・・書き直し有力です(^^;)

 感想になってないですが、宮が好きです!!!
 もう誰も目じゃないほど好きです、特に口調が(親バカすいません;)
 「私が掟と心得よ」の辺り、キャストさんが言ってくれたらビシッと決まるだろうなぁ♪
 宮は悪役ですが、本心や隠し事を知るまでは嫌わないでくださいっ(^^;)
 しかし、隠し事が明らかになるのはいつだろう・・・
 ささらと一戦やり合って、その後で桜に秘密を打ち明けるので・・・先は長い(汗)

 この話は、小学生の読者様には難しいかもしれません。
 汚い話すると、1章のささら編はわざと難解な内容は控えたんです(汗)
 感情重視型にすると、入り込みやすいものと相場が・・・
 最初は大事なので、そう言う卑怯な手をっ・・・;;

 「何よ、最初の方が良かった」と言う方、ごめんなさい!

 2章からは事実上の本編なので、解説的なことも多くなってきています。
 これからずっとこう言うスタイルで展開します、すいません;


 今回は、簡単な解説だけ加えたいと思います。

 1、桜が聞いた、姫巫女の「宝玉探し」の訓示を知り、宮が桜の出立を許可する。
 2、疑心暗鬼の朝日は「宝玉探しの賭け」を申し出る。
   内容は勝てば結婚、負ければ婚約取り消しと言うもので、桜はそれに合意。
 3、宮の同伴願いに、遥は水穂の討伐続行を理由に拒否する。
   しかし、水穂との貿易停止を決定した宮は、遥の護衛を解任すると強引に任命。
 4、王族に仕える身として命令を渋々受諾し、桜に同行する意思を告げた。
 5、盗賊討伐にこだわるのは、季沙に立てた誓いが理由だが・・・

 季沙の言葉については、次の八話で書く予定です。
 これを書いている今の時点で、季沙の最後のシーンは執筆が完了しておりますv
 どうぞ、気が向いたら読んでやってください!!


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「宝玉探しには、俺が同行する」

今にも風に掻き消されてしまいそうな小さな声を、

遥はやっとの思いで搾り出した様子だった。

遥は私に背を向けたままで、顔は見えないのに、

”遣り切れない”

そんな感情が背中から滲み出ている。




「ど、どうして遥なの?!

だって、水穂に戻るって言ったじゃない?」

予想外の展開に、私は上擦った反応を返した。

もちろん、遥がいてくれるなら心強いけれど・・・・・・

「ああ、必ず戻るさ。

お前と宝玉を、無事に都まで送り届けたら」

「そんな悠長な・・・・・・盗賊を野放しにしたままでいいの?」

向き直った遥の唇には、薄っすら血の痕が残っている。

殴られた?それとも、強く噛み締めて・・・・・・

私はハッと目を見開いた。

「お母、様・・・・・・?

お母様が何か酷いことを言ったのね。そうでしょう?!

そうじゃなきゃ、あなたが水穂の大君を裏切るはずない!!

ねぇ、お母様はあなたに何を?!」

「心配ないさ。

俺は王族に仕える身だし覚悟の上だ。我慢、出来る」

だったら、さっきから目を逸らすのは何故?

「強がらないでよ・・・・・・

あなたがそんな顔をしている時に、

私だけ平気で笑っていられるはずがないでしょう?」








(遥くん、何か悲しいことあった・・・・・・?)




「・・・・・・・・・・・・季沙?!」

「い、たっ・・・・・・」

毟るような勢いで、遥が私の腕を掴んだ。

思わず、悲鳴に近い声が漏れる。



「・・・・・・あ・・・・・・あの、腕が痛いの・・・・・・」

私が苦痛に顔を歪ませると、

遥は何も言わず呆然としたまま、手を緩めた。

一瞬掴まれただけなのに、手首にはくっきり赤い痕が残った。

「あ・・・・・・いや、悪い・・・・・・何でもない」

呼んだのは、私の名前じゃなかった。

「今の名前ってもしかして」

そう言い掛けて、私は慌てて口を噤んだ。

それなのに、声は無情に響いていく。

あぁ、遥が話してくれるまで待つって決めたのに・・・・・・

「無理に聞くつもりじゃないの。本当よ」

私は取り繕って、左右に大きく両手を振って見せた。

すると遥は、ふっと呆れた笑みを口元から零す。

「お前は、嘘も隠し事も向かないな。

だから信じられる。

大事にしろよ、それがお前の良い所だ」

私の頭を二度三度撫でた後、

遥は軽く手招きをして、ゆっくりと軒下に腰を下ろした。

お喋りすぎる自分の口を心の中で詰りつつ、

私も隣に縮こまって座る。すると、

「驚かせて悪かった。

一瞬だけど、季沙とお前が被って見えたんだ。

今から一度だけ話したら、もう詮索をしないと誓うか?」

「え・・・・・・ええ、多分?」

自信なさげに頷くと、遥が私の頬を抓った。

「馬鹿、多分って何だよ。はっきりしろ」


「・・・・・・約束、する」

一応、と最後に付け加えようとして留まった。

長い睫をそっと伏せた遥の横顔を見たら、

もう何も、言ってはいけない気がした。









「季沙は・・・・・・

俺が、唯一妻にしたいと思った女だ」








ツマニシタイト、オモッタオンナ?

体が、私の意思を無視して微かに震え出した。



「妻って、結婚するつもりなの・・・・・・?」

どうして動揺しているのかしら。

理由が分からないのに、自然と言葉が震えていた。

カチカチと、歯が鳴る音が異様に煩い。

「ああ、随分昔に考えていた」

「け、結婚なんて知らなかったな・・・・・・

季沙さんはどんな人なの?遥好みの、豊満な美人?」

握り締めた掌が、びっしょり濡れている。

この心臓の痛みと言い、私は突然どうしたの。

「俺より三歳年上の、楽団の舞姫で・・・・・・

とても清らかで、春の陽射しみたいな人だったな」



私は本当に馬鹿ね。

ずっと一緒に居たいなんて、独り善がりな夢だった。

遥はいずれ、その人と結婚するんだもの。



「季沙さん、今は何処に・・・・・・?」

欲張りな奴だと言いたげな表情を浮かべて、

遥は肩の力を抜き大きな溜息を付く。

「もう何処にもいない。

盗賊の手に掛かって、五年前に水穂で死んだ」





亡く、なった・・・・・・?





「金目の物は全て奪われて、楽団員は皆殺しに。

その惨劇の場に居合わせて、

俺が・・・・・・あいつの最期を、看取った」






忘れもしない、惨劇の月夜。




周囲には、無残に荒された荷駄と肉片。

そして、噎せ返るような血の臭い。


小花柄の絹を纏った細い肢体を、

目を見張るほど鮮やかな紅が染め上げる中、

最愛の人の、微かな呼吸が響く。



(死にたく、ないよッ・・・・・・!)

毀れた涙を拭い、ただ側に居ることしか出来なかった。

俺は、どうすれば良かったのだろう?

五年経った今も、答えを掴めないまま暗闇に佇む。



でも、季沙は最期に言ったんだ。




(おかしいね・・・・・・どうして、泣くの?)

微笑んだ表情は、少しも変わらず綺麗なのに、

季沙の萌黄色の瞳は、虚ろに注を泳ぐ。

俺は、最期を悟った。

(・・・・・・泣かないでよ、遥くん)

”最後なんだから笑って”

そう言っているようで、余計に涙を誘った。

(頼むから、もう・・・・・・喋らないでくれよ・・・・・・)

そう言って俯くと、季沙はそっと細い指先を伸ばした。

そして、朱色の着物の片袖で、

俺の頬の汚れをゆっくりと拭う。優しい、手付きで。

(はい、取れた・・・・・・

へへ、私達って・・・・・・いつも泥だらけだったよね・・・・・・)

(動くな、そんな事しなくていい・・・・・・!!)

季沙の身体は急激に冷えていく。

動転した俺は、窒息しそうなほど季沙を抱き締めて、

ろくに信じていなかった神に、一度だけ縋った。

結局、何も、変わらなかったけれど。

(・・・・・・私はね、一緒に死のうなんて言わないよ・・・・・・)

朝焼けに映された萌黄色の瞳に、薄っすらと涙が滲んでくる。

(心中も、復讐も・・・・・・何もしなくていい。

遥くんが、心だけ一緒に連れて行ってくれたら・・・・・・

それで、いいの。幸せなの。でも・・・・・・)

淡い花のような、柔らかな陽射しのような彼女の顔が、

次の一瞬でくしゃりと歪む。



(よく聞こえない。今、何て?)

掠れる声を絞り出し、俺は必死で平静を保った。

すると、今度は季沙が堰を切ったように泣き出した。




(本当は・・・・・・さよならなんて、したくないよ・・・・・・!!)

いつも前向きだった季沙が、初めて零した痛々しい本音。

(死にたく、ないよッ・・・・・・

ずっと、一緒に生きて行きたかったよ!!

だって・・・・・・約束、したよね・・・・・・?

村に帰ったら、お嫁さんにしてくれるって言ったよね?)

懇願する季沙を見て、俺も肩を震わせて泣いた。

その時はもう、羞恥心も見栄も消え失せていて、

止め処なく涙が毀れた。

(ああ・・・・・・気持ちは変わってないから。

すぐに、母上や遠子の所へ帰って・・・・・・結婚しよう?)

(えへへ、嬉しいな・・・・・・ねぇ、お願い・・・・・・)




(私を忘れて、生きて)

それが、俺が聞いた最期の言葉だった。









「・・・・・・これっきりだ、もう聞くなよ?」

遥の声は酷く掠れていた。

「ご、ごめん・・・・・・私、思い出させちゃったね・・・・・・」

普段の私なら、きっともっと追究していた。

だけど今は、体が震えて背筋に寒気が走った。


だって・・・・・・

私は、気付いてしまったから。






私はなんて汚い女なの・・・・・・?

悲しいとか可哀相とか、それだけじゃなかった。




一瞬、何処かほっとしたのよ。


たった一人遥に愛されて、

そしていつか、遥を連れて行ってしまうひと。

その人が、もうこの世に居ないことに。


安堵したの。確かに。



私、遥と離れるのが怖かったんだわ。

だから、季沙さんが亡くなっていて良かったって。


自分可愛さになんて酷いことを・・・・・・







「おい、泣いてんのか?!」

気付くと、ぎょっとした遥の表情が滲んでいた。

「・・・・・・今、駄目・・・・・・いいから。放っておいて」

いつの間に涙で汚れていた顔を袖で覆い、

私は小走りに回廊の先へ移動した。

醜い心が滲み出ている気がして、見られるのが怖かったから。

「いや、放っとけって言われても・・・・・・」

「・・・・・・ねぇ、遥・・・・・・

私ね、都の外に出るのは今回が初めてなの」

「はぁ、突然何だ?」




私は何処までも世間知らずで、

”国主の娘”と言う肩書きを奪ってしまえば、

きっと何も残らない。


ただの桜は、何も持っていない。




「でも、平気よ。私は強いもの」

そうよ、桜は独りぼっちでも強いんだから・・・・・・

「それならこっち向けよ」

「お母様には、私から伝えておくわ。

宝玉探しは私だけで十分だから、遥は水穂へ戻っ」

「その台詞、俺の目を見て言ってみろって」

突然、遥は私の右肩を強引に引き寄せた。

「いやっ・・・・・・」

「・・・・・・ほらな、本当に平気な奴はそんな顔しないんだ」

泣き腫らした顔を見せまいと必死で抵抗しても、

遥の腕はびくともしない。

それどころか、優しい手付きで背中を摩り始めた。

すると我慢の限界はあっと言う間に訪れて・・・・・・

私は子供みたいに、声を上げて泣いた。





私は、強くない。

意地っ張りで、強がりなだけ。

長い長い道程を、独りで過ごすなんて耐えられない。

あなた無しで、強くなんかなれない。


でも・・・・・・


ごめんなさい。ごめんなさい。

卑怯な私には、守ってもらう資格なんてない。





「怖いんだろ。俺が一緒に行ってやる」

「駄目よ。ほんの一瞬だけど酷いことを考えたの。

人の死に安堵するなんて酷い冒涜、あっちゃいけないのよ!

きっとあれが、私の本性なのよ!!」

立ち尽くして、鼻を啜ってはしゃくり上げた。

遥は悲しげに眉根を寄せて様子を伺い、

そっと私の髪を撫でる。




「行かせてくれ、頼むから」


守らせてほしい。

季沙を守れなかった、この腕で・・・・・・

もう誰も、失いたくないんだ。



季沙。


お前なら許してくれるだろう?

この子は、俺が守らなきゃいけないんだ。

強がりで脆い、大事な大事なお姫様だから・・・・・・




「都を発とう・・・・・・明日の朝、二人で」

「・・・・・・んっ・・・・・・」

沁みる程痛い言葉に、声にならない声を絞った。










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今回はスムーズに書き進められました。

遥と季沙の話は、涙なくして語れないくらい


季沙が純粋で、


さて、是非サンプルボイスを聞いてください。
季沙の「お嫁さんに」と、遥の「一緒に行って」の部分があります。
とても素敵なお声ですので、











 執筆後記

 懲りない作者です、背後から刺されます・・・
 季沙のことを書くといいつつ、今度もまた最後だけちらっと(汗)
 「今の遥が仕方無しに語るならこの位かな」と思ったんです。
 季沙の思い出や、売られて村を離れる時の話は、遥から進んで話して欲しいと(^^;)
 以下、ネタバレに付き反転です。
 3章と4章の間で、遥の出身の村を訪れます。
 妹の遠子もその時に出る訳ですが、全貌が明かされるのはそこと思ってください。
 馴れ初めから、村を離れる時、2人の再会、楽団が盗賊に遭遇するまで、全部。
 ちょっとした驚きを用意しているので、宜しくお付き合いください(笑)


 この話は、書くのがとても楽しかったです。

 内容は複雑ですし、完成度云々は別なのですが!!

 珍しく、スラスラ書けた話で(笑)
 ちなみに題名の傷跡は、5年前の遥と桜にかかります。
 桜は根が素直だからこそ、季沙の死に安堵した自分を責めました。
 遥に申し訳なくて独りで頑張ろうとする辺り、気に入ってます(聞いてないって;)
 真摯な姿勢で接した遥も、私の中では株が上がりましたv

 遥は、身近な人が死ぬことを誰よりも厭います。
 それは、季沙を目の前で殺されたことがトラウマに残っているからです。
 そう言った面では、ささらに一番近いキャラと言えますね。
 桜の脆い一面を知り「過去の痛みを克服して、護ってやらないと」と願いました。
 「 護らせてほしい。季沙を護れなかった、この腕で・・・」は、個人的にヒット(帰れー;)

 桜は、この話で初めて恋に近い感情を抱きました。
 季沙の存在を知って嫉妬したり、焦ったりしますが、それが何か分からない。
 お母さんがあんなですし、愛情に疎い子になっちゃったようです(汗)
 でも、早く恋愛に目覚めさせて、3章では新鮮なことをさせてあげたいですー♪

 この話ではサンプルボイスを一緒に聴いて下さい!

 季沙の「お嫁さんに〜」と、遥の「一緒に行ってやる」はサンプルがありますので。
 素敵なお声が付いて、2倍楽しめると思います(^-^*)

 さて、あと一話で二章は終了の予定です。
 有言実行タイプじゃないので信用できませんが、頑張ります!!

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東の空が白み始めて、日出まであと少し。

昨日までの雪は止み、辺りは厚い朝靄に包まれている。


私は思い付く限りの旅支度を整えて、

まだ人気のない邸門で、遥と待ち合わせた。

すると、



「馬の用意が出来たぞ、お姫様」

そう言って、遥が二頭の馬を引いて来た。

「わぁ・・・・・・綺麗な馬」

一頭は遥の馬で、もう一頭は淡灰色の芦毛。

芦毛の馬は、光の加減で薄い青にも緑にも見えて、

息を呑むほど美しい。

私が緊張しつつも鼻の頭に触れると、

穏やかな目をした芦毛の馬は、ゆっくりと首を垂れた。

「可愛い・・・・・・」

「厩舎で見繕った、一番大人しい馬だ。

耳の動きが俊敏で、目も澄んで、顎ががっしりして・・・・・・」

遥はよっぽど馬が好きらしく、

私が口を挟む間もなく口早に評価を述べていく。

その調子に圧倒されて、私はぽかんと黙った。

「あの・・・・・・とにかく、とても良い馬なのね?」

「そうだな、顔立ちも気性もいい。

こいつなら、お前一人でも乗りこなせるだろう。

・・・・・・それとも、俺と一緒に乗るか?」

優位に立ったことが嬉しくて仕方ないと言う顔で、

遥は鼻を高くする。

何よ、何も出来ないって決め付けて。

「一人で乗れるわよ、馬術は得意なんだからね」

「得意って言っても、庭での乗馬程度じゃな」

「うぐっ・・・・・・」

図星を突かれて、私は口を噤んだ。

「まぁ、当分は騎手がヘボでも安全と思うけどな。

都付近は道も整備されているはずだし」

「もうっ・・・・・・遥の馬鹿!」

入念に鞍や馬装の確認をする背中を、

思い切り突き飛ばしてやりたい衝動に駆られつつも、

私は深呼吸して遥に尋ねた。

「まず何処へ向かうかなんだけど、私は・・・・・・」

地図を広げた所で、




「私に妙案がございます」

朝日が、ゆっくりと歩み寄って来た。




「朝日・・・・・・?」

軽装と下ろしたままの髪のせいかしら?

雅な物腰で歩く朝日が、いつもと違って寂しげに見える。


「姫、最初に向かうのは北が良いでしょう」

「どうしてそう思うの?」

「陰陽道で占わせたところ、そう出ました。

西側は、出来る限り避けるのが得策でしょうから、

北から回っていくのが順当かと」

朝日の指が、地図上を北からぐるりと円形になぞった。

「西を最後に、か。

やっぱりそうよね・・・・・・うん、決めた!」


高天原のほぼ中央に、この都がある。

都を囲む四方にはそれぞれ門が設けられていて、

外敵の侵入を防いでいる。

でも、その四つの門のうち、西側だけは昔から閉鎖されていた。

高い塀に覆われたその奥は未開拓地帯で、詳細は不明。

言わば、王族の勢力が全く届かない土地なの。


「北州も、都ほど整備が進んでいない地域ですが、

西側よりはましでしょう」

「ええ、都の北境から出ることにするわ」

静かに手際よく地図を畳み、

それを手渡した朝日が、私の両手を掴む。

「・・・・・・どうかした?」

「結婚までは、体に傷など残さないでくださいね?

宝玉など手に入れなくて構いませんから」

にこにこ微笑む朝日を見て、私は眉間にしわを寄せる。

悪気はないんだろうけど・・・・・・

「あ、志半ばで一年以内に戻って来ても、

全く問題ないですからね?」

「もう、深層の姫君だと思って馬鹿にして!

一年後には、絶対に朝日の前で万歳してやるんだから」

「・・・・・・必ず、ですよ?

決して、約束を違えてはいけません。いいですね」



朝日の手が、震えてる?

急に真剣な目をして、私を心配してくれたのね。



「・・・・・・ありがとう。きっとよ」

不器用な朝日の手を握り返して、そっと離した。

「さぁ、出発しましょう。そろそろ明六つの鐘が鳴る」

芦毛の馬の鞍に手を掛けると、

代わる代わる、今度は遥が私の腕を引っ張った。

「おい、挨拶してこなくていいのか?」

「・・・・・・お母様に?」

目線だけ左右に泳がせたけど、その姿はない。

私は、責務を放棄した親不孝者だもの。

見送りがなくて当然よね。


「いいの、一年以内に戻って来るんだもの。

今生の別れじゃあるまいし、仰々しい挨拶はいらないわ」

顔を逸らしたまま、私は素早く鞍に腰掛けた。

「へぇ、割かし淡白なんだな」

「それに、お母様は私になんか会いたがらないし」

「・・・・・・あんまり、自分を虐めるなよ?」

私の背中を軽く叩き、遥は愛馬に駆け寄っていく。





ふん、だ・・・・・・

ちゃんと分かってるわよ。



旅の終わりには変わるかもしれない。

心を通わせる本当の親子に、なれるかもしれない。


私だって、そう信じているんだから。





「よーし、流風。またよろしく頼むな」

月毛の愛馬に声をかけ、遥が勢いよく跨った。

長く遠征隊の指揮官を務めていただけあって、

軽やかなその動きには、少しの無駄もない。

「ほら、桜。呆けてないで、ちゃんと綱を持て!」

「・・・・・・わ、分かってる!」

言われるがままに小豆色の手綱を握り、姿勢を整えた。

すると私の隣では、上機嫌で馬の横腹を叩いた遥が、

颯爽と駆けて行く。

「ちょ・・・・・・遥ってば、そんなに早く行かないで!」

私が焦って手綱を引くと、馬は蹄で軽く地面を蹴った。

良かった、ちゃんと走ってくれそう。








「・・・・・・桜姫ッ!!」

行くぞ、と意気込んだところで、

突然背後から呼びかけられて、体制を崩した。

必死で手綱を握り、鬣にしがみつく。



「わっ・・・・・・こ、怖かった。

どうしたの、朝日。何か言い忘れでも?」

結び紐が解けて、長い金髪が無造作に宙を舞う。

だらしない格好を嫌がるはずなのに、

風で肌蹴た服も、髪も、朝日は直そうとしない。

普段では考えられないような、鬼気迫る表情を浮かべて。


「あ・・・・・・いえ、用と言う訳ではないのですが・・・・・・」

「変な人ね。だったら、もう行くわね?」

私はふわりと微笑むと、

りぼんを翻して、再び門に背中を向けた。




「朝日、また半年後に会いましょうね!」






”また会いましょう”

蹄の音と共に去っていく、澄んだ声。



本当に信じていいのですか?

あの時私が止めていたら、と・・・・・・

いつか、後悔する気がしてならないのですよ。




さっき・・・・・・

一瞬、姫の背中が霞んで見えた。


日出に被って透けただけなのか?

それとも、立ち込める朝靄が姿を隠したのか?


いや違う。

確かに、嫌な予感が胸を掠めた。







ほんの一瞬の不協和音。



姫はもう・・・・・・

ここに、戻らない気がした。















「・・・・・・そこに隠れて何を?」

姫を見送った後、垣根の陰に佇む女性に気付いた。

早朝にも関わらず白粉を塗り、紅を差し、

正装をしたその人物が誰なのかは一目瞭然だった。



「宮様、見送りに出てやれば喜んだでしょうに」

「構わぬ、馴合いなどは不要だ」

扇で口元を隠して、宮は素っ気無く言い放った。

「それより、そなた・・・・・・

桜に賭けなど持ち出して何のつもりだ?」

「男女の秘密まで、もうご存知なのですか」

無粋な人だと一頻り笑い、

桜姫が潜り抜けて行った門に凭れ掛かる。

「姫は極度の負けず嫌いですからね。

ああ言って挑発しておけば、

這ってでも生き延びて、都に帰ってくると思ったんです」

引き止めることが出来ないのなら・・・・・・

どんな手段を使っても、無事に帰らせたかったから。

「ついさっきも、絶対帰ると奮い立っていましたよ」

「桜を無事に戻すため、婚約破棄を餌にしたか」

私が苦笑いを浮かべながら頷くと、

宮にしては珍しい苦悩の表情で、頭を抱えた。

「計算高い男が何を血迷った。

賭けなどせねば、嫌でも王座を手に出来たものを・・・・・・」




ええ、自分でもそう思いますよ。

結婚よりも、玉座よりも、無事な帰還を望むなんて・・・・・・

私にも、野心がない訳ではないのにね。


でも、命には代えられない。

たとえ生涯手に入ることがなくても、

生きてさえいてくれたら、それだけで十分。



心から・・・・・・

あなたを、愛しているから。





「私を愚かと笑いますか?」

「馬鹿な男だ。私ならそんな不利益な賭けはせぬわ」

「・・・・・・お互い、損な性分ですね」

侵害だと言いたげな目を向けて、宮は私を睨む。

「情に流され、次期国主の座を捨てたそなたと混同するな」

「似ているじゃありませんか。

本心を隠して、わざと悪役に徹している辺り。ね?」

宮は一瞬表情を歪ませて、背中を向けた。

「本当は誰よりも、姫を気遣っていらっしゃるのに。

陰陽道に最良の方角を占わせろと言ったのは、

宮、あなたですしね」

怒髪天を突く剣幕で、宮が私に振り返る。

黒曜石のような切れ長の瞳は、ギロリと吊り上がっている。

「おっと、失敬。今のは口が滑ったのですよ」

「・・・・・・そなたは好かぬ!!」

激しくそう言い捨てて、宮は邸の中へと踵を返した。

背中が見えなくなったところで、とうとう、

「ぷッ・・・・・・あはは!あの顔!

・・・・・・あーあ。

腹いせの相手が悪かったな。また始末書だ」

じわじわ込み上げて来た笑いに耐え切れず、腹を抱えた。

笑って遣り過ごすしか、なかったから。





湿り気のある風が、頬を撫でる。






”行ってきます”




愛しい人。


側に居られない私を、不甲斐なく思っていもいい。

それを、詰ってくれても構わない。




だから、必ず・・・・・・



帰ってください。



















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 執筆後記


 桜編はこの九話で、一区切りです。

 中途半端もいいところです、すいません!!
 ただ、桜を取り巻く世界の変化が全体の柱なので終わりではないです。
 以後は、さくはる(桜+遥)よりは、3人の継承者寄りの話になりますが・・・
 どうぞ、次の月環編も宜しくお付き合い下さいますように(^-^*)

 長かった二章が、これでやっと終了しました。
 夏季休暇を挟んでいたので、後半は比較的速いペースで更新できたかと思います。
 ・・・他の創作者様に比べたら、亀ですけども(汗)
 ちまちま書いていた話も、終に三章突入かと思うと感慨深いですv


 主役の影が薄く、主題の旅立ちが淡白な話;

 感想はと聞かれたら、こう答えるしかありません!!!!
 どうして桜編のラストを朝日がしめたんでしょうね;;
 もはや、何を書こうとしたんだか分からなくなってしまいました(^^;)
 あ、でも『宮が実は優しい』的な内容が書けて良かったv
 「そなたは好かぬ」の辺りは、ばらされて膨れっ面した感じを想像してください。


 馬・・・出したはいいけど、用語がさっぱり。

 動物好きですが知識は乏しく、「走った」や「歩いた」など単調に・・・!!
 この先大丈夫かなー・・・辞書を引きつつ、頑張ります><;
 ちなみに、月毛は赤茶色、淡灰色の芦毛は白地に灰色の毛がある馬です。

 あと、7話で書き忘れた補足ですが。
 朝日が持ちかけた賭けは、結婚がどうのと言うのが真の目的ではありません。
 桜に「絶対生きて戻ろう」と言う意欲を持たせるためのものです。
 作中でも言っているように、桜は重度の負けず嫌い。
 帰国すれば勝てるーと言う条件を出して、おちょくって、闘志を燃やさせた訳で・・・

 ・・・説明できない、このエピソードは失敗だ(涙)

 とにかく、朝日は何が何でも桜に帰ってきてほしかったんです!!
 意味不明な話ですが、それだけ留めて頂ければ幸いです;;
 うわ〜〜っ、朝日申し訳ない!!!!!



 それでは、三章でお会いしましょう!