第三話 「死魂の影」







(お姉ちゃんも、殺されちゃうもん)

無人村に突然現れた少女は、平然として答えた。






「お前、何か知っているのか?!」

そう尋ねた遥の声は荒く、苛立ちが滲み出ている。

少女は、大きく肩を揺らして唇を引き結んだ。

「遥ったら駄目よっ・・・動揺するのは分かるけど、怖がるでしょう?」

私は少女に駆け寄り、裾をたくし上げて顔の高さまで屈んだ。

「驚かしてごめんね、怒ってたんじゃないの。」

緊張を払い、煤で汚れた右頬を袖口で軽く拭ってやった。

「・・・綺麗なおべべ、桜のお花の模様・・・?」

「そう、私の名前も桜って言うの。よーし、うん、取れた!」

綺麗になった頬を見て満足げに頷き、私はもう1度顔を覗き込む。

「ねぇ、あなたのお名前は何て言うの?」

「さつき!」

八重歯のかけた少女は、一礼して名乗った。

「いいお名前ね。じゃぁ、さつきちゃんはどうしてこんな所にいたの?」

「・・・えっとねぇ・・・」

問いかけに答えるように、少女は前方を見据える。

「・・・ここ、さつきの村なの。お家なくなっちゃったけど・・・」

「この村の子なのか?!」

視線の先にあるのは、惨状を残す無人村。

それを射る眼差しには、懐しそうな色が確かに浮かんでいた。

「・・・ねぇ、あなたの他に村人はいるの?」

「お母さん達はね、この森のずっと先の村にいるの。

さつきは・・・お父さんが死んじゃったから、お花持ってきたんだよ。」

辛気臭い空気を払うように、さつきちゃんは笑う。

「でねっ、埋めてあげなきゃと思って、そこにお墓作ったの!」

「そこって言うのは・・・これ?」

彼女の言う『そこ』には、お茶碗を逆さにした程度の山がある。

お父さんって、小鳥か何かじゃないわよね・・・?

私と遥は、顔を見合わせて苦笑いを零した。

「埋めるの手伝ってやるよ、親父さんの安置場所に案内しな?」

こくりと2度頷いて、さつきちゃんは握り締めた掌を開いた。

どうしたのかと首を傾げて、私は視線を注ぐ。

すると、煤けたそこには、白くて四角い塊が乗っている。

よほど強く握り続けていたのか、塊からは湯気が噴き上がった。

「そ・・・それは、何・・・?」

言葉にならない嫌な予感が、さっと心を過ぎる。





「うん、これがね、さつきのお父さんなの!

お父さんが殺されちゃった時に、落っこちたから拾ったんだよ。」





「・・・・・っ?!」

こ、この塊が父親の遺骨だって言うの?!

『落ちた』『拾った』と言うのが、どう言う状況か分からないけど・・・

殺されたなんて、どうして・・・!!


「さっ、桜お姉ちゃん・・・どうしたの、苦しいよ?」

彼女の瞳を直視できず、私は小さな体をきつく抱きしめた。

小刻みに体が震えて、埋めた顔を上げられない。

「ねぇ、痛いの?」

「・・・とても、とても辛い目に遭ったのね・・・

無事に天つ国に着けるよう、お父様を送ってあげましょうね。」

私はしばらく、その場から動けなかった。

遥もまた、同じように立ち竦んだまま掌を合わせた。










無為に奪われた、大切な人の命。

それなのに・・・面影すらない骸は、あまりにも小さい。




それでも、彼女は涙を見せなかった。

「おやすみ」と、ただただ必死に繰り返して・・・

親指ほどの遺骨を懸命に埋めて、萎びた花を添えた。




その姿が痛々しくて、私は瞼を伏せた。















なんて酷いの。

一体、誰がこんなことを・・・?















「さつきの村ね、小さいけど仲良しだったの。」

母親の元へ送るため、馬首を東に向けた時だった。

遥の前にちょこんと跨ったさつきちゃんが、ポツリと言葉を紡ぎ出した。

村の思い出でも語るのかと、私は静かに耳を傾ける。

でも、実際に鼓膜に触れたのは・・・

「・・・でもね、いきなり大きな妖怪が来て皆を殺したの。」

それは静かで、感情を抑えた声音だった。






え・・・?!



私は一瞬目を見張った。

高天原に妖怪がいるなんて、何かの間違いでしょう?!

王族は、代々妖怪を禁じてきたんだから・・・






「・・・よっ、妖怪って冗談よね・・・?」

平静を装うことも忘れ、上擦った奇声を上げた。

「ううん、皆、食べられちゃったんだもん。

白いくて、地面を這って、蛇みたいで・・・こーんなに大きいの!」

彼女は両腕をいっぱいに広げて、まだ足りないと言う渋い顔をする。

背後から体を支えてあげながら、遥は眉をしかめた。

「・・・み、水穂にもそんな妖怪がいた?」

「いや・・・蛇のナリをした奴ってのは初耳だな。

水穂では大半が人型なんだ、混血で血が薄まっていたから・・・」

お互い眉根を寄せて、ゴクリと息を呑んだ。

その中でも少女は快活さを失くさず、陽気に歌を歌っている。

かと思うと、突然身を乗り出して叫んだ。


「遥お兄ちゃん、お母さんだ!!」

「ん、ああ、ちょっと待てよ・・・今、降ろしてやるからな。」

先に降りた遥は、鞍のさつきちゃんを抱き上げた。

そして、宙で振り回したりじゃれ合いながら、ゆっくり地面へと運ぶ。

「迎えが来て良かったな。よし、母ちゃんの所に行け?」

さつきちゃんは満面の笑みを浮かべて、山道を駆けていった。

「・・・驚いた、面倒見いいのね。」

少年のように遊ぶ姿にすっかり面食らって、私は呆然と呟いた。

「そりゃぁ、遠子もいるし嫌でもそうなるさ。」

「ああ、妹がいるんだったわね。」

ふふ、遥の溺愛ぶりに昔はよく驚かされたっけ・・・







「娘を送ってくださったそうで、ご迷惑を・・・」

回想に耽っていると、さつきちゃんが女性を伴って戻った。

そしてその母親は、私達を見るなり深々と頭を垂れた。

「いいえ、お気になさらずに。」

「聞きたいこともあったので、かえって有難かったくらいです。」

その会話の後で、年の割りに頬がこけた婦人は、表情を一気に曇らせる。

「・・・・あの、何か?」

「あなた達は、都から来なさったのね・・・訛りがないもの。」

「え、はぁ・・・そうですけど・・・」

名答にうろたえながらも、くぐもった声を絞る。

すると婦人は瞳を吊り上げ、焦ったように四方を見回す。

「ねぇ、悪いことは言わないから、一刻も早く北州を出なさいな?!」


と、突然どうしたのかしら・・・?


「いえ、村の惨状について話してほしくて!」

婦人の意図は分からないけど、ここで引き下がる訳にはいかない。

その意気込みで身を乗り出すと、婦人は力なく首を振る。

「どんな些細なことでも結構ですから・・・!!」

「・・・本当に・・・お話できることはないのよ、お嬢さん。」

私が食い下がると、解れ毛を直す婦人の目に涙が滲み出した。

そして、痩せて骨張った体は、ゆらりと地に崩れる。

「一月程前・・・突然、妖怪が村を襲ってね・・・応戦した男衆は、皆・・・」

さつきちゃんのお父様も、その中に居たのね・・・

私は黙ったまま、懐にしまってあった絹織物を手渡す。

「あの、その妖怪が来る前には何か前兆でもありましたか?」

「いいえ・・・でも、もしかしたら彼が知っているかも・・・」

婦人はハッと大きく目を見張って、口を噤んだ。

「彼?彼って、誰ですか?」

目を逸らした婦人は、消え入りそうな声で囁く。

「同じ時期に、制止を振り切って山奥に入った青年がいるの・・・」

「・・・私、探してみます!!」

「待っ・・・行っちゃ駄目よ、きっと殺されるわ・・・!!」

そう悲鳴にも似た声を上げて、婦人は私の両肩を抱き抑えた。

「でも、あの、私達は・・・」

体は激しく震えていたけど、肩を抱く腕がとても暖かい。

母親の温もりって、こんなに心地良いのね・・・

「危ないことをしては駄目、都の母君様が心配なさるでしょう?!」

婦人の腕を丁寧にはがして、私は微笑む。

「この旨は、私が責任を持って国主に奏上します。

死者の弔いなども、きっと・・・私を信じて待っていてください。」

そう言って、雪を振り払う愛馬の元へ踵を返した。

「桜・・・お姉ちゃん・・・」









『あなたは、何のために居るの?』

もし、そう聞かれたなら、私は答えるわ。



”護りたいから、居るの”



護るために居るの。

もう誰も、怯え暮らすことがないように・・・




































夕闇が、漆黒の影を一層長く伸ばす。




「もうこんな時間なのか・・・」

時刻を知らせる太鼓は、ちょうど6つ叩かれた。

一息つこうと脇息にもたれ、私は片目の上の単眼鏡を外した。

すると、静まり返った戸外から




「『光陰矢の如し』とは、よく言ったものですね。」

聞き慣れた、抑揚のない女声が響いた。

ああ、と答え見据えた先には、想像通り唯月が立っている。

「そなたか・・・久しいな。」

「桜姫が倒れたあの日より、廟に篭っておりました故に・・・」

数日ぶりに見る顔は、疲労のためか青褪めている。

「そうか、占いはつつがなく済んだか?」

私は唯月を手招き、椅子に腰掛けるよう示した。

しかし、戸口に立ったまま、唯月は瞳を伏せて動かない。

「占いの結果に、何か不穏な動きでも・・・?」

「・・・火急の知らせ故に、こうして馳せ参じた次第でございます。」

頬を流れた汗を拭うこともせず、唯月は一言呟く。






「王族は、呪われております。」






「・・・何、呪詛だと・・・?」

『暗殺』の類は慣れているとは言え、正直面白くない。

私は肘を力任せに脇息に投げ、目を細めた。

「心を沈めて、揺らいではなりませぬ・・・あの者に気付かれます。」

「・・・一体、何者に聞かれると?」

間者でも潜んでいるのかと、黒光りする短筒に手をかける。

しかし、返ってきた言葉は意外なものだ。


「姫巫女の怨霊でございます。

あの者は彷徨い・・・我が国の全てを、掌握しているのです・・・」

そう言って唯月は、私の手に水晶の数珠を握らせる。

「姫巫女・・・と言うと、伝承の?」

「怪しい気配を察し占った所、そのような結果が・・・」

極寒の夕暮にもかかわらず、唯月の頬には次々と汗が伝っていく。

この様子からして、ただ事ではない。

「して、私の取るべき道は?」

唯月は答えず、徐に私の背後に立った。

そして御簾を上げ、青白く輝く空の星を一つ指し示す。





「・・・都の北は北州に、妖しき星が堕ちました。」





「あれは、破滅を招く凶星でございますれば・・・」

私を仰ぐ瞳はどこまでも真剣で、表皮に刺さりそうなほど鋭い。

「直ちに挙兵して、その者をお討ちなされませ。

さもなくば・・・この高天原は、近しき日に滅亡するものと心得よ。」

「その者とは・・・なっ、これは?!」

それは何者だと、息を呑んだその時だった。

窓の格子の隅に、ほっそりとした一体の影が揺らめく。

「気味が悪い、僧都を呼んだ方が・・・」



影は眩い光を放ち、色を帯びていく。

肌、桃、紫紺・・・そしてやがて、それは人型を模った。



そして、気付くと眼前には














「ご機嫌よう。」




眼前には、小柄な少女が佇んでいた。

極楽絵の天女のような、柔らかな微笑を浮かべて・・・
















「12代目国主には、初めてお目にかかります。」

長い髪が風に揺れ、薄く朱を指した頬を掠めた。

少女は、輝くばかりに梳かれた桃色のそれを片手で抑える。


「・・・そなたが、竜神の花嫁・・・か?」

疑わしい声で、そうたずねると細い顎はコクリと傾く。

「ええ、ささらと申します。」

「私は涼風と申す。丁寧な挨拶、痛み入る・・・」

淡い桜貝のような唇が紡ぐ音は、どこまでも優しげだ。

しかし、瞳は少しも笑っていない。

この少女が醸し出す空気が、礫のように私に突き刺さる。



私は国主として、数多の人間と接した。

その中で培った本質を見抜く能力は、今も健在らしい。








”この者は、私を憎んでいる”








「して、何用でここへ参った?」

私は腕を組み、唇を尖らせて切り出した。

すると姫巫女は・・・薄らと、曰く有り気な笑みを浮かべる。












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 執筆後記

 ペースの遅さに愕然としつつ、何とか公開です(^^;)
 「年内にもう一話」と思っていたので、間に合ってよかったです。

 えーと、今回はあんまり書きたくない内容です(汗)
 怖い話は苦手なのですが、何だか嫌な方向に進んでまして;
 北州の妖怪を説明する必要があったので、さつきエピソードを入れましたが・・・

 
暗いし気持ち悪いし、惨敗です・・・!!

 平気な人が読めば「くだらない」と思うかもしれませんが・・・
 「父親が殺されて、その骨を拾ったのよー」とか、私はもう無理です!!
 しかも「食べられた」って、初めてスプラッタ系の描写を・・・
 ここの部分は、布団かぶって書きました(苦笑)
 北州の妖怪は意外とグロイので、この先が思いやられます。

 
新鮮な人肉が大好き、骨までムシャムシャ・・・ぐわーーーッ!!!

 
注意:亡国と西域サイドは大丈夫です(汗)


 怖かったので、後半は都サイドに戻しました!!
 こっちは平和で良いなぁ・・・と、書きながら幸せを噛み締めました。
 それに加え、大好きなささらがまた登場したので(^-^*)
 ささらは、雪夜一の花(女らしいキャラ)なので、ピンク系の表現が楽しいv
 個人的な今回の好きポイントは、控えめな唯月さん。
 「直ちに挙兵してお討ちなさい」みたいな、古典言葉が好きでして。
 いつか、軍記物語みたいなのも書いてみたいですね♪
 「山谷に雌伏して早1年、今こそ時至れり、いざ○○を討たん」とか(無謀)

 さて、四話目も引き続き、都サイドからのスタートとなります。
 次の話でもお会いできると幸いです!!