第二十話 「水と月の謡」






夕闇が迫る頃、私達は活動を開始した。

そして今、全員で焚き火を囲んで、夕食を取っている。

正直言って、食欲なんて無いんだけれど・・・




「おい、大丈夫か。器、落としそうだぞ?」

遥の声で我に返ると、手に持った漆の器が大きく傾いていた。

慌てて手元を固定し、汁物の流出を何とか回避する。

「平気・・・ちょっと、疲れただけよ」

表面上は、いつもと同じ光景に見える。

でも、月環が座っていた席は、ぽっかりと空いている。

慣れた手付きで炎の番をする姿も、今はない。



本当に、死んでしまったの?

何処かで、うたた寝でもしているんじゃないの?

そして”遅くなってすいません”って、現れるの・・・

そんな風に現実逃避していると、また涙が滲んできた。





「なぁ、陽、頼みがあるんだ。

月環のことで、何か知っていたら教えてほしい」

彼の名前が出ただけで、私はまたも器を落としかけた。

そんな私の背中を摩りながら、遥は続ける。

「俺はまだしも・・・このままじゃ、桜は納得できないだろうから」

「・・・ふん、最初からそのつもりだったよ。

焔から、月環のことを話す許可はもらってないんだけどね」

陽くんが、呆けている私を横目で一瞥した。

「まぁ・・・お姫様がその様子じゃぁ、仕方ないからね」

私を心配してくれているのね?

遥や光一郎だけじゃなく、私を嫌っている陽くんまで・・・

「無理言って悪いな、頼むよ」
























闇に包まれた森に、音は無い。

木々までもが彼の弔いをする様に、今日は静かだ。







「月環の話をする前に、1つだけ昔語りをしよう。

約500年前に・・・今は消えた村、日向で起きた事件のことを」

陽くんは徐に話し始め、私達は黙ったまま頷いた。



「この話は、伝承には語られていないんだけど・・・

当時17歳だった姫巫女には、『瑞貴』と言う想い人がいたんだ。

二人は結婚の約束をしてさ、村を出奔しようとしたらしい」

「出奔・・・って、村を逃げ出すなんてどうして・・・?」

「巫女の恋を、誰一人として許さなかったからさ」

あの穏やかな方からは想像も付かないけど・・・

ささら様は、その人のために巫女のお役目を捨てたんだ。

故郷を捨て、掟を破るほどに愛していたのね。


「でも、その土地を治めていた領主は・・・

つまり、あんたの先祖は、巫女の裏切りに激怒した」

「私のご先祖様が、何かしたの?」

炎に薪をくべようとする遥の袖を、私はきつく掴んだ。

「神の怒りを蒙ることを恐れて、あの日・・・

瑞貴を暗殺して、巫女を無理やり土地に引き留めたんだよ」

顔から血の気が引いていくのが、自分でも分かった。

今すぐに、ここから逃げ出してしまいたい。


「こんなの序の口、驚くのはまだ早いよ。

領主は、土地で共存していた妖怪も一緒に一掃したんだ。

『妖怪は本性が邪悪だから』と言う、ただそれだけの理由でね」

「な、んて酷いことを・・・」

「焔も、その他の土地神もそう思ったよ。

その末に神々が人間達に罰を与えたこと、知ってるだろ?」

「高天原の伝承の始まり、だな?」

土地を豪雨が襲い、田畑は一時壊滅状態になったと言う。

子供心に、神様は乱暴だと思ったのを覚えてる。

でも、悪いのは全て、私のご先祖の方じゃないの・・・!!


「しかも、笑っちゃうんだ。

その領主って奴が、本当に救いようがなくてね・・・

自分だけコソコソ命乞いした挙句、逃亡を図ったんで、焔は怒り心頭でさ。

でも・・・あの姫巫女が、村を救って欲しいと申し出た」

心清いささら様は、ご先祖様の暴挙に耐えられなかったんだわ。

「焔は、盲目の少女の懇願に胸を打たれた。

そして、そいつを連れて空へ・・・と、ここまでは、ご存知の通り」

炎の中の薪が、パチパチと音を立てて弾ける。

「女は契約を守って・・・生涯、焔に尽くして生きた。

焔もさ、甲斐甲斐しく世話を焼くあの女を、誰よりも大切にしたよ。

焔は素直じゃないから、喧嘩も絶えなかったけどさぁ」

「仲睦まじいお二人だったのね」

陽くんはケタケタと笑いながら、顎で軽く頷いた。

でも、次の瞬間には、一変したように鋭い表情になった。

「でも、あの女は程なくして死んだ。

焔は、女を手放すことを最後まで拒んでいたっけな」

俺は原因までは知らないけどね、と忌々しそうに付け加えた。

その軽い口調は、恐ろしいほど毒っぽい。

「お二人とも、お気の毒・・・」

「だけど、それだけじゃ終わらなかった」


女は、現世に未練を残していた。














「巫女は、成仏できなかったんだよね」







”瑞貴に、もう一度逢いたい”

”私が愛した、あの土地に帰りたい”

”もっと、生きていたい”






そんな未練が、巫女を現世に留めた。

体を持たない魂魄体として、永遠の命を得た。



そして更に、強大な力も・・・













「そして、奴は清らかな巫女ではなくなった。

己の欲を満たすために焔を苦しめて・・・俺は、奴を許せない」

「お二人に、何があったの・・・?」

私には、事情は全く分からない。

でも、初めて出逢った時から、ささら様は私に・・・

「とても優しくしてくれたのよ。それを、信じちゃいけない?」

沈んだ口調で尋ねると、陽くんはフンと顔を背けた。

「・・・俺だって、昔はそう思ってたさ」






盲目の、穏やかな女で・・・




”陽くん。ねぇ、陽くん”

俺を呼んだ声が、甘く、優しくかった。







「あの女を好きになるな、とは言わない。

そんなの俺には関係ない・・・だけど、絶対に信用はするな。

行動も、言葉の一片も、何もかもを、だ!」

引き結んだ唇は、怒りのせいか震えていた。

額に滲み出た汗は、彼の憎しみの深さを物語るよう。

「お前の怒りは分かったが、それが月環と何の関係があるんだ?」

遥の問いに、一呼吸おいて陽くんは続いた。

「瑞貴の遺体は、村から遠く離れた山中に埋葬された。

それが、ここ。北州なんだよ」

そう言われて、私の脳裏にあるものが過った。





「・・・あ!!」



故意に名前を消された、粗末な墓石。

あの時は、大昔の罪人のものなんだと思ったけれど・・・

あれが、瑞貴さんのものだったのね?!




「瑞貴は、本当に心の清い青年だった。

だから、500年掛けて、ここに生まれ変わることが出来たんだ。

全く別の人格を持つ『月環』と言う青年としてさ」

「なっ・・・?!」

私達の声は見事に重なって、森に反響した。

「ささら様の恋人の生まれ変わりが・・・月環?」

「だから姫巫女は、月環の死を知ってあんなに取り乱したのか・・・」

「陽くん、それ、本当なの?」

「あのさぁ、今更あんたに嘘ついてどうなるんだよ。

まぁ、瑞貴だった頃の記憶は、覚醒してなかったけどね」

でも、だとしたらおかしいわ。






「ねぇ、『月環』は確かに人間だったのよね?」




でも、人間の死に方じゃなかった。

あれは、”朽ちる”と表現した方が近かったもの。





「そう焦らないでよ、続きがある。

月環は、18歳になるまで北州で平穏に暮らしてたよ。

でも・・・あんた達が北州に来る一月前、一度死んでるんだ」

遥と光一郎は、失神寸前の危険な顔色になった。

怪奇・超常現象が苦手な彼らにとっては、当然でしょうね。

突拍子も無い発言に、私も思わず目を剥く。

「い、一度死んだって・・・じゃぁ、私達が会った彼は誰?!

ささら様と同じように幽霊の類だとか、そんな馬鹿な話・・・」

それを受けて陽くんは、本当にせっかち、と唸った。






「生まれ変わった瑞貴の死を知って、焔は愕然としたよ。

”ささらが知ったらどんなに悲しむだろう”ってさ」


二世を誓った男性が、500年後に甦って

なのに、またすぐに死んでしまったなんて知ったら・・・

再会を信じて生き残ったささら様は、絶望してしまうわ。


「そして、何とかして月環を生かそうと考えた。

だから焔は・・・禁忌とされていた反魂術を、月環に施したんだ」

「反、魂術?」

あまり馴染みはない言葉だけど・・・

幼い頃、私の愛猫が死んだ時、唯月様がそっと話してくれた。

死者の魂を現世に呼び戻す儀式なのです、と。


「その甲斐あって、月環の魂は見事に現世に蘇った」

「でも・・・そんなことして、竜神様は大丈夫だったの?」

唯月様は確か、禁忌の技とも仰ったのよ。

是非施してくれと頼んだら、いけません、ときつく断られて・・・

すると陽くんは、ご明察と感心して手を叩いた。

「そう、平気じゃなかったんだよね。

反魂は、生を司る女神にだけ許された秘術なんだから。

生を司る女神って言うのは、昨日会った『歌詠』と対になる神だよ」

彼の黒い姿を思い浮かべて、私はすぐに納得した。

彼は、超越した力を持っていたもの。

対になる女神様なら、禁忌の技だって許されるのだわ。


「焔は、ただの土地の一守護神に過ぎない。

だから、結果的に、焔の反魂術は不完全だったんだ」

「ふ、不完全・・・?」

背筋に、ゾクリと寒気が走った。

数ヶ月前に、そんなことが起こっていたなんて。

「反魂術で生き返った月環の体はね、半壊してたんだよ。

あの死に様みたいに、光の粉になって・・・

その上、瑞貴の記憶も、月環の記憶さえも失っていたんだ」

どちらの記憶も失くしていた?

「そんな・・・それで、どうなったの?!」

「焔は、自分の神通力を全て月環に与えようとした」

「ささら様の、ために・・・?」








深く、深く愛していたから?




ささら様が、悲しまないように。

現世に生き残ったことが、無駄にならないように。

自分の全てを賭けて、瑞貴さんを守ろうと・・・








「でも、神通力を渡すことも遮られちゃってね。

さっきも言ったけど、反魂術は生を司る女神『花降』の管轄なんだ。

だから、術を使ったことが知れて・・・

その女神から、重い罰を受ける羽目になって。

あの時の恐怖を・・・今でもまだ、はっきり思い出せるよ」







朽ちていく月環の体に

神通力を注ごうとした、まさにその瞬間。


眩い光を放つ女神がやって来て・・・







焔に、告げたんだ。










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執筆後記

遅くなりましたが、3章20話目を公開しました。
同じようなことを20ページも書いていると、だんだん疲れてきますね(^^;)
ラストスパートなので頑張りたいのですが、ヘトヘトですorz

感想は特にないのですが、やっとネタ晴らしを始めました。
次の21話も陽に色々と話してもらって、3章は23話で終わりの予定です。
あ、いや、あくまで『予定』ですので信用しないでくださいね!
私って奴は、いつも有口無行の人なので危険ですよ(すっこみやがれ;)

あ、次とその次の話、連続して焔が出てきます。
2年前、CVの応募がなくてもう駄目だと思った、ちょっと不憫なあの方が(笑)
私は大好きなのに、何で嫌われちゃったんでしょうね><;

それでは、次の話もよろしくお願いします。
あ、風邪が流行っているらしいので、皆様もどうぞお気をつけて!!
ちなみに私は、早速かかって寝込みました(涙)
服の流行なんかはどうでもいいくせに、こういう流行には敏感らしい;
今年のは喉がやばい(と思う)ですよ、イソジンを徹底すことをお勧めします!