第一話 「覚醒」







僕は、何処に向かうのだろう。

先に見えるのは、永遠に続く闇だけなのに・・・

立ち止まることは、許されない。




生き抜いて、何が残る?

独りきりのこの闇は、いつになれば終わる?

僕には・・・希望なんて、見えない。




どうか、このまま眠らせて。




だけど、声が聴こえたんだ。

逢いたいと・・・僕を呼び続ける、君は誰?


























「おーい、いつまで寝てんだよ。」

金色の瞳を持つ少年は、呆れた表情を浮かべる。




「いい加減に起きろってのに、ったくもう・・・」

少年が必死に声を掛ける先には、青年が横たわっていた。

降り積もる雪で、半身が既に埋まっている。

「あのさぁ、このままお前が凍死したら、俺が主人に怒鳴られるんだよね!」

意識を取り戻さない青年を見て、苛立ちが込み上げて来た。

そして声を荒げると、青年の手がかすかに揺れる。





「う・・・ん・・・」

青年は短く唸り、薄く瞼を開いた。

しかし、虚ろな瞳には、少年の影さえも映っていない。











寒い・・・ここは、どこだ?



これは・・・ゆ・・・き・・・白銀の、世界。












「なぁ、おいってばっ・・・おい!!

お前、目の焦点が合ってないって、まずいんじゃないの?!」

注意して聞くと、青年の息遣いが弱くなっていた。

その尋常でない様子に、焦った少年は青年の両頬を交互に叩く。











朝焼けが、空を朱色に染めて

純白の雪は、白い花のようにその空を舞う。





この景色を、僕は覚えている。

いつか、何処かで、こんな空を見たんだ。

懐かしい、この茜色の・・・





ああ、僕は・・・帰って、きたんだね。














「・・・・・・?」

青年はハッと我に返り、軽く首を擡げた。

すると、右頬に一筋、また一筋、涙が伝っていった。





僕は、今・・・何を考えていた?

頭の中に靄がかかったようで、全く思い出せない。

確かに、何かを懐かしんでいたはずなのに。






「寝起きが悪いなぁ、やっと起きたの?!」

この少年は、仁王立ちで何に激怒しているんだ。

青年は自分の置かれた状況を理解出来ず、瞬きを繰り返す。

「・・・こ、ここは・・・何処だ・・・?」

鈍く痛む頬をさすりながら、少年を見上げて恐々と尋ねた。

極寒の空気のために、その声は掠れている。

「高天原の北端の雪山だよ。そんなの、見て分かんない?」

「たか、まがはら・・・」

青年の辞書に、そんな言葉の姿はない。

ぽかんと呆けていると、少年が眉をしかめて話を続けた。

「放置しても良かったんだけどさ、主からお前を護れって言い付かってるんだよね。」

埋まった半身を引き出して、少年は雪を払ってやった。

「主・・・護るって・・・君は、一体誰なんだ・・・?」

「俺は陽、竜神に仕える眷属。」

金色の瞳を細めて、陽は柔らかく微笑む。

「陽、か・・・知っているなら教えてくれ、僕はどうしたんだ?」

「お前は月環で、この山に住んでたんだ。何だよ、何も覚えてないの?!」

目を丸くする陽を他所に、月環はコクリと静かに頷いた。

「月環・・・それが、僕の名か・・・思い出せない。」

空っぽの頭に、初めて聞く自分の名を刻み込む。

「呆れたなぁ・・・まぁ、しばらく俺が一緒にいてやるからいいけどさ。」

陽は小柄な体を折り曲げて、月環に目線をあわせる。

「ちょっと待って・・・君が、僕の側に?」

「気にしなくていいよ、俺が勝手に側にいるだけだからさ。」

「しかし・・・」

そう反論しかけた月環の口を、陽は両手で覆った。

「ほら立って、このままじゃ凍死するよ。

それに・・・始めに言っとくけど、お前は命を狙われてるからね。」

立ち上がらせようと腕を引く陽を、月環が逆に引っ張る。

「狙われて・・・って誰に、何故?!」

「そんなに強く掴んだら痛いよ、放してくれる?」

動転して力を込める月環を、ギロリと睨んで言った。

まだ表情に幼さの残る少年には、似合わないほどの気迫だ。

「あ、すまない・・・」

腕が放れたのを確認すると、陽は話を再開する。

「そのうち、国のお偉いさんはお前を殺そうと躍起になるよ。

俺も詳しくは知らないけど、邪悪な魂を惹きつけるから・・・って、さ。」

「僕は何もッ・・・!!」

「分かってるけど、それが現実なの!

そのうちゾロゾロ刺客が来るから、気を引き締めないとお陀仏だよ。」

はいはいと言った口ぶりであしらい、陽は歩き出した。






邪悪な魂って、何だ。

何故、僕が殺されなければならない?

僕は一体・・・何を忘れてしまったというんだ?!







「あ、ちょっと待ってよっ・・・その剣、置いていくつもり?!」

振り向いた陽は、血相を変えて指を指す。

その先には、雪に埋まりかけた銀の拵えの剣があった。

「・・・これは一体?」

白い刃など珍しく、月環はマジマジと眺める。

その剣は、手に取ると青白く輝き、まるで息衝いてるように見えた。

「それはお前のだよ、知ってるはずだろ?」





僕の・・・剣?

ああ、そうか、あれは・・・夢ではなったのか。
















目覚める前に、金色の竜を見た。




『お前は選ばれた者だ・・・青銀の剣を守れ、その命に代えても。』




僕の胸に鋭い爪を向けて、そう告げ

虚ろに耳を傾ける僕に、この剣を渡し風のように去った。

黄金に輝く鱗を、散らしながら・・・






「あの竜は、名のある神だったのか。」

竜の神々しさを思い出して、月環は改めて納得した。

「そう、そいつが俺の主。

この青銀の剣は、人間を護るために竜神が託した物なんだ。」

「それを・・・僕が、継承したのか?」

陽は剣を皮の袋に入れて、月環の腰元に結んだ。

「そうだよ、第一の剣の護り手としてね。」

そう微笑んで、陽は振り返る。













あれは、つい数日前のこと。




「陽、地上に降りて月環の補佐をしろ。」

珍しく焔が俺を訪ねて、相変わらず偉そうにそう告げた。

「あいつに、宝玉を渡す訳にはいかないんだ。」

「はぁ?!めんどくさいな・・・」

カチンと来て反抗すると、焔の様子が変わった。

その表情は寂しげで、すぐに”奴”が関係していると気付いた。

「ふんっ、また奴の話か。」

ふて腐れて背を向けた俺の髪を、焔はそっと撫でた。

「そう言うな、俺があいつを止めねぇと。

月環はその要・・・記憶が戻らない今は、お前の助けが必要だ。」

主君が頼み事をするなら、俺は答えるまでだ。

それが、仕えると言うことだから。

だけど、主従関係のためだけじゃなくて、俺は・・・


「わかったよ・・・ったく、仕方ないな。

手の掛かる主君を持つと、気苦労が絶えねぇなぁ・・・」

焔の死角で、俺は口元をほころばせた。









護ってやる。

だから、今は一刻も早く・・・








「さぁ・・・行こう、月環。

お前の戦いは、これから始まるんだから。」


雪の礫が、二人の頬を打った。










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 執筆後記

 第3章の月環編を、やっと書き始めました!!
 ここまで来るのに本当に時間がかかったなぁ・・・亀並です(汗)

 月環・・・1年前、本当にすごい人気でした。
 一次募集で熱烈なメッセージを多数頂き、他キャラが可哀相になる程(笑)
 陽も検討して、ヒロインに追いつきそうな応募数で・・・
 好きだと言ってくださる方が、今もいらっしゃるといいなと期待v
 ただ、彼らは謎キャラなので、サービスして色々話すことができません(^^;)
 秘密が明らかになるまで、待っててくださいねv

 
もうほぼネタバレしてると思いますけどね。

 そこの所は、開き直って書いていきたいと思います!!!!
 どうぞ知らない振りしてお付き合いくださいませっ・・・

 さて、二人の出逢いのシーンです♪
 どうってことない場面ですが、連載開始前からずっと書きたかったv
 口上は刺々しいのに、陽が月環の世話を焼くのが可愛いなと。
 声優さんの声を想像すると、なお微笑ましくて。
 友人には「陽と月環ってアレっぽいよね」と、からかわれますが・・・(滝汗)

 
彼ら、違いますからね!!!!!

 二次創作とかで書いてくださる方は止めませんがっ・・・!!
 話を戻して、今回は3人称を使用しました。
 どちらかの視点で見ると偏るので・・・若干堅苦しい感じですが、勘弁です。
 あと、この場面は桜が旅立つ1月ほど前です。
 この先「ん?」と思う記述も出てきますので、あしからずv

 それでは、早めに更新頑張ります!