第八話 「大蛇」







―― ガチャ ガチャッ


錆びた鎖を何重にも巻きつけ、扉に錠をかける。

そして、その鈍い音を確認すると、遥は月環の元へ急いだ。






「待たせたな。さぁて、どこから攻める?」

軽く反った太刀を抜き、遥は月環と背中を合わせた。

すると、背中越しに

「・・・あなたは、驚かないのですか?」

粘液の滴る爪を剣で受け流して、月環は呟いた。

遥は、その言葉を噛み締めるように唸る。

「いや、十二分に驚いたさ・・・あんな蛇、正気じゃ考えられないしな。」

「それなら、命乞いでもして逃げ出せば良かったのに。」

月環の嫌味な口ぶりに、遥は頭を掻いた。

どうしてここまで捻くれちまったかね、と言いたげな表情だ。

「これでも剣術には自信があるんでね、援護くらいは出来るだろ?」

そう言うと、月環は困惑したように目を逸らす。

「分からないな。姫君と言い、あなたと言い都人と言う人種は・・・」

「偏見なんかさっさと捨てろって。

俺もお姫様も、困ってる奴を見捨てたりはしない。絶対に、だ。

だから、安心して背中を預けていいぞ?」

月環の返事はなかった。

だが、背中に纏っていた警戒が、微かに解れたのは確かだった。

それを証明するように、月環は遥の名を呼んだ。





「腹部の隠し爪には気を付けて。」





「隠し爪・・・?」

「近寄れば無数の棘にチクリ、です。」

月環の控えめな助言に、遥は大らかに微笑んで見せた。

こいつは決して悪い奴じゃない、と思ったからだ。

「・・・了解、そいつには注意する!」






こいつは、悪い奴じゃない。

こんな澄んだ目をした悪人が、この世にいるものか。

だからこそ・・・俺は、どうも腑に落ちない。




何故、国主はこいつの命を狙う?

何故、こいつは一人きりで戦っているんだ?

竜神は・・・何故、こいつに剣を渡した?




分からないことだらけだ。

こいつに、何が隠されているんだ・・・?






「くそっ・・・厄介だな、硬くて切れやしない。」

刀を突き立てても、刃毀れを残すだけで切れない。

対峙した大蛇は、全身を甲羅に覆われているように強固だった。

徐々に息が上がり、苛立ちが込み上げてくる。

「ええ・・・ですが、大蛇は、昼間は巣に戻るらしいのです。

朝日が昇るまでここで足止めできれば、先の村には被害は出ない。

だから、僕はずっとこの森で・・・」

それを聞いた遥は、立派だ、と握り拳を作って見せた。

そして、月環に向かう爪を手際よく薙ぎ払う。

「別に、大したことではありません。」

「素直じゃねぇな・・・っと、いちいち癇に障るな、この百足野郎はッ!!」

そう怒鳴った遥は、脚の付け根めがけて刃を突き立てた。

すると、応戦していた爪が大きく震え








”ギュオオォォッ・・・!!”




大蛇の濁った悲鳴が、森中に木霊する。

耳を塞ぎたくなるほど不快な音だ。

夜を越す水鳥も、一斉に羽音を立てて飛び退った。









「はっ・・・やだね、品のない声だこと!」

冗談めかしながら、遥は初めて感じた手応えに喜んだ。

そして、一度露見した弱点を繰り返し突いていく。

「あなたは一体何を・・・?」

「百足は節足昆虫だから、外殻と違って環節は柔らかい。

敵の弱い部分を叩くのは、戦術の初歩だろ・・・っと、奴が逃げるぞ!!」

遥はひらりと身を翻して、大蛇の背を目で追いかけた。

そして、ギクリと表情を強張らせる。



「お、おい・・・止せって!!」

あっちは、桜のいる小屋の方向だぞ?!






























遠くで・・・


大蛇の、悲鳴が聞こえた。






「遥も、月環も、まだ妖怪と戦ってるんだわ・・・」

私は扉の前にしゃがんで、膝の上で組んだ腕に顔を埋めた。

今は恐怖よりも、悔しさが私の胸を締めてる。

「遥の馬鹿・・・」

私を案じて、前線から遠ざけたのは分かるわ。

でも・・・護られてばかりなら、私は何のために居るの?

私は、不毛な溜息ばかりを繰り返した。










すると、溜息の間に

『逃げろ』と一言だけ、遥の声が聞こえた。



「・・・な、何が起きたの・・・?」

地震のような振動にも困惑して、私は周囲を見回した。

でも、戸惑うのも束の間のことだった。











―― バキバキッ・・・


突然、小屋の側面が破られた。

そして、霞む程の速さで何かが飛び込んでくる。











え・・・?




瞬きをしたその一瞬は

時間が、酷くゆっくり流れたように感じた。












「あうッ!!・・・な、に?!」

気付くと、胸の下を、木の根のようなものが掴んでいた。

「何なの・・・放し、てっ・・・苦し・・・!!」

ギリギリと締め付けてくる、それが何なのかは分からない。

でも、千切れそうな痛みに思わず声を荒げた。






「桜!!」

霞む視界の端に、見慣れた姿が映る。

そこで初めて、私はこの『木の根』の正体に気付いた。




これは・・・あの大蛇の指、なんだわ。

そう思うと、突如、さっきの恐怖が戻ってくる。






「今助けるから動くな!?」

血相を変える遥を威嚇するように、大蛇の指が暴れだす。

その度に、肋骨の辺りが音を立てて軋む。

「はる、か・・・危ないでしょ・・・私は、平気だから来ないで?!」

「平気な訳あるか・・・くそっ、この百足!!」

私を縛りつけたままの根は、更に揺さぶりを強める。

体が引き千切られそうに痛い。

そして2人を薙ぎ払い、私を掴んだ指を外へと引きずり出した。

「ごほっ・・・痛いったら、もう・・・!!」

必死な抵抗にも、硬い殻はびくともしない。

外の凍える空気が肌に刺さり、私の体力を急激に奪っていく。

駄目だわ・・・目の前に、闇と痛みだけが広がって・・・






そして終に、私は瞼を閉じた。

































散乱した室内で、2人は倒れていた。

触手との乱闘で弾き飛ばされ、動けないまま・・・




「桜・・・くそっ・・・!!」

遥は悔しそうに、渾身の力を込めて床を叩いた。

「追い駆けましょう、奴の巣を突き止めることが出来れば・・・」

「ああ、早々弱ってるはずだからきっと帰る!!」

「うまくすれば、大蛇を巣ごとを潰すことも出来るかもしれない。」

2人は立ち上がり、乱闘で散らばった剣を腰に指し直す。

そうするうちに、遥は不思議そうに呟いた。

「だが、何故、桜を・・・?」

「・・・十中八九、先ほど負った傷を回復するためでしょう。」

その返答に、遥の顔がギクリと引きつった。

「奴は人間の生き胆を好み、骨も残らず食い尽くす。

村の男達も一丸となって戦いましたが、ほぼ、全員が食われ・・・」

「何だと?!」

さつきが拾った父親の骨は、その時の”食べ残し”だって言うのか?!

あの不気味に鋭い牙を連想すると、身震いがする。

「ちくしょうっ・・・みすみす桜を餌にされてたまるか!!」

遥は慌てて吹雪の森へ飛び出した。

壁に開いた大穴も、この時ばかりは役に立ったのだった。






「時間が惜しいな、2手に分かれよう。」

積雪で消えかかった足跡を見て、遥は方向を定める。

そして、俺はこっちだと顎で合図した。

「それなら、僕は向こうへ行きます!

有事の際には、刀を打ち鳴らしてくれれば駆け付けます。」

了解、と遥は小さく頷いた。

そして吹雪に顔をしかめながらも、ポンと月環の肩を叩く。

「お前は不服だろうが・・・あいつ見つけたら、護ってやってくれな?

絶対に、助けてとは言わないと思うけどな。」

遥がそう言うと、月環は一刻前の会話を思い出した。

姫君ではない”ただの桜”のことを。

「僕は、”ただの桜”さんのことは嫌いではないですから。」

月環の口元が緩んだことを、遥は見逃さなかった。

「そりゃいいや、頼むぞ!!」

そう言うなり、遥は森の奥へと進んでいった。

彼の戦場での経験なのか、足音は微塵も聞こえてこない。

そして月環も、後を追うように走り出した。













夜半、吹雪は勢いを強めた。

まるで意思を持って、大蛇の行方を隠すかのように・・・






「・・・姫君、姫君・・・何処です?!」

大蛇の応戦で、自分で感じた以上に疲れていたのか?

足が縺れるし、異様なほどに息が切れる。

「くそっ・・・」

徐々に苛立ちが滲んで来る。

吹雪で前が見えない・・・一体、どっちへ行った?!

この分だと、逆側へ向かった護衛殿も難儀しているだろう。

大蛇も声を潜めているし、最悪だ・・・ん?





あれは、何だ・・・?








眼を凝らすと、転々と何かが落ちている。

一面の白雪の中では珍しい、色鮮やかな何かが・・・

手にとって見ると、それは


「数珠の、玉・・・?」


紫水晶の玉飾りであると、すぐに分かった。

これは・・・姫君が残した、大蛇への道標か?!






玉は、闇の中へと続いている。














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 執筆後記

 執筆作業は、想像以上にスムーズに進んだのですが・・・
 全くと言っても過言でないほど話が進まなかったので、残念です。
 このままズルズル長引けば、読者さんに見捨てられる危険性も><;
 と言うのも、私自身が飽き性で、長い小説は読む気が失せるタイプなのです(汗)
 各章が15話くらいまで到達している話は、かなりの確立で見限ります・・・
 うーわー、すいませんすいません!!!!
 早く進められるよう尽力しますので、長い目でお付き合いください。

 えーと、今回は三人称で話を進めました。
 遥、もしくは月環の視点からの一人称にしようかとも思ったのですが・・・
 男性が主体の小説に、どうも免疫がないようなのです。
 「俺は月環に笑顔を向けて」とか、とにかく異様な感じがして><;
 三人称、そして場面がポンポン飛ぶので、一風変わった話に仕上がりました。
 受け入れていただければいいな、と
切に思います;

 大蛇の描写をするに当たって、百足について調べてみました。
 『百足は毘沙門天の使い』と言われて、一部地域では崇められているようですが・・・
 画面を見ながら「無理、絶対無理だよ」と呟いておりました(^^;)
 私は、幼稚園の頃に一度だけ遭遇したことがあります。
 飼っていた孔雀(?)の檻に出没し、園長先生が熱湯をかけて追い払い・・・
 それ以来、『百足』と聞くと、先生の勇姿ばかりが浮かぶのです(笑)
 なので、大蛇を書く時は先生が・・・(すいません;)

 今回も無駄話で終わってしまいました。
 なんて中身の薄い後書きなんだろう、とちょっと情けないです(汗)
 こんな感じで雪夜は続きますが、またお目に掛かれたら幸いです!