箱庭の眠り姫 (仮題)


「あなたは死にました。」
それが・・・たった一つだけ分かる、真実でした。


耳鳴りがして、意識が浮上してきた。
重い瞼をこじ開けると、辺りが薄っすら白んで映る。
「・・・真っ白い・・・部屋・・・ここ、何処?」
自分の置かれた状況の理解に苦しんでいると、突然何処からか声が響く。
その中性的な青年の声は、確かにこう告げたのだ。
「残念ですが、あなたは死にました」と。
霞のかかる思考をいくら整理しても、そんな事は記憶にない。
里愛は普通の女子高校生で、退屈だけど穏やかな毎日を繰り返してきたのだから。
いつも通り友人に別れを告げ、夕暮れの桜並木を抜けて帰路に着く。
食卓の香りが鼻をくすぐる中、近道の神社の脇を横切る。
「ほら、覚えているんだから。でも・・・それから先はどうだった?」
里愛の記憶は、学校を出た所で途絶えていた。

再び眠りに落ち、気づくと里愛は深い森にいた。
生まれ育った新興住宅地にはあるはずもない程、草木が生い茂っている。
「・・・ここ、何処?」
場所すら特定できず、里愛は瞬きを繰り返した。
そしてその直後、混乱する里愛の背後から刀が突きつけられる。
「お前は何者だ、シルフォニアの者か?!」
聞き慣れないその言葉に、里愛はただ当惑するばかりだった。
必死で否定して振り返ると、そこには旅人の装いをして、頭からすっぽりとフードを被った青年がいる。
顔は見えないが、声からして年齢的には里愛と大差ないようだった。
そのロルトと名乗る青年によれば、里愛がいるこの場所は、フローレスと言う異国らしい。
記憶を無くした里愛は不安になり、ロルトに助けを求める。
しかし
「生憎、俺は所用があって連れて行けない。」
ロルトの返事は、冷たい物だった。
そこへ、一台の4輪箱馬車が車輪を鳴らして通りかかる。
乗り手は、フローレスのクライム伯爵家の嫡子・リースだった。
ロルトの話を真摯な姿勢で受け止めた整った面立ちの青年は、里愛を邸で匿うと誓った。
多少の名残惜しさを残して、里愛はリースの馬車に乗った。

リースに連れられて訪れた邸は、城にも紛う豪邸だった。
そこで一息つくと、螺旋階段から騒がしい声が響く。
それは、リースの父親である伯爵とフローレスの司教・セフィードだった。
「皇女殿下が政略結婚を厭い、失踪してしまったのだ。」
伯爵は、渋い声を絞りそう告げた。
そして、皇女に容姿が似ている里愛に身代わりを務めるよう、
政略結婚のためにやって来る、シルフォニア国の第2皇子を持て成すよう要請した。
『皇女が見つかるまで』という条件で、里愛はその依頼を受けた。
里愛の身を案じたリースが、皇女の騎士に化けての同行を申し出て、里愛は安堵しながら城へと向かった。

到着した里愛を迎えたのは、シア皇女の従兄弟姫・ユーシィだった。
聞けば、皇子の公式訪問まで間が無いため、所作の指導を任されたと言う。
「皇女の品格を大切になさいませ、ね?」
静かな圧力に屈し、里愛はシアと同様に教育を受ける。
そのうち、シルフォニアの第2皇子がフローレスを公式に訪問した。
そして、対面した二人は、互いに顔を見合わせ呆然とする。
目の前にいたのは、森で出逢った人物と同じ顔をしているのだから。
身なりは違えど、2人はお互いの素性を知った。

初対面の時の行動を不審に思い、里愛は問い詰める。
しかし、ロルトは「女のくせに」と彼女を邪険にし、一人で町へ向かった。
あまりの言い草に怒った里愛はリースと共に後を追い、彼の窮地に出くわす。
そこで、現代の知識を備えた里愛はロルトを救い、そこから信頼を受けるようになる。
ロルトは重い口を開き、旅人を装って密かに国内を調査していたのだと打ち明けた。
シア皇女を狙う集団が、フローレス国内に潜伏しているという情報を得たからだ。

両国は、婚姻による同盟を結ぶことになっていた。
国家間の戦争のない平和を願った両国王は、同盟を礎に国を併合しようとも考えていた。
そして既に、婚姻が済み次第、王位と領土を譲ることを公布していたのだ。
しかし、ロルトの兄である第1皇子・フィルクは、それを妬ましく思っていた。
「第1皇子の私を恥辱に晒し、王位を奪った弟が憎い。」
そこでフィルクは、王統を自分が継ぐため、弟の王位継承権を剥奪させようと企む。

婚姻が済めば、王位は自動的に弟のものになってしまう。
何よりそれを恐れたフィルクとその仲間の過激派集団は、シア皇女を殺そうとする。
その罪を弟に擦り付けようとも、混乱に乗じて弟を亡き者にしようとも、幾重にも策を巡らせていた。
そして、フローレス国内で地位を確立した司教・セフィードとコンタクトを取った。
しかしいよいよと言う所で、企みの一部始終を知ったシアは、セフィードの手を逃れ行方を晦ましたのだった。
そのことを知らなかったロルトは、偽皇女の里愛の元を訪れた。
婚姻の調印を無事に済ませるまでは、シア皇女を護ろうと誓って・・・

里愛はロルトに協力し、策謀を阻止しようと共に動き始めた。
セフィードや暗殺者に何度も襲われるが、難を逃れる。
そして、城下に出掛けたり、城で過ごすうちに、ロルトは里愛への愛情を感じ始める。
ある時、過激派はロルトを人知れず地下牢に幽閉した。
”皇女を殺せないなら張本人でもいいのだから”と考えた結果だった。
里愛は一人で探しに行くが、セフィードに連れ戻され部屋に火をかけられる。
逃げ遅れ、炎に巻かれた里愛を間一髪でロルトが救い、そこで自分の気持ちに気付く。

次の日、里愛は湖を訪れる。
すると吟遊詩人が現れ、首謀者であるフィルクが国内に潜んでいると告げた。
フローレスの王立研究所を占拠し、拠点にしていると。
「さぁ、皇女殿下、あなたならどうしますか?」
その吟遊詩人は、実は最後の審判を下すために身をやつしたシリウスだった。
里愛は急いで城を飛び出したが、隙を突いてフィルクに誘拐される。
フィルクは、浚った皇女が偽者であることを知っていたが、
ロルトが里愛に思いを寄せていることに気付き、餌にするには十分だと考えたのだった。

脅迫を受けてやって来たロルトに、フィルクは王位継承権の辞退を要求した。
ロルトはそれを受け入れ、証書に署名をした。
しかし、フィルクは里愛を開放せず、ロルトを捕らえて嘲笑った。
それどころか、度重なる恨みから愛する者を奪おうと里愛に斬りかかった。
そして、それを庇ったロルトは瀕死の重傷を負う。
里愛は傷付いたロルトを抱いて、フローレスに残り、2人で生きようと決意する。
しかし、ロルトは里愛の口をふさぎ、徐に話し始める。

フローレスやシルフォニアは、死者の魂を試すためにシリウスという人物に用意された架空の世界。
そして、そこに存在する物や人間も作り物でしかない、と。
言葉を裏付けるように、ロルトの体は粉のように毀れ出していた。

その言葉を聞いた瞬間、里愛の記憶が蘇った。
最後の記憶にある、あの夕暮れの中・・・里愛は確かに事故死していたのだ。
そして、冥府の入り口で、裁判官を名乗る男性に出逢ったことも。

運命に逆らって死んだ魂は、死後、シリウスの裁判を受けるのが慣例だった。
里愛もそれに従い、生存の判決を下されていた。
しかし、蘇りには条件があった。
幻の世界で与えられる試練の結果次第、と言うものだった。
里愛が本当に生き返らせるべき人間なのか、しばらく調査が必要だと言うのだった。
「私、やります・・・!!」
里愛は、一縷の望みをかけてその言葉に承諾した。
そして、記憶の一部を故意に封じられ、夢の世界・フローレスへ・・・

里愛は、蘇りをかけたシリウスとの約束とロルトの間で揺れた。
愛する人の下で生きていけのるなら、そう考えた時だった。
半身が消えかけたロルトは、生き返るために夢から醒めるように促した。
そして再会を約束し、里愛は再び深い眠りに落ちた。

目覚めた里愛は、病室に横たわっていた。
その瞳に映ったものは、フローレスにはなかったものばかりだ。
規則的な音を繰り出す精密機器の山、木の根のようなコードの束が溢れている。
現代に帰ってきたんだ、と里愛は理解した。
やって来た看護婦は、突然目を覚ました重態の患者に目を見張り告げた。
交通事故で瀕死の傷を負い、植物人間状態で眠り続けていたのだと。
婚姻の調印の日まで無事に生き、シア皇女の身代わりを果たしたため、シリウスに生き返りを許されたのだ。
「私、帰ってきたんだ・・・でも、一人でなんて、寂しすぎるよ・・・」
里愛は、嬉しいようで悲しい不思議な想いを噛み締める。
そこへ、病室の扉を叩く音が2度響いた。
姿を現したのは・・・

「里愛、お帰り。」

逢いたくて堪らないシルエットだった。

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『箱庭の眠り姫(仮題)』

◇プロローグ
場所:冥府の裁判所
BGM:特に指定しません
<里愛が1人で倒れている、画面は暗い>

【里愛】耳鳴りが、する……
その不快な音に促されて、意識がはっきりしてきた。
う、ん……どうして、頭がこんなに重いんだろう。
体中も軋むみたいに痛いし……一体、どうなってるの?
そう考えながら瞼をこじ開けると、辺りが薄っすら白んでくる。

■■CG01 冥府(背景CGもしくは白)

【里愛】「……え……」
視界に飛び込んで来た一面の白に、私は瞬きだけを繰り返した。
【里愛】「こ……ここ、何処……?」
何度辺りを見回しても、人の影どころか建物すらない。
私、どうしてこんな所にいるの?
あ……そっか。私、まだ夢を見てるんだよね。
それなら早く起きたいなぁ……ここは、なんだか気味悪いもの。
【???】「あぁ、目が覚めましたか?」
【里愛】「ひええっ!!」
背後から突然声が聞こえて、全身が総毛立った。
【???】「怪しい者ではありませんから、そう驚かないでください」
冷たい印象を持っているのに、中性的で耳に心地いい声……
心臓が飛び出しそうになってるけど、とりあえず、私は声の主へと顔を向けた。
■■GS01 シリウス(背景CGに重ねて)
【???】「あなたが志筑里愛さんですね?」
あれ、まだ寝ぼけてるのかな……顔がぼやけてよく見えない。
【里愛】「そうですけど……あの、あなたは誰ですか?」
【???】「あなたを迎えに来た者ですよ」
【里愛】「はぁ……?」
適当な相槌を打って、私は差し出された手を握った。
変だなぁ……夢のはずなのに、この人だけは妙にリアルに感じる。
握った右手にも、確かに温もりが残ってるし。
【里愛】「あの、私はどうしてこんな所にいるんですか?」
【???】「覚えていないのですか?」
【里愛】「これっぽっちも記憶にないです」
【???】「……残念ですが、あなたは死にました」
え……?
突拍子のない言葉に、私は目を丸くしてポカンと黙った。
【里愛】「死んだって、何それ……そんなの、信じられる訳ないじゃない!」
両手が、私の意思を無視して震えだした。
私はそれを抑えるために指先を握って、男に鋭い視線を送る。
【里愛】「あなた、誰!? 急に出てきて、どうしてそんなこと言うのっ……」
【???】「もう手遅れなんですよ、あまり駄々をこねないで」
全身から、一気に血の気が引いていくのが分かった。
【里愛】「そんなっ……嫌、何とかして!!」
男の落ち着き払った口調が、胸にチクリと刺さる。
まさか、私、本当に死んじゃったの……?
【里愛】「でも、死んだなんて記憶にないもの!!
それに引き換え、他のことはちゃんと思い出せるわ」
昨日も、いつもと同じように学校の校門を潜ったのよ。
親友の佳世と、ファッションの話に花を咲かせながら……あれは、確か夕方の5時頃。
十字路で別れた後は一人で、近道しようと神社の脇を横切った。
大きな鳥居があって、黒い猫が一匹。
鼻をくすぐる食卓の香りに、お腹すいたなぁなんて考えて……
【里愛】「ほらね、ちゃんと思い出せるんだから!」
【???】「では、その後は? その後はどうなりましたか?」
【里愛】「その後……?」
……や、やだ……私、何も覚えてない。
家に着いて制服を脱いだ記憶なんて、ない……
【里愛】「でも、きっと度忘れしただけよ! そんな嘘、聞かないから!!」
目頭が熱くなって、大きく開いた目にじわりと涙が滲む。
なんだか悔しくなって、私は唇を噛み締めた。
【???】「まったく仕方のない子ですね……さぁ、泣き止んで」
男はやれやれと言う様子で、私の涙を袖の端で拭う。
【里愛】「慰めるくらいなら、あんな酷い嘘つかないでよぉっ……」
【???】「……どうしても諦めませんか?」
私が躊躇うことなく首を振ると、男は大きな溜息を吐いた。
【里愛】「助けてくれる!?」
【???】「参りました。いいでしょう、それならあたなは……」
それなら、と青年がポツリと何かを囁いた。
すると、視界がグニャリと歪み、私は再び深い眠りに堕ちていった。
あぁ、私……行かなくちゃ、いけないんだ。
<再び眠りに落ちて、暗転>

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