第十四話 「偽りの標」







「おい、月環、こっちにも仏さんが・・・」

指差す先には、不自然に散らかった着物があった。

遥は厳粛な表情を浮かべ、褪せた赤に染まったそれらに一礼する。


「喰われたのは成人男性5人、て所か」

「きちんと供養しますから、遺物は小屋まで運んでください」

「了解だ・・・と、おい、桜!」

衣類に手を伸ばしながら、遥は私に振り返った。

「お前は危なっかしいから、あまり俺から離れるな?」

「もうっ・・・分かっているったら! いつまでも子供扱いは止してよ」

眉を極限まで吊り上げつつ、私はフイと背を向けた。



あの朝、私はあの場で意識を失くしたらしい。

そして、倒れている所を、異変に気付いた遥に保護されたのだった。

それ以来、こうしてチクチク嫌味を・・・

悔しいけど、助けてもらった以上は文句も言えないわ。




「月環、私、もう少し先を見てくるわね」

「気を付けて。何処に何が潜んでいるか分かりませんから」

月環は、遥かと同じように保護者の様子で私を見やる。

その視線に、眉間の端が引きつった。

「あなたも心配性なのねぇ・・・あまり離れないから、平気よ」

私は苦笑を返し、木々の間を潜っていく。







事態は、あの発見から急変した。

追い返すだけなんて悠長なことは、もう言っていられない。



大蛇が・・・

私達がいる場所を避けて、進行を始めたから。

人肉を喰らい、力を温存しながら、都方面へ向けて・・・

光一郎の報告では、被害は前より更に広域に渡っているらしい。



だから、私達は慌てて作戦を切り替えた。

夜通しで、北州の山中を隈なく見回るようにしたのだ。

でも・・・大蛇の足取りは、まだ掴めていない。

おかげで成果は薄く、今日もまた遺体が見つかった。

私達5人の間にも、妙な緊張が残っている。



これから、一体どうなるのかしら・・・?



























(夜の森に、女の子一人は物騒よ?)



暗い頭上から、突然声が響いた。

木々が風に揺れ、不気味な光景が広がっている。








―― だ、誰・・・?!


私は絶句して、後ろに倒れて尻餅をつく。

その拍子に、雪解け水の雫が背中にドッと落ちる。


「ひ、ええぇっ・・・!!」

私は大きく叫んで、頭を抱え込んだ。

幽霊の類は大の苦手なのに、勘弁してっ・・・

いきなりの恐怖体験で、神経がどうにかなってしまいそう。






(大きな声を出してどうしたの、大丈夫?)




「・・・え、あ・・・あなたは」

落ち着いて聞くと、紛れもなくささら様の声だった。

前と少しも変わらず、愛らしくて穏やかな。

(こんばんは、久しいわね)

「こ、怖かった・・・と、突然、声をかけてくるからっ・・・」

場所が場所、時期が時期だけに、なお更。

情けないことに、今もまだ指先の震えが止まらない。

(私が悪かったのね、ごめんなさい)

ささら様の手が、内側から私の頭を撫でた。

それは不思議な感覚ではあったけど、とても落ち着く。

そうして何度か深呼吸すると、途端に色々な事が見えてきた。

「そう、私、話さなきゃならないことが・・・」

私は気を取り直して、息を呑んだ。



「あの・・・ごめんなさい、私、まだ」

宝玉のすぐ側にいるのに、集めることが出来ずにいる。

私は、頭の中で何度も謝罪を繰り返した。

(いいのよ。大変な作業を頼んでしまった、私が悪いの)

とんでもないです、と応じて私は俯いた。

他人を責めない優しさに、胸がツンと痛くなる。

(ねぇ、あなたの手を阻んでいるのは・・・大蛇、でしょう?)

「ご存知なんですか?!」

ささら様は、ええ、と短く頷いて続ける。

(宝玉から生じた妖怪・・・彼の者は、強力な妖力を持っているわ。

すぐに封じなければ、継承者の青年は死んでしまうでしょうね)

迷いのない声が、陽くんが話した事と同じ事実を語る。

やっぱり、すぐに大蛇を封じなくちゃならない。

でも・・・殺さずに、どうやって?







(ねぇ、私を大蛇の元へ連れて行って?)





「ささら様を、どうして・・・?」

私が不思議がると、すかさず微笑交じりに答えた。

(ふふ、あなたは忘れてしまったのね。

私は巫女だもの、大蛇の魂鎮めなら私の役目でしょう?)

「大蛇を封じてくれるの!?」

その問いに、ささら様が鷹揚に頷いたのが分かった。

それなら月環は助かるかもしれない!

殺さずに、大蛇の心を鎮めて封じてくれるなら・・・


(でも、そのためには剣が要るわ)

それの言葉を聞いて、私は一気に落胆した。

一瞬だけ胸に灯った光が、見る見る翳っていく。

だって・・・

事情を話しても、月環はおそらく『是』とは言わないもの。

「剣は、借りられないかもしれません。

竜神様の命令で、月環と陽くんが護っているんです・・・」

(そう・・・焔の命令で、ね)








どこまでも私の邪魔をするのね。




あなたが、静かに眠っていてくれたなら・・・

こんなに憎まずに済んだのに。










「あの、私、何かいけないことでも・・・?」

私と融合して一体になっている以上、表情は見えない。

でも・・・今、とても深い憎悪が感じられた。

繋がっているからこそ、よく分かるの。


(あ、いえ・・・大丈夫、私が力を貸してあげる。

だって、あなたに宝玉を手にしてもらわないと困るもの)

「・・・あ、ありがとうございます!

じゃぁ、急いで月環達のところへ戻りましょう」

ささら様が手伝ってくれるなんて、願ってもないことだわ。

だって、ささら様は古の巫女なんだもの。



うまく大蛇を鎮めてくれるわ。

そして月環を助けてくれるよね、きっと・・・



























「道は、こっちであってますか?」



引き返すと、元いた場所は蛻の殻だった。

つい数刻前とまるで違い、不気味なほど静まり返っていた。

だから、こうして捜し歩いている訳だけど・・・



「3人とも、無事でいるかしら・・・」

何とも説明し難いものが、私の全身を包み込んでいる。

あの朝感じた、胸騒ぎに似ている・・・

(大丈夫よ、茂みの向こうに人の気配があるわ)

そう言われて茂みを掻き分けると、ようやく開けた場所に出た。

そしてやっと、念願の見慣れた姿に再会できた。

別れた時のまま、4人とも揃っている。


「良かった、ずっと探していたのよ!」

私が駆け寄ろうとすると、光一郎は声を荒げて止めた。

眉間には深いしわが刻まれて、呼吸が荒い。

「姫様、今こちらに来てはなりませんッ!!」

「来てはいけないって・・・」

その言葉に大きく首を傾げ、そして事態を把握した。

少し先に、白い巨体が蠢いていたから。



「ま、また大蛇なの?!」

そう怒鳴った後、私は言葉を失くした。

遥と光一郎が必死で応戦している、大蛇の腹部が・・・

人間が何十人か入るくらい、大きく膨れ上がっていたから。





・・・あれが、全て人間だって言うの?!





「桜姫、とにかく僕の後ろへ」

動揺して立ち尽くしていると、背後から腕を引かれた。

一瞬、恐怖で節々が軋んだけど、後ろには見慣れた顔があった。

「つ、月環・・・ええ、どうもありがとう」

初めて遺体を見た時みたいに、また気分が悪い。

喉の奥から、異物感が込み上げてくる。

でも、今度はそれよりも勝るものが目に飛び込んできた。


「ちょっ・・・あなた、怪我したのね?!」

月環の袈裟がけには、包帯が何重にも巻かれていた。

滲んでいる血からして、傷は相当深そうだ。

「息を潜めて隠れていたらしく、不意打ちをくらいまして。

ですが、見た目よりは酷くはありませんから」

「それならいいんだけど・・・え?」

そこで突然、陽くんが私達の間に割って入った。

私と月環を引き離し、冷たい形相で睨みつけてくる。




「あ・・・あの、陽くん?」

まるで、初対面の時の敵意が戻ったみたい。

私、また何かしたのかしら・・・?















―― バシッ!!




一瞬、目の前に火花が散った。

頬に鋭い痛みが走り、視界が霞んでいく。













と・・・突然、何が起こったの・・・?

それを理解するまで、長くは掛からなかった。






私は、陽くんに殴られたんだわ。













「陽・・・お前、いきなり何を?!」

赤く腫上る私の頬とは逆に、月環の顔は青褪めた。

「・・・よ、うくん・・・どうしたの?」

陽くんの雰囲気が、いつもと全く違う。

生意気とか言う話じゃなくて、これはもう殺意に近い。

心の底から憎んでいる目をしているもの・・・


「貴様、ふざけるなッ・・・!!」

何を、こんなに怒っているのか飲み込めない。

「わ、分からないわ・・・どうして、そんな怖い顔してるの」

震えを抑えて、私は力無く手を伸ばす。

すると、彼は舌打ちをして、後ろに大きく跳び退った。












「悪霊め、一体何をしに来た?!

今更・・・よくも、図々しく俺の前に顔を出せたな!!」












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執筆後記

こんにちわ、昨日に引き続き14話を公開しました。
1日1話のペースが理想だよなぁ・・・と、シミジミしております(´∀`*)
とりあえず、3章を8月半ばまでに終わらせたいので、急ピッチで頑張ります!

さて、今回は色々詰め込みすぎた感じがします(汗)
北州の近況、ささらの再来、大蛇の急襲、陽とささらの諍いなどなど。
みるみるうちに話が進んでいって、書いている私自身、意味が分からな・・・(コラ)
うああぁ、読者さんの柔軟な理解力に期待します;

『大蛇のお腹ぽっこリ』の辺りから最後までは、割とお気に入りv
こう言うと「調子に乗るな、コラー」と叱られるかもしれませんが、たまにはっ(^^;)
陽が桜に張り手を食らわす所が、個人的にハイライト。
陽はささらが大嫌いなので、気配を感じてバシーンとやっちゃったわけです。
想像してみたら、勢いがあっていいなーと思いました(桜、ごめんね;)

私の脳内イメージでは、この後、更に
『桜の唇が切れて血が出ていて、それを遥がサッと拭ってあげる』
と言う、ものすごくベタな展開が広がっていたのですが・・・

遥は大蛇の対応に精一杯で、そんなことやってる暇がないΣ(゚□゚;)

うあー、月環はそんなキザなことしないだろうし・・・カムバック遥><;
と言うわけで、この案はただの妄想で終わってしまいました(涙)

*

さて、この話のオマケとして、千代の短編を用意しました。
と言っても、頭に浮かんだのを文字にしただけで、くださらない物です(滝汗)
でも、懐かしの千代とささらの雰囲気を楽しんで頂けたら幸いです。
1つだけ注意 : この14話を読んでからお読みください!

これは余談ですが、やっぱり私は千代が好きですv
私は人付き合いが下手なので、姉御肌の人って居心地がいいんですよね。
千代をもっと登場させたいなー、とこっそり企んでいます(^-^*)