第七話 「剣の守人」








「その光は・・・?」



狭い室内に、青白い光が溢れる。

それを見つめる私達は、魅入られたように黙った。



「まさか・・・こんなことは初めてです。

この剣は今まで、妖怪と対峙する時だけ光を放ったのです。」

月環が私に向けて剣を掲げると、光は勢いを増した。

珊瑚のように白いその剣は、まるで生きているように見えた。

「わっ・・・私は、妖怪じゃないわよ?!」

むきになって力拳を作ると、遥が呆れたように肩を叩く。

「そんなこと誰も疑ってないだろ・・・続けてくれ、その剣は何なんだ?」

「これは、僕が神に代わって守護している剣です。」

「神の代わりに、だど・・・?」

「この剣が普通じゃないのは、見れば分かるけど・・・」

いきなり『神様がくれたんだ』って言われても、信じ難いわよね。

遥に至っては、全く信用していない顔をしているし。

「夢の中で・・・巨大な金色の竜が、僕に託したのです。

信じようが信じまいが勝手ですが、あの竜は陽の主の竜神だそうです。」

「竜神、様・・・ですって?!」

私の脳裏に、ある言葉がさっと過る。







”宝玉は、竜神の力の要”

”国を守護するため、3つに砕いて各地に分散させた”



ささら様は、確かにそう仰ったわ。







目の前にあるこの剣が・・・

竜神様の託したものなら、もしかして・・・!!








「それは・・・宝玉、ですか?」

「・・・ッ?!」

私の言葉に、月環は端正な顔を歪ませた。



間違いない・・・

これは、3つに砕いた宝玉のうちの、1つ・・・

ささら様が言った”青銀の剣”なんだわ。



「ねぇ、お願いします、少しの間その剣を私に預けてください!!」

私は勢いよく手を合わせ、言葉を続ける。

「私には・・・いいえ、今の高天原には青銀の剣が必要なの!」

「これはまた、随分と急なお話ですね。」

「突然すぎるのはよく分かっているわ、でも時間が・・・」

月環は不機嫌そうに唇を引き結び、瞼を伏せた。







姫君の心意気は、十分に伝わる。

国のために、心からこの宝玉を欲しているのだろう。




だが・・・






(月環、奴にこの剣を渡しちゃ駄目だよ?

もし取られたら、失われた力が4割近く戻ってしまうから。)






確かに、陽はそう念を押した。

その『奴』が誰なのか、僕には見当も付かないが・・・






そう易々と手離す訳にはいかない。

姫君の理由はどうであれ、僕は選ばれた者なのだから。

それに・・・都の人間と馴れ合うなんて、御免だ。









「嫌だと言ったら・・・僕を殺しますか、高天原の姫君?」

月環は、長い睫毛を軽く伏せてそう呟いた。

「え・・・?」

「そこの護衛殿に命じれば、一瞬で済みますよ。」

その瞳には鋭い気迫が篭っていて、私はごくりと息を飲んだ。

でも、凄まれたって答えは決まっている。

「・・・私は、誰かを殺して奪おうなんて思わない。

人には言葉があるんだもの、力任せに奪うなんて野蛮なやり方だわ。」

「だとよ。このお姫様はな、昔から争い事が大嫌いなんだ。」

真っ直ぐに視線を寄せると、月環は目を逸らした。

すると次の瞬間、背後から思い切り片袖を引き寄せられた。


「ねぇ、あんたさぁ・・・?」


私かしらと自分に人差し指を向けて、首を傾げた。

すると、陽と言う竜の少年は頷き、軽い口調で言い放つ。

「あのさ、あの剣を手離す気はないし、さっさと諦めて帰ってくれる?」

私と遥はポカンとして瞬きを繰り返す。

「都の奴がいると月環だってピリピリするし、迷惑なんだよね。」

「・・・あなたは、どうして止めようとするの?

巫女様はね、『竜神様の消滅を防ぐため』と言ったのよ。

私達が宝玉を集めるのは、あなたの主人を助けるためでもあるのに・・・」

私が尋ねると、少年は舌打ちして勢いよく背を向けた。

「・・・気を付けることだね、都のお姫様。

目に映るものだけを信じてたら、そのうち痛い目を見るよ。

あんたの言う”姫巫女様”は、この世界を呪っているんだからさ・・・」

「呪って、る・・・?」

あの穏やかなささら様からは、想像も付かない。

首を深く傾けると、陽くんは苛立った様子で眉を吊り上げた。

「呆れたなぁ、本当に何も知らないんだね。

まぁ、いいや・・・説明するのも面倒だし、とにかく宝玉は諦めて?」

「・・・絶対に嫌、理由もなく引き下がれない!」









「殺すよ?」








え・・・な・・・何、言ってるの?




少年の尖った眼に射竦められて、全身が総毛立った。

「余計なことすると、俺があんたを殺すからね。分かった?」

情けないくらいに、指先が震えている。

それを抑えるために、私は両手をきつく握り締めた。

「ま、待って・・・私、あなたの言葉の意味が分からない!!

ご神体の巫女様を否定されて、竜神様や国のためになることも出来なくて・・・

だったら、これ以上どうしたらいいの?!」

小屋を出ようとする少年の背に、私は甲高い声をぶつけた。

それでも、少年は返事の代わりに鼻で笑って言った。

「お姫様ってさぁ、甘やかされてお気楽でいいね。

言っとくけど・・・ここにいても、あんたに出来ることなんて1つもないよ?」

「・・・そ、そんな言い方ってないわ!!」

小屋の戸が閉まった後も、吹雪に混じって高笑いが聞こえた。

私はとにかく悔しくて、地団駄を踏んだ。

「・・・何なの、もうっ・・・ちゃんと答えてよぉっ・・・」






悔しくて・・・情けなくて、仕方ががないの。

馬鹿にされたことより、何も反論できなかったことが。





でも、言い返せやしないわ・・・

だって私は・・・外の世界を、何も知らないんだもの。

彼の言う通り、都で甘やかされて育ったから。





だから、強くなりたくてこの旅を決意したのに・・・

まだ、少しも変わっていないんだわ。

















「いい月夜ね、また見張りなの?」

笛の音に誘われて小屋を出た私は、岩の上に1つの影を見つけた。

それは思った通り、彼の寂しげな背中だった。




「そう言うあなたこそ、今度は何の用です?」

「そんなに露骨に嫌な顔をされると、すごく話しにくいわ・・・」

優しい音を奏でるあなたが・・・私は、嫌いじゃないのに。

「別に、あなた自身には怨恨などない。

都の姫君と言う肩書きだけで、僕が厭うには十分な理由ですから。」

それを聞いて、私は笑って隣に腰を下ろした。

冷たい口振りでも態度でも、嫌われていないならいい。

「それなら良かった、私も”姫君”って肩書きなんて大嫌いなの。」

「・・・姫君は、自分の立場を嫌う理由などないでしょう?

上等な着物を着て、豪勢な食事をして、大勢の召使いに傅かれて・・・」

「すごく偏った発想ね・・・でも、実際はその逆なのよ。

確かに、服も、飾りも、食べ物も、地位、友達も何でも持っているわ。

でもね・・・私のものなんて、1つもありはしないの。

そう言うものは、全て”桜姫”のものだわ。」






そう、全て”桜姫”のもの・・・





お母様の愛だって、きっとそうだわ。

私が跡継ぎでなければ、注がれたりしないのよ。






「”ただの桜”は、いつだって何も持っていない。

華かなのは上辺だけ・・・本当はずっと寂しかったし、王族なんて孤独だわ。

こんな生活で満たされる人なんて、いるのかしら?」

それでも・・・

卑屈にならずに済んだのは、遥が側にいてくれたからだ。

遥だけは、”ただの桜”を好きだと言ってくれたから。

「そんな憂鬱を抱えているなんて、夢にも思いませんでしたよ。」

でしょうね、と私は苦笑して頭を掻いた。

「でも、私は自分を卑下したりしないって決めているの!

いつか、私だけのものが・・・私だけに出来ることが見つかるはずだから。

あ、これは、昔の遥の受け売りなんだけどねっ・・・」

子供の頃の遥を思い出すと、途端に楽しくなって、笑顔を零した。

「懐かしいわ、遥は色々なことを教えてくれたの。

邸の抜け出し方、勉強のさぼり方、お酒の飲み方、葉巻の吸い方・・・

今思うと、私がお淑やかに育たなかったのは遥のせいよね!」

面食らった月環を置き去りに、私はひたすら話を続けた。







そうだよね・・・



落ち込んでちゃ、いけないよね。

今の私には、まだ何も出来ないかもしれないけど・・・

明日は、変わるかもしれないでしょう?



ささら様が何かを隠していても、それでいい。

私が信じたことなら、そのまま突き進めばいいじゃない。

ねぇ、そうだよね、遥・・・?







「・・・何とも、風変わりな姫君ですね。」

「ふふっ、あなたが想像していた姫君とは違うでしょう?」

月環は問い掛けに対して、静かに頷いた。

「だったら・・・時々でいいから、こんな風にお喋りしましょう、ね?

私、あなたの吹く笛の音がとても好きなの。」

「・・・考えておきますよ。」

溜息交じりのその一言は、随分と柔らかい響きだった。

その発見だけで、私は嬉しさを噛み締めた。

「さて、姫君・・・どうやらお客が来たようなので、小屋にお戻りください。」

重い腰を持ち上げた月環は、手を振って帰るよう促した。

「あら・・・こんな遅くに、誰が?」

「これから来るのは、私の大事な敵です。」

腰に下げだ剣の拵えからは、ついさっき見た光が漏れていた。

「・・・敵って、まさか・・・」






まさか・・・北州に巣食う妖怪なの?!






「月環、この気配は何だ・・・?!」

状況を察知して飛び出してきた遥は、剣の異変に気付いた。

「妖怪、か?」

「・・・ええ、じきにここは戦場になります!

護衛殿、今すぐ姫君を安全な場所へお連れください!!」

「待って、一人で戦うつもりなの?!絶対に駄目、死んでしまうわ・・・!!」

「心配には及びません、元より覚悟の上です。」

月環は、必死に訴える私の目を一度も見ようとしなかった。

死んでもいいと、本当に思っているの・・・?

「おい、桜・・・俺が月環を援護するから、お前は小屋に入ってろ!」

戦いに備えるように刀のつばを親指で押して、遥は言った。

「今、あなたに死なれては困るんですよ。

これ以上、都の連中に追われる理由は要りませんからね。」

表情が・・・幾分か、穏やかだった気がする。







嫌な予感が、胸の奥を撫でる。

すると、薄暗い森の木々が一斉に激しく揺れ始めた。

その瞬間、その場にピンと緊張が走る。








そして身構えて、音の先を見据えると・・・






「・・・な、何なの・・・あれ・・・」

















白い巨体が佇んでいた。
















「来たな、今夜こそお前を倒す!!」

もう慣れているのか、月環は冷静に剣を鞘から抜き払った。

でも私は、初めて目の当たりにする姿に動けずにいた。

「夢でも見てるんじゃ、ないわよね・・・?」

体の震えと同時に、噛合わない歯がカチカチと音を立てている。






木立を薙ぎ払い猛追してくる、白い妖怪。

外見はまるで蛇だけど、比べ物にならないくらい巨大だ・・・




人間なんか、軽く飲み込めそうな口。

そこから不気味に覗く、鋭い牙の羅列。

そして、体を覆うように、びっしりと足が生えている・・・





―― 怖い、怖い・・・!!

心の底から、凄まじい恐怖が込上げてくる。







「何なんだ、こいつは・・・!!」

水穂で妖怪を見慣れた遥でさえ、困惑を隠せない。

私も地面が揺れるような感覚に襲われて、ぺたりとしゃがみ込んだ。

「大蛇ですよ。一見蛇ですが・・・百足の足と、猛毒の尾を持っています。」

目も前に表れた大蛇は、更に大きくなった。

零れた唾液が、さっきまで私が腰掛けていた岩を溶かしていく。

「硫酸か・・・唾液も要注意って訳だな。」

「・・・嘘でしょう・・・高天原に、あんな妖怪がいるなんて!!」








そう叫ぶと、突然、遥が私を抱き上げた。

そしてそのまま、小屋を目掛けて私の体を放り投げる。








「ちょっと、遥・・・きゃぁっ・・・!!」







―― ドサッ

小屋に投げ込まれ、私は舌を噛んで絨毯の上に倒れた。

目の前の恐怖と体の痛みに、ジワリと涙が滲んでくる。







「い・・・いきなり何するのよ、痛いじゃないの!!」

「緊急事態だ、怒んなよ。」

そう言って踵を返すと、遥は外側から扉に錠を掛けた。

ガチャリ、と鈍い音が響いた。

「・・・嫌、私だって戦える・・・ここを開けて、遥?!」

「心配すんな。お前はそこで、布団でも被って隠れてろ!!」

遥の足音が、少しずつ遠ざかっていく。


少しずつ、少しずつ・・・












”私にも出来ることが、きっとある”



ずっとそう信じてきた。

でも、いつだって・・・私は、護られてばかりだ。

遥や月環に何かあったら、どうしたらいいの?






ねぇ、いつになれば

私にも出来ることが、見つかるの・・・?











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 執筆後記


 面白くない話・・・と言うか、酷い(汗)

 うーわー・・・最近一番の駄文ですね、これは><;
 話の流れは、最初から出来ていました。
 講義の途中にせっせと書いていたので、それはもうばっちり(笑)
 でも、この話は途中のモノローグがなかなか進まなかった;
 何度書き直しても、ちっとも改善されず・・・
 主役なんだから、可愛く・びしっときめてあげたいのにごめんね、桜・・・!!
 モノローグの書きやすさでは、断然ささらが勝っていますね(涙)
 書き直そう、絶対に書き直そう;;

 そして、この話・・・グロくて気持ち悪い(滝汗)
 ムカデの足だの、猛毒の尾だの、そんなもん書くんじゃなかった!!!

 
虫嫌いなのに、道を踏み外した><;

 ぐえー・・・自分で書いたくせに、吐き気を催すって最悪です;
 亡国と西域は、虫系じゃないので安心ですが・・・
 この北州サイド、書き上げる自信が薄れてきました(こら)

 本当は、もっと長い話でした。
 遥との思い出話と、桜の身の上話がもっと色々とあって・・・
 でも、長くなりすぎてうっとおしかったので、ほぼ全部削りました(^^;)
 名残として「邸の抜け出し方、勉強の〜」を残しましたが・・・
 勿体無いので、遥の番外編に移植しようと思いますv

 悲惨な話なので、もうコメントないです(汗)
 次の8話はもう少しマシに仕上げて、裏話など書きたいと思います。
 それでは、待たせた挙句こんな話でごめんなさーい!!!