第十九話 「残光と影」






「どう、してっ・・・どうしてよぉ・・・」

嗚咽のせいで、桜は大きく咳き込んだ。

泣き腫らした目尻からは、止め処なく涙が溢れる。

抱きしめた月環の服にしわが刻まれ、いっぺんに湿っていく。








月環とは、出会ってまだ二月足らず。

ひどく真面目で堅物な奴で、ろくに話した記憶もない。

だが・・・一緒に居るうちに、”仲間”になったんだ。

大切な、仲間に。





そんな男が、目の前で死んだ。





一体誰が、落ち着いていられる?

どんな強靭な精神を持っても、無理な話だ。












「・・・酷、い・・・こんなの、あんまりだわ。

どうして、月環がこんな死に方をしなきゃいけないの?!」

錯乱して地面を叩く桜を、俺は後ろから支えた。

そして、耳元でそっと、繰り返し言い聞かせる。

「桜・・・落ち着け、落ち着けよ・・・」




これは、自分への言葉でもあった。


























「そこをどいて、私を通しておくれ」












―― 何?!




悲しみが生んだ幻聴だろうか?

その場に佇んだ誰でもない声が、突如響いた。

















「誰だッ?!」

振り向くと、長身の男が立っていた。

年の頃は、俺や光一郎とたいして変わらないように見える。

スラリと伸びた体を、漆黒の被きと衣服で包み・・・





ただ、信じがたいことに、胴から下が無い。














「名乗れ、さもなくば切る・・・!!」

俺は刀を構えて、桜の前に立ちはだかった。

光一郎と陽も同じようにしたが、顔はすっかり青褪めている。

もちろん俺だって、動揺を隠せない。









どうなってるんだ・・・

下半身がないなんて、有り得ない。



俺達全員、狐にでも化かされているのか?










「私は、歌詠と呼ばれている者」

男は静々と答え、こちらへ歩み寄ってくる。

そのうちに、下半身が黒い影の中からスルリと抜け出た。

俺は奇妙な光景に、ウッ、と低く唸った。


「警戒せずとも、君達に危害を加えるつもりはない。

ほんの一時で良いから、その物騒な刃を収めてくれないか?」

男の瞳には、逆らうことを許さない威厳がある。

気圧されたと言うと悔しいが、何一つ反論は出来なかった。

俺達は、不安を感じつつも刃を鞘に納めた。








「物分りが良くて助かるよ、ありがとう」


歌詠と名乗った男は、おもむろに雪上に跪いた。

そして、ゆっくりと手を伸ばす。




月環が残した淡い光を纏う、桜へと。













何をするつもりだッ・・・?!













「貴様、待て・・・えッ?!」

桜が、ビクリと肩を震わせたその瞬間だった。



差出された手に、光の粒子が集まっていく。

まるで小さな竜巻に巻き込まれるように、サラサラと掌上へ・・・

やがて、歌詠の片手に収まるだけの粉が積もった。










「この魂は、私が預かるよ」


魂だの預かるだの、人知を超えているぞ。

俺達は口をポカンと開け放して、ただ黙っていた。

それを他所に、歌詠はサラッと言い捨てて踵を返す。








「ま、待って・・・!!」

真っ先に覚醒し、食らい付いたのは桜だった。


「あなたは何者なの、月環をどうするの?!」

降りかかる疑念の眼差しに、歌詠は顔色一つ変えない。

この落ち着き方は、何か恐ろしいものを感じさせる。

どうやら桜も同様らしく、額には薄らと脂汗が滲んでいる。

「答えてちょうだい」

「・・・あえて説明するのなら、『万物の死を司る者』と」







死を司る、者・・・だと?







「安心するといい、君の友人を悪いようにはしない。

私はただ・・・死者が本来戻るべき場所へ、連れて帰るだけだ。

君達人間が、”桃源郷”と呼んでいる土地へ」


「と・・・桃源、ですって?」

桃源郷は、伝承に著される理想郷だ。

不死の果実が熟し、蜜の川が流れる幻の別天地だと・・・

今の時勢に存在しているなど、とても思えない。


「その楽園が、死後の国と言うことか?」

歌詠は顔色一つ変えずに頷き、再び影の中に消えていく。

俺達は誰も、言葉を発することが出来ずにいた。















全てが終わった頃

森は、元の静けさを取り戻していた。




































激動の一夜が過ぎ、俺達は一度小屋へ戻った。

頭の中を整理するためには、休息が必要だった。

そうでなければ・・・

事実を、受け止められそうもないから。




そして、誰も何も喋らず、眠りに付いた。












たった一人を除いては。











「・・・まだ、泣いてるのか?」

俺は、部屋の隅に横になる桜に声をかけた。

包まった藍色の毛布の中からは、すすり泣く声が響いている。

小屋に入ってから、ずっとこの状態だ。



「おい・・・桜、大丈夫か?」

手を伸ばすと、その瞬間サッと毛布を引っ込められる。

そして、掠れて痛々しい声が小さく漏れる。

「ごめんなさ・・・今、駄目なの・・・ちょっと、こっちに来ないで」

ギュッ、と心臓を掴まれた心地だった。

優しいからこそ、今回の傷も相当堪えているらしい。



「馬鹿だな・・・一人で泣くな、余計に辛くなるぞ」

俺は毛布ごと、桜を抱きしめた。

そして、顔は見ないから、と言って背中を撫でてやる。

すると、桜は堰を切ったように泣き出した。
















「・・・・う・・・わあああぁっ!!」









ココロガ、イタイ。


アナタハ、モウ、ドコニモイナイ。




















あれは確か、20日程前のことだった。

月環は相変わらず、小屋の外で見張り番をしていて・・・





「わぁ、今夜は一段と冷えるわね」

眠れずに起きた私も、月環を追って外へ出た。





「・・・小屋へお戻りなさい、夜の森は危険ですよ」

月環は、迷惑極まりない、と言う渋い表情を浮かべていたけど・・・

無理に追い返されなかっただけで、私は満足だった。

身も凍るような森の冷気だって、我慢できたのよ。

「今夜もまた月が綺麗ねぇ?」

月環の返事はなく、しばらく黙ったまま森を見ていた。

そして、私は勢いよく彼の前に飛び出した。


「ねぇ、今度、私の邸に遊びに来て?」

「・・・突然、何の話です?」

警戒されて、周囲の空気がとても重かった。

でも、突如閃いた名案を、私はにこにこしながら語り続けた。

「邸の北端に、池に臨んだ釣殿があるんだけど・・・

そこで月を見ると、とても綺麗なの!

ここからの月も良いけど、水面に揺れる月もまた格別よ」

「へえ・・・?」

相変わらず、返事はたった一言。

それでも私は、彼の興味を引けた事が嬉しかった。

「だから、陽くんも遥も誘って皆でお月見しましょう、ね?」

「遠慮しておきますよ、なんせ僕は・・・」

「大丈夫よ、お母様の誤解なんてすぐに解けるわ!

頑固で厳しい人だけど、きちんと説明すれば分かってくれる」

私の真剣な目に、月環は一瞬フッと表情を崩した。

「・・・そうですね、考えておきますよ」

「ふふっ、約束ね?」










そんな他愛の無い話をした。

今日、あんな風に別れるとも知らずに・・・














ねぇ、月環。



私、あなたの事、何も知らなかった。

何が好きで何が嫌いかとか、そんな簡単な事さえ・・・

死に別れた今だって、何一つ知らないわ。







でも、不思議でしょう?

私、あなたのことが好きだったのよ。








とても・・・とても、好きだった。










                                        次頁へ







 *____________________________________________________________________________________________________________________*


執筆後記

月環への弔いは、この話で一応おしまいです。
この後は、今まで伏せてきた幾つかの秘密の種明かしに移ります。
が、どの秘密もたいしたことはないので、「何だ、そんなことか」と思うでしょう(汗)
なので、期待せずに、お待ちくださいますように。

久々に、死を司る神様の歌詠が登場しました///
追加募集のキャラも皆好きなので、うきうきしながら書きました。
やっぱり、朝日や歌詠のような一人称「私」のキャラは格別です(ぇ)
話が逸れましたが、歌詠と花降はまだ未知数の神様なので、
不思議な感じを強く出したつもりなのですが、如何だったでしょうか?


さて、今回は、遥と桜の距離を少しだけ縮めた回でした。
私はこのカップリングを推奨しているので、とても楽しかったです><*
挿絵がほしいなー、Laruhaさんにお願いしようかなぁっ・・・

特に最後とか、最後とか、最後とか!(帰れ;)

あと、桜の回想に出てくる『お月見』ですが・・・
今から、18話「廻る月」のラストを読み返して頂けたら嬉しいです!!
月環は、桜との約束を「来世で守る」と言ったんですよね。
これを読む前に、気付いた方が一人でも居てくださるといいな、と思います。

*

雪夜の鍵の1つである桃源郷のことが出たので、余談を少しv

私は、桃源郷にはちょっと思い入れが強いのです。
と言うのも、2度目に書いた長編小説が、桃源郷を舞台にしていたからです。
見習い仙女が桃源郷を目指して旅をするーと言う、安易な話なのですが・・・
今でも、謎めいたその土地が大好きです///

桃源郷は、中国の東晋の頃『桃花源記』と言う散文に記されたのが始まり。
外界と一切遮断され、平和かつ素朴な農耕生活を送れる理想郷だそうです。
ただ、私の中の『桃源郷』は、ただの理想郷ではなく・・・
『戦乱や貧困に悩む人々を惹きつけ、俗世へは決して返さない』
言わば麻薬のような、魔力的な力を秘めた土地だと思っています。
なので、人を虜にする「不死の実」や「蜜の川」など、本物とは違う味付けをしました。
中毒っぽくて、ちょっと不気味な感じが漂って来ませんか?(笑)
話が進むに連れて「そんなの桃源じゃない」と思う方も出るかもしれませんが・・・
雪夜の桃源郷はこっちです、あしからず!
一風変わった『中毒的理想郷』を味わって頂きたいです。

桃源郷がどんな土地か、徐々に明かすつもりです。
とあるキャラの台詞に桃源に関わるものもありますので、宜しければv