第二話 「北 登」








「お、おいっ・・・お前、何してる?!」

遥の罵声に、市で買い物を楽しむ民衆が一斉に揺れる。





「姿勢を正せ、こら、何だその格好は!!」

ガチガチに固まった私に、遥は延々とお説教を続けている。

侮蔑を含んだ冷たい視線が、ものすごく痛い・・・

「だ、だって、落ちそうなんだものっ・・・!!」

私は手綱を握り締めて、馬の首にしがみ付いた。

淡灰色の馬は主人のそんな様子を気にもせず、更に加速していく。

「手綱は命綱じゃないんだ、あまり強く引くなって!!」

いつ振り落とされてもおかしくない私の乗馬姿を見て、やれやれと頭を掻く。

馬術の訓練は得意だったし、乗り方くらい分かってるけど・・・

全く舗装されてない道では話が違うわ。

「・・・はぁ・・・ったく、少しは人の話を聞けってのに。」

説得は無駄だと悟ったのか、遥は馬首を返してこちらへ近付いて来た。

そして私の代わりに手綱を握り、どう、と馬を宥めてくれた。

「ど・・・どうもありがとう、助かったわ。

翠ったら、勢いが付くとちっとも言うことを聞かないんだもの。」

ほっと胸を撫で下ろし、乱れきった着物と掛帯を直す。

「『スイ』って、この馬の名前か?」

「そうよ、光の加減で毛色が淡い翡翠色に見えるから!」

たてがみを撫でながら、私は誇らしげに答えた。

出会って数分の暴れ馬でも、これからの相棒だと思うと親しみが沸いた。

「ふーん・・・乗り手がヘボで不憫な馬の、翠・・・か。」

珍しく晴れた空を仰いだ遥は、大きく伸びをして呟く。

「そ、その失礼な認識はやめてよね?!」








こうして邸を発ったのは、もう10日前のこと。



(姫君、北州に変わった動向は見られませんが・・・

あの・・・落馬などなさらぬよう、万全の注意を怠りませんように?)



都を出ようとした所で、門番は不安げにそう念を押した。

長旅の危険より落馬が心配と言われて、少し情けなくなったけど・・・

今ではもう慣れて、順調に目的地へ進んでいる。



北州までの道中は、平和そのものだ。

竜神様の守護が消えかかっているなんて、まるで冗談みたいに・・・

どの集落もとても賑やかで、物資と笑顔に溢れていた。

そんな様子を見ながら、北州手前の峠まで来た。








「今日はここまでだ、この辺りで野宿しよう。」

そう言われて左手を眺めると、夕日が山際に差し掛かるところだった。

それでも、辺りはまだ眩しい程の橙色に包まれている。

「あら・・・でも、まだ行けるんじゃない?」

「へぇ、そんなに憔悴しているくせによく言うよ。」

一瞬ぎくりと背筋が伸びたけど、必死に平静を装う。

「そんなことないわ。ちっとも辛くないもの、私は平気よ?」

こんな疲れくらいで、足手纏いになるなんて絶対に嫌だわ。

「道のりは長いんだから、無理をするな。

それに、ここらの地理は不案内だし、夜間の峠越えは避けたい。」

「そう・・・よね、分かったわ。」

頷いた遥は、愛馬・流風の背に積んだ荷物の紐を解き始める。

そして、頭をソッと撫でてやったかと思うと、目を細めた。

「この先の峠を越えれば、とうとう北州か・・・気を引き締めないとな。」

そうして唇を引き結び、腰を下ろして胡坐をかく。

その顔には、明らかに疲れの色が浮かんでいるように見える。

「何だかウンザリした顔してるわね、疲れた?」

「別に。」

不機嫌そうに一言、そして火打石を乱雑に擦る。

何よ、機嫌悪いのね・・・まぁ、気持ちは分からなくもないけどね。






私達は、今日までに9つの集落に立ち寄った。

でも、熱い歓迎は受けたものの、宝玉の手掛かりは皆無だった。

そんな梨の礫には、流石の私も幸先が不安になったわ。

『北州』と一言で言っても、広い土地だし・・・

だけど・・・私達の疲労の原因は、その『熱烈な歓迎』の方にある。






「地方では都人は珍品同然の扱いをされるのね、驚いたわ。」

挨拶すると、絶叫して逃げられるのはもちろん。

お経を読みつつ民家の影から拝まれるのも、もう慣れっこだわ。

(歓迎は嬉しいのですが・・・あの、そんなに隠れずに、どうぞ出ていらして?)

そう言うと一目散に逃げていくくせに、またすぐ覗き見。

そんな繰り返しは、まるで拷問みたいだった。

「地方だからじゃない、この辺の民の反応が異常なだけだ。」

私は、ふーん、と差しさわりのない相槌を打った。

そして、下からしかめ面を覗き込んで、にっこり笑って尋ねる。

「ねぇ、可愛い女の子にもてて嬉しかった?」



『月毛馬の美青年』の噂は、すぐに知れ渡った。

少女達の視線を一身に集め、行く先々で『男前』だの何だのと囁かれて・・・

挙句、四十路過ぎの女性にも、結婚を申し込まれる人気ぶりだった。

それ以来、遥はずっと覆面を被って行動している。

その姿ときたらおかしくて、噴出すのを堪えるのに必死なの。



「・・・あ、あの、怒った・・・?」

俯いたままピクリとも動かない体を揺すってみる。

すると、遥は震えながら歯を食いしばって、拳をきつく握り締めた。

「お前の目は節穴かっ・・・嬉しいはずがあるか!!

俺は猿山の猿か、それとも異国の珍獣か?!

奴ら、物陰からコソコソと人を見世物にしやがって・・・毎日毎日ッ、はぁ・・・」

相当堪えていたらしく、遥は背中を丸めてうな垂れてしまった。

女たらしそうだし、喜んでると思ったのに・・・

「意外と硬派なのね、からかったりして悪かったわ。」

「お喋りは終わりにしてとっとと寝ろ、日出には発つからな!!」

「ど、怒鳴らなくてもいいじゃないの・・・」

ヤケになった遥は、焚き火に次々と薪を投げ込んでいく。

「・・・ふふっ、お休みなさい。」

うろたえる姿が可愛く見えて、私は思わず笑いを零した。







明日から、とうとう北州。

まだ私が見たことも無い地域に行くんだわ。

でも・・・異様なほどに、心は穏やかだ。




だって、遥がいてくれるもの。




遠くで聞こえる、獣の咆哮に怯えることなく・・・

心地よい緊張感に包まれながら、毛布に顔を埋ずめた。















































「・・・おい、まただぞ。」

神妙な様子で、遥が先に口を開いた。

指差された景色を見て、私も思わず息を飲んでしまう。



「また・・・無人村なのね?」

訪ねた村には、冷たい静寂だけが佇んでいる。

生活の形跡はあるのに、不気味な程に人の影がない。

人どころか、鳥や家畜の鳴き声すら・・・




「あー・・・何だ、北州の総人口は、たった5年で激減したのか?」

「そんな話は聞いたことないけど・・・」

「じゃぁ、飢饉か疫病でも流行ったんじゃないのか?」

「それなら、遺体がないのはおかしいでしょ。」

困惑して髪を掻きながら村内を歩いて、そんな問答を繰り返す。

お互いに顔を見合わせては、眉を寄せながら。

「貧困から夜逃げでもした、か。」

「でも、この荒れ様はどう言うことなの・・・?」

複雑に組まれていただろう櫓は、無残に崩れ落ちている。

いくつかの民家は、もう柱と茅葺しかない。

収穫もしないまま、田畑の作物が踏み荒らされていて・・・

「夜逃げしたにしては、明らかに不自然だわ。」

「北州は一体どうなってるんだ、こんな村がもう3つ目だぞ?!」

ちまちま考えるのが苦手な行動派の遥は、すっかり業を煮やした。

「ええ・・・とりあえず、状況を確認したいわ。」

私はそう言って、一番状態のいい民家に走り寄った。

そして、葦で編み込まれた戸を3度叩き、恐る恐る開いてみる。





「ご免ください、あの、どなたか・・・」

まだ昼間だって言うのに、室内はどうにも薄暗い。

崩れた土壁からわずかに差す光で、ほこりが舞うのが見える。



「・・・う、わぁ・・・酷い・・・」

床には粉々の壺があり、散乱した芋が変色していた。

他の貯蓄物も腐っているのか、鼻がもげそうな異臭が漂っている。


「どうだ、誰かいたか・・・うわ・・・」

遥が背後から顔を出し、同じように嫌な声を上げる。

この光景を見れば当然の反応よね。

「ねぇ、誰もいないんだけど・・・どうしてだと思う?」

「ずっと高天原を離れてた俺が知るかよ。

お前こそ、涼風の宮や大臣から何も聞いていないのか?」

「ちょっと待って、えーと・・・」

せっつかれ、曖昧にぼやける記憶の断片を必死に探す。

すると、ある日の情景が脳裏をよぎった。

「一月程前に・・・北州の調査報告書が届いて、それに立ち会ったわ。

その時は、確かに異常はないと聞いたけど・・・?」

「どう考えてもこれは異常だぞ、駐在の役人すらいないし。」

「・・・・ねぇ、遥、これをよく見て?」

私は片袖を口に当てながら、人差し指で床に触れて、目を細めた。

「・・・ほこり?随分とまぁ、積もったもんだな。」

床を撫でた指の上には、大量のほこりが積もった。

火の気のない囲炉裏には、蜘蛛の巣が何重にも掛かっている。

これって、何だか・・・





北州の奥に行くほど、惨状が酷くなってる?





「1つ手前の無人村は、ここまで荒廃が進んでいなかったわ。」

「北州の山中に潜む賊が、襲ったのかもしれないな。」

「この辺、山賊なんているの?!」

それなら、荒らされた様子にも説明が付くわ。

「崩れた家屋にも、鋭利な刃で削れた跡が残ってたしな・・・」

「これ以上被害が及ぶ前に、私達で捕らえましょう?!」

私は意気込んで、遥の片袖を引っ張って廃屋を後にした。



今は、宝玉探しよりこっち優先だわ。

この村や他の無人村のことも、お母様に知らせなくちゃ・・・



「待った、そう簡単に言うなって。」

颯爽と翠に跨った私を、呆れ顔の遥が抱き下ろした。

「きゃあっ・・・ちょ、ちょっと何するのよ?!」

「あのな・・・応援もなく、俺達二人で捕り物なんて無謀ってもんだぞ。」

「あら、討伐隊の総指揮官なのに弱気じゃないの?」

遥は溜息を付いて、私の頭に軽く拳を当てた。

「守りながらの戦いには、限度があるって言っているんだ。

護衛を任されてここに来た以上、お姫様を危険に晒す訳にはいかない。」

やっと地面に下ろされた私は、長身の遥に食って掛かる。

「でも、黙ってろって言うの?!」

「そうじゃないさ、何とかして都の大臣に伝令を・・・」


















「お兄ちゃん、止した方がいいよ?」












え・・・?!











廃墟からの突然の声に、心臓が跳ね上がった。

や、やだ・・・こう見えても、悪霊の類は苦手なんだから!!





「おい、大丈夫だ、確かに足があるから。」

顔を覆っている指の間から、遥の表情を確認する。

「そ・・・それ、本当・・・?」

それさえ聞いてしまえば、こっちのものだわ。

安心して声の方へ視線をやると、10歳にも満たない少女が立っていた。

煤で汚れた着物を着て、不安げな眼差しを向けて・・・















「だってねぇ・・・殺されちゃうもん。

真っ赤な血が出て、お姉ちゃんもきっと痛い痛ぁいって言うよ?」





幼い声音は一瞬で、私の安堵を打ち砕いた。











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 執筆後記

 早めの更新をと言いながら、随分とお待たせしてしまいました(^^;)
 年末が近付き、オフの方が急激に忙しくなりまして・・・
 毎度のことながらここで謝らせてください、すいませんでした!!

 さて、この話は最後以外は気に入ってません(汗)
 と言うのも、色々と削りすぎて、つまらない話になっちゃったなと;
 最初は、ここまでを2話に分ける予定でした。

 
遥に恋した村娘のエピソードを入れてたんです(笑)

 お茶を運んでた村長の娘が、緊張のあまり遥に引っ掛けるんです、ドバッと。
 それで自害しようとしたその子を、大慌てで止めて。
 遥に惚れちゃった娘さんと一悶着あって、と言うそんなエピソード(謎)
 ただ、ちんたら長々と書いても本編が進まない。
 苦渋の決断をして、旅の経過と村に立ち寄る場面を
全カットしました;
 中途半端に残しても気持ち悪いしと思って・・・

 
そしたら、削りすぎたらしいです(汗)

 つまんない話になったなーと言うのが、正直な感想ですね。
 削った場面も入れての書き直しが有力です;
 ただ、最後の女の子の所だけは、ずっと考えてたので満足です♪
 次の話では、もう少し女の子に頑張ってもらいましょうv

 私は、授業中が一番ネタが浮かびます。
 なので、先生そっちのけで、ひたすらルーズリーフに書き留める作業(笑)
 そこでは既に、月環がきちんと登場してますv
 ついでに、明日あたりは大好きな彼も初登場するかもしれません!
 さ、頑張って執筆しようーっと(授業を聞け!!)