第六話 「閃光、そして」







「俺さぁ、コソコソされんの大嫌いなんだよね。」

小柄な容姿は可愛いらしいのに、その声は怖いほど鋭い。

黄金の髪をした少年の視線が、肌に刺さる。

「あの、不審な真似をして悪か・・・ちょ!?」

謝ろうと一歩踏み出すと、一瞬で喉元に爪が突き付けられる。

それは、今磨いだばかりの刃物のように輝っている。

「あ、あ、危ないじゃない!!」

「誰に言われてきたんだよ、って言うか、あんたら誰?」

少年の執拗な追及に、私は、と慌てて答えようとした。

すると、前方の茂みが激しく揺れる。









「陽、どうかしたのか?」

少年より低い声が、森の木々に木霊する。

そして私は発信源に視線をやって、思わず口を噤んだ。








この人が・・・

婦人に教わった”青年”って、人?








こんな山奥に好んで住んでいるんだもの。

てっきり野生的で、屈強な大男だと思っていたのに・・・


この人は、なんて儚げなんだろう。

体の線が細くて、滑らかな肌は新雪の色。

銀色の瞳は、ここではない何処か遠くを見ているみたい。









「どうしたんだ、一体・・・」

「こいつら、物陰からお前のこと覗いてたんだ。」

青年は不審げに眉根を寄せて、私と遥を交互に見る。

「覗いてって・・・何故、僕を?」

「わ、悪気があったわけじゃないの・・・!!」

「取って食いやしませんから落ち着いてください。

とにかく・・・僕は無駄な争いはしたくない。陽、その人達から離れるんだ。」

「・・・ちぇっ、寝込み襲われても知らないからな。」

青年が諌めると、少年は不服そうに顔を歪め私から遠退いた。

続いて私は、深々と一礼して必死で笑顔を作る。

「・・・あの、ありが」

「礼は結構。それより、あなた方はどなたです?」

お礼を遮るなんて、随分と無作法じゃない!

私が頬を膨らませると、背中を軽く叩いて遥が歩み出る。

「俺達は、あなたに聞きたいことがある。」

「僕に?」

青年はそう聞くなり、無言で霧の深い方へ向かって進んでいった。

今度の行動には、私だけでなく遥も目を丸くする。

「あの・・・?」

「・・・こちらへどうぞ。」

私と遥は顔を見合わせ、うろたえた表情になる。

「少し先に僕の小屋があります、そこで用を伺いましょう。

この辺り一帯では、決まった時刻に小規模の雪崩が起きるので・・・

それとも、ここで僕と一緒に死にたいですか?」






それ以降、青年は口を開かなかった。

目的地に着くまでずっと、私は困惑を隠せずにいた。



あなたは、あんなに優しい笛を吹くのに・・・













「温まりますよ、どうぞ。」

青年は、私達にお茶を振舞ってくれた。

珍しい深緑色のお茶は、都の茶葉より良い香りがする。

「あ・・・ありがとう、頂きます。」

湯気の立ち上る小屋内は、ガランとしている。

目立つ物と言えば、散乱する分厚い本と竜の壁掛けだけ。

引っ越してきたばかり、と言う説明が似合いそう。

「あの・・・あなたは、あそこで何を?」

「何かあったら即座に対応できるよう、見張りをしていました。」

「誰かに狙われているんですか・・・?」

青年は瞼を伏せたまま、しばらく何も答えなかった。

そして、思い出したようにぽつりと口を開く。

「・・・僕に聞きたいこと、とは?」

「この辺りの田畑や村を襲う妖怪について知りたいんです。」

「それを知って、あなたはどうなさるんです?」

「ど、どうって言われても・・・」

この人の会話って、淡々としててまるで尋問みたい。

馴染むには、時間が掛かりそうな気がするわ・・・

「俺達には、事実を都に報告する義務がある。

妖怪被害の拡大を防ぐためにも、迅速な対応が必要なんだ。」

遥の言葉に、青年が一瞬目を見張った。

今まで儚げで虚ろな雰囲気だったのに、急に人間味が出て・・・

「あなた方は・・・都からいらしたのですか?!」

「ええ、都からのお使いの途中で・・・」





「・・・もう話すことはありません、お帰りください。」





「・・・あのっ・・・どうして急に?!」

必死に食い下がると、青年は私に背を向けた。

私は諦めまいと、お茶の入った陶器を置いて立ち上がる。

「都の官吏や国主はこのことを知りません。

事実を有耶無耶にしたまま、北州を離れるわけには・・・!!」

すると、青年は長い睫を上げて告げる。

「・・・元凶は、大蛇ですよ。」

「おろ、ち・・・?」

私の辞書には、そんな言葉はない。

古来妖怪を禁じた国で育ったんだから、当然だけど・・・

「都育ちの姫君には、きっと想像も付かないでしょうね。」

皮肉った言い方も視線も、侮蔑を含んでとても冷やかだ。

「何も話す気はありません、他を当たってください。

僕は・・・都の人間と係わり合いになるのは、御免ですから。」

青年の一言で、狭い室内は静寂に包まれる。



ぴしゃりと言い放った眼から、心情が読み取れた。

焦りと、深い嘆きの色・・・













―― ガシャンッ!!




その時、突然、轟音を立てて窓が割れた。

吹雪が室内に流れ込み、暖炉の火勢を弱めていく。






「・・・ッ?!」


そして、息つく間もなく激しい金属音が響く。









「な、何があったの?!」

「窓を塞げ、暖炉の火が消えたら暗闇になるぞ!!」

全く状況が飲み込めないまま、遥の指示に慌てて頷いた。

そして、厚手の壁掛けを剥がして、窓の割れ目に宛がう。

風が弱まると火は再び勢いを強め、私はホッと肩を撫で下ろした。

すると、私の肩を遥が控えめに突いた。

「おい、桜・・・あれ、どうなってんだ・・・?」

「あれって何・・・って、ええッ?!」

辺りを見回すと、青年ともう一人が壁際で睨み合っていた。

黒尽くめの男は、大刀で激しい攻撃を繰り出す。

青年は腰に挿した剣を抜かず、銀色の蜀台で応戦している。

でも、何よりも驚いたのは・・・









「やるな・・・だが、無駄なことだ!!」

耳に飛び込んできた声が、馴染みあるものだったこと。









間違いない、あの姿は・・・!!









「こ・・・光一郎なの・・・?!」

慌てて飛び出すと、男は振り向いて叫ぶ。

「桜姫様ッ、危のうございます、お下がりください!!」

眉間にしわを寄せて刀を握りながらも、私に礼を取ったのは・・・

確かに、軍の剣術指南役である光一郎だった。



め、眩暈がする・・・

青年の説得だけでも骨が折れるって言うのに!!

都にいるはずの彼が、どうしてここに・・・?



「あ、あなたは一体・・・?!」

「御方様の命令は絶対だ、俺はお前を殺す!!」

青年は光一郎の刀に押されて、体制を崩した。

それを狙っていたとばかりに、光一郎は激しく刀を撃ちつける。

「僕は都とは繋がりを持たない、何故っ・・・」

「黙れ、そんなことは関係ない。

呪われた魂を宿すお前は、地獄が似合いだと言うんだ!!」

「何を言って・・・」

光一郎は一掴みの灰を、青年の顔面に投げる。

そして、目を庇って倒れた細身に向けて、刃を振り上げる。

「・・・死ね、月環ッ!!」

暖炉の橙色の光を、刃が妖しく反射した。

風を斬る音が、もう駄目だ、と全身を強張らせた瞬間・・・




私は、無意識に自分でも驚く行動に出ていた。
















「その人を殺しては駄目ッ・・・!!」



私は覆い被さるようにして、青年の懐に飛び込んだ。

抱き止めた青年の眼が、大きく開かれる。






理由なんて、私が一番聞きたい。

でも・・・私の中の何かが、必死に訴え掛けた。















”殺さないで”
















「桜・・・!!」

確実に斬られたと、きつく目を瞑った。

それでも、激しい衝撃音の後に痛みはなかった。




「・・・い・・・生きて、る?」

薄目を開けると、刃は鼻先で止められている。

二刀の短剣を十字型に構えた少年のおかげだった。


「どいつもこいつも、うるっさいなぁ・・・」

少年は、不機嫌そうに光一郎の刃を押し戻した。

そして、体の大きさの差を苦にもせず、刃の均衡を取り戻す。

「あんたさ、少し黙っててくれる?!」

独特だった金色の眼が、燃えるように紅に染まった。

それには、流石の光一郎も言葉を詰まらせる。

「お・・・お前は何者だ・・・?!」






「・・・竜神の僕、陽。」






「馬鹿な、竜神だと・・・?!」

私も一言『まさか』呟いて、瞬きを繰り返した。

国のご神体である神の僕と言われても、どうやって信じたら・・・

その様子を見て、少年はにやりと笑みを零す。


「・・・あんたらさぁ、また神の怒りに触れたいの?

懲りないね、『次は容赦しない』って・・・焔が言ったはずだよ。」


「あなたは、本当に・・・」

呟いた時、少年の輪郭がぼやけ始めていた。

やがて薄暗い室内に、火の粉に似た光が散っていく。




そして、一際明るい閃光の後・・・










「ねぇ、一度死んでみる?」



金色の鱗を持つ竜が、眼前に佇んでいた。

その竜は、巨大な体躯に金の鬣、2本の角を持っている。











「悪さした人間への仕置きも、俺の仕事なんだよね。」

その人間離れした姿に、体が無意識に震え出す。

国創り神話の竜が現れるなんて・・・私は、何に首を突っ込んでるの?

『竜神の花嫁の代弁者』

そんな自分の肩書きが、途端に恐ろしくなってくる。

「待って、光一郎を殺さないでっ・・・

都に返して、もう誰も傷つけないように聞かせるから!!」

「うるさいなぁ、俺は命乞いなんか聞かない。

そのせいで今、焔の馬鹿は窮地に陥っているんだからさ。

五百年前の二の舞になんかなるもんか。」

「それって・・・ささら様のこと?」

返事の変わりに、竜は嬉々として鋭い爪を振りかざした。

私は思わず両腕で目を覆った。







―― ガキンッ・・・!!






耳障りな金属音も、今度ばかりは救いだった。

爪は、青年が伸ばした鞘で止まっている。





「陽、止すんだッ・・・!!」

青年の右腕からは、袖越しに血が染みている。

「僕は誰も傷つけたくない、人間の姿に戻ってくれ・・・」

必死な言葉を受けて、竜は後ろに退いた。

でも、丸太並みに太い尾を振り上げて、怒りを露にする。

「月環、お人好しも大概にしろよ!

今殺んなきゃ、いつまでも標的にされたままだよ?!」

「それでもいい・・・頼むから、殺すな。」























「さっさと止血しなよ、月環。」

「大丈夫、見た目の割りに傷は深くない。」

月環と呼ばれた青年の顔には、疲労感が滲んでいた。

私は静々と近付いて、頭を下げた。

「あの・・・ごめんなさい、彼は私の母の命令で来たんだと思う。」

私は腰を抜かしたまま、呆然と一連の様子を眺めていた。



光一郎は、窓から飛び出して闇に紛れた。

でも、私は・・・あれで引き下がる人じゃないことを知っている。

お母様の命令を遂行するためなら、手段を選ばないから。

『くそっ・・・この勝負、預けるぞ!!』

あの苦渋の捨て台詞からしても、きっとまた・・・



「私、なんて謝ったらいいのか・・・」

「止して下さい、姫君が謝罪することではありません。」

「母や光一郎には伝令を出して、注意しておきます。」

手当ての足しになればと、包帯を差し出す。

すると、月環は私を無視して、別の包帯を器用に巻き始めた。

「僕に触れないでください、自分でやれます。」

この人は私を、都の人間を拒んでるんだわ・・・

「もうお帰りください、高天原の姫君。

今日は遅いですから一晩休んで、明日ここを発つといい。」

「だけど、その刀傷が良くなるまでは・・・」

「迷惑だから帰れと言ったんです。

分かりませんか、この剣をあなたの血で染めたくありません。」

月環は言葉を遮って、腰の剣を床に突き立てた。

ズダンと言う重い音が響く。



すると






「・・・・・?!」

一瞬、月環がその表情を歪めた。

手元を見ると、剣を小さな竜巻が取り巻いている。






「つっ・・・剣が、引き寄せられる!!」

剣は、緩やかに私の胸元へ向かってくる。

ゆっくりと、床に散乱した窓ガラスや灰を弾きながら。

「何だか分からんが、曲芸の類じゃないのか・・・?」

その剣は、まるで生きているみたいに映る。

「知らない、どうして私なの?!」








手を伸ばした瞬間・・・


艶やかな剣の鞘から、青白い光が溢れた。












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 執筆後記

 現在夜中の4時、3章6話をお届けします。
 生活が完全に昼夜逆転してるので眠気もなく、元気で後書きをv
 でも、座りっぱなしだったので猫背が痛いです(汗)

 月環が受け入れられるか、一世一代の勝負です・・・!!
 大袈裟ですが、ちょっと素っ気無く書きすぎたので怖いんです(汗)
 設定では、儚げな青年と言うことでしたが・・・
 人間不信の傾向ばかりが際立ってしまったかなと、思います;;

 
いい人です、一見嫌な奴に見えますが!!

 可哀相な生い立ちで、性格が多少歪んだだけで・・・
 そこだけは誤解されないといいなと、ひたすら願っています。

 で、今回のポイントは生意気少年の陽です。
 陽は、剣・・・つまり、宝玉の秘密についてほとんど知っています。
 なので、色々な解説までこなしてくれて大助かりですv
 竜神の眷属云々の設定も、個人的には気に入っていて・・・
 彼のセリフには、逐一ヒントを隠しますので、注意して見ていてください!

 えーと、一番苦労したのは動作表現。
 私は動作表現が大嫌いと言う、ダメ創作家なのですが・・・
 「セリフや感情表現をつらつら書くだけじゃ、そんなもん小説じゃない。」
 ・・・と言う、意味不明の信条がありまして。
 いつもは無理にでも動作を文字にして乗り切るのですが・・・
 剣を交える場面のイメージがなかなか膨らまず、四苦八苦しました。
 こうなりゃ最終手段だと思って、ここ数日で

 
手持ちの侍マンガを読み漁りました(汗)

 大の侍好きなのですが「いざ書くぞ」となると、うーん・・・
 るろ剣、ピスメ、KYO、風光るには、土下座して感謝を捧げます><;


 それでは、また7話でお会いしましょう。