第二十三話 「夢逢わせ」 「流風、お前に乗るのも久しいなぁ」 まだ鳥も目覚めない早朝にもかかわらず、遥はご機嫌だ。 念入りに手入れをした愛馬に、顔を摺り寄せている。 「・・・仲が良くっていいね」 馬相手に嫉妬しても仕方ないけれど・・・ 私と話す時と表情がまるで違うのは、少し癪に障るわ。 「ははーん、羨ましいか」 私は遥を睨み、綱を引いて、フイと背を向けた。 「はは、お前も相棒に愛想付かされないようにしろよ?」 「私と翠はそんなに柔な関係じゃないもの」 淡灰色のたてがみを撫でると、翠は低く唸った。 それを見て、拒絶されてるじゃないか、と遥は朗らかに笑う。 平和、だなぁ・・・ 都を出たばかりの頃も、こんな会話をしたけれど・・・ 何だか、随分時間がたった気がする。 光一郎は、まだ夜が開け切らないうちに北州を発った。 最後までひたすら『心配です心配です』と、ボヤキながら・・・ だから今はまた2人で、雪深い山路を歩いている。 一路、東を目指して・・・ 「ねぇ、遥、これから何処へ? 東側って言っても、街や集落は沢山あると思うけど・・・」 北州は山野に囲まれた、言わば発展途上地域だ。 でも、目指す東は隣国・水穂との境であり、商業が発達している。 そのため、都にも劣らない街や、隊商の宿営地などが点在する。 宝1つ探し出すのは、至難の業じゃないかしら。 「とりあえず、行く先々で情報収集しかないな」 「やっぱりそうよね・・・」 お互い顔を見合わせて、憂鬱な溜息をついた。 「おい、お前まで萎れてどうするんだよ。 探すんだからって駄々こねた、あの勢いは何処へ行った」 「それは、そうなんだけど・・・」 陽くんの話は、途中で途切れてしまった。 残りの宝玉の行方や、竜神様の手元を離れた経緯は分からない。 分かっているのは、鏡と勾玉と言うことだけ。 「砂漠の中で、砂金粒を探すようなものよ」 「まぁ、地道にやって情報なしなら、潔く国境に向かおうぜ」 「東の国境・・・って、水穂の国へ?」 「そうだ。関所までは、どんなに早くても10日だろうな」 遥はまったく気にしていないようだけど・・・ 「でも、ささら様は『宝玉は高天原にあるはず』って言ったのよ?」 宥めるようにそう言うと、遥も二つ返事で同意する。 「分かってる。 ただ、国外に流れた可能性もあるだろう? 国境付近は盗みなんて日常茶飯事だし、無いとは言い切れない」 言われてみればそうかもしてない。 私達が北州に滞在していた間に、運び出されていてもおかしくない。 すぐ横の水穂では、物騒な盗賊が蔓延っているし・・・ 「大君に助力を願い出れば、捜索に当たってくれるだろうし。 それに・・・」 遥は途端に口ごもり、髪の毛を掻き上げる。 らしくない様子に、私だけでなく流風まで気遣わし気だ。 「それに・・・何?」 「私情を挟んで悪いが、盗賊の動向を知りたい。 俺が高天原に帰国してから、水穂がどうなったのかを・・・」 ああ、そうか、心配で仕方ないはずよね。 遥は、遠征軍を率いて水穂に赴任していた。 お役目は、水穂高天原間の交易路の監視と警備。 でも実際のところ、盗賊の討伐隊としての意味合いが大きかった。 盗賊と言うのは、水穂の特産である純金を強奪する連中のこと。 5年前から勢力を伸ばし、未だに抗争が続いている。 そんな時なのに・・・ お母様は、私の旅の護衛に遥を付けてくれた。 後で遥から聞いた話では、任務を外されたと言うことらしい。 と言うのも・・・ お母様は、盗賊の被害に苦しむ水穂からの全面撤退を決めた。 水穂は、優れた金鉱を保有している。 その金のおかげで、新興国ながら高天原と国交が出来ていた。 でも、お母様が秘密裏に放った間者は告げたらしい。 『近いうちに、貿易材料である金が全く採取出来なくなる』と。 そこで、お母様はすぐさま水穂を見限った。 援助を求める水穂の国主、天津の大君の声も聞かずに・・・ 心配じゃないはず、ないよね・・・? 「私も・・・水穂の大君様にご挨拶したいわ。 お母様のために、いつも嫌な思いばかりさせているもの!」 大君様や水穂の人達、遥にもだわ。 人の情けすらないお母様のせいで、いつも振り回されて・・・ 「娘としては、平伏して懺悔したい気持ちで一杯よ」 「はは、あの人の娘ってのも苦労するな。 まぁ、しばらくは国内で調査しするんだ。気張らずやろうぜ」 私は、うーん、と曖昧な相槌を打った。 頭の中は久々に、母の暴挙に対する怒りで埋まっていた。 「おい、あれって・・・」 遥の曰く有り気な声に、私は顔を上げた。 指差された先には、見覚えのある黒い塊が転がっている。 「ああ、私が倒してしまった墓石!」 あれは、瑞貴さんの物で・・・月環の物でもある。 そう思うと、この前見た時とは違う気持ちが、膨れ上がってくる。 「・・・瑞貴さん、可哀相・・・」 ただ、愛する人と幸せになろうとしただけなのに・・・ 相手が巫女だったために、罪人扱いで惨殺されてしまった。 こんな寂しい所に埋葬されて、手を合わせる人もなくて。 「可哀相」 「そうだな・・・」 私は鞍から下り、石に積もった深雪を払い落とした。 遥はその間に、2頭の手綱を木の枝に括る。 「あら・・・?」 「どうした?」 「花が・・・花が、添えられているの」 墓石の付け根には、萎びて腐った福寿草が置かれている。 変色して、もう見る影もないけれど・・・ 「この前はなかったと思うけど・・・」 2ヶ月前の記憶の何処にも姿はなく、異質な気がする。 「確かに、一体誰が供えたんだろうな?」 「・・・あ・・・・・・ああ、そっか」 少し考えると、自ずと答えが見えた。 「この福寿草、ささら様よ」 まだ北州に着いたばかりの頃・・・ 私はここで墓を倒し、少しの間だけ意識を失くしていた。 遥は不審がって『頭か神経の病気』だの、何だのと言ったけど・・・ 今思えば、意識を乗っ取られていたんだわ。 ささら様が何をしていたのか、 短い対面で瑞貴さんと何を話したのか、私は知らない。 今も、何も憶えてはいないけれど・・・ 頬や手に、冷たい石の感覚も残っている気がしてくるの。 目を瞑れば・・・不思議と、声だって聞こえてくる。 ”逢いたかった”って、ささら様の言葉。 鈴を転がすような、あの声。 それに応える、優しい声も・・・ 「お願い、姿を見せて・・・? ねぇ、私、帰ってきたのよ・・・あなたの所にっ・・・」 ――― 泣くなよ・・・ささ、ら。 必ず幸せにする、とあの日誓ったのに・・・ 些細な約束すら守れなかった俺を、許してほしい。 声も、もう届かないかもしれないけれど・・・ 俺も逢いたかったよ、ずっと。 「瑞貴、ごめんね」 白い肌から落ちた涙が、黒い石を濡らした。 500年分の弔いをするように、それを丁寧に磨いていく。 「ずっと、ずっと逢いに来れなくて・・・ こうしてお花を添えることすら、出来なかったわ」 小さくて白い花を供えて、墓石を抱く。 すると、ひんやりとした感触が、着物越しに肌に伝わる。 あぁ、やっと・・・やっと、逢えたね。 「でも・・・ねぇ、瑞貴?」 離れていた長い月日も・・・ 心だけは、ずっと寄り添っていたって 信じても、いいよね? 「よし、これでいいだろう」 墓石を一通り拭き、丁寧に据え直した。 その後、小さな芽を出していた節分草を摘んで添えた。 「ええ、綺麗になったわね」 「次の墓参りは、すべてが終わった後か」 そう言うと、遥はとっておきのお酒を墓石にかけた。 それまでは酒でも飲んでのんびり待ってろ、と言うことかしら。 「そうね、きっと報告に来るからね。 それに・・・これからは、年に一度はお墓参りにくるわ」 あなたが愛した 銀の雪の輝く、この美しい場所に。 だから・・・ どうか、安らかに眠って下さい。 しばらく手を合わせた後 私達は黙ったまま、ゆっくりと馬首を進めた。 次の物語が待つ・・・ 遥か、東へと。 第三章、完 *_____________________________________________________________________________________________________________*
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