第十三話 「明けない夜」








「あの・・・誰か、いませんか?」

何度かゆっくりと繰り返し、辺りを見回してみる。

でも、何の音も聞こえない。

確かに人の気配があるのに、返ってくるのは静寂だけ。



とても、嫌な予感がするわ・・・










でも、私は後から思うことになる。

この予感が的中していなければ良かったのに、と。




























「遥・・・ねぇ、遥ったら、起きて?」

私は、妙な胸騒ぎがして目を覚ました。

こう言うのを俗に、虫の知らせと言うのかもしれない。

肌に触れる空気が、ピリピリと痛いし・・・

隣で熟睡している遥の肩を揺すりながらも、体が強張っている。



「ねぇ、お願いだから起きてよ」

「何だよ、子供じゃないんだから用便くらい一人で・・・」

「ちっ・・・違う、そんなんじゃないったら!!」

寝ぼけた遥の言葉に、私は赤面して、思い切り咳き込んだ。

そして、彼のたくましい腹部に握り拳を落とす。

「痛えなっ、本気で殴るなって」

「何だか嫌な予感がするのよ、きっと外で何か・・・」

そう伝えると、遥は私の頭を2度叩いてから、また瞼を閉じた。

「お前はいつから唯月様になったんだ?

神経が疲れてるんだろう、きっとただの気のせいだよ」

「確かに、私は唯月様みたいな予知能力なんてないけど・・・」

躊躇いがちにそう言うと、遥はもう夢の中におちていた。

幸せそうな寝顔が、妙に憎たらしく見える。

「もうっ・・・真面目に聞いてよ、本当に感じるんだから!」

私は大急ぎで着物を羽織り、金糸の刺繍の入った帯を締める。

そして、小走りに小屋の外へ出た。









最近になって、大蛇の動きが活発化した。

体躯も巨大化しているし、出現頻度が明らかに増えた。

だから、私達は毎晩、苦労しながらも追い払う作業を続けていた。

『よくやるわね』と、自分を褒めたくなるくらい。



でも、抗争にも徐々に慣れ始めていた。

もちろん、前線で戦う遥達3人は傷は絶えないし、

後衛の月環も、苦しそうに胸の痣を押さえることが増えたけれど・・・

光一郎なんかは、訓練だと思って楽しんでいたわ。

遥だって「爪の動きさえ把握すれば楽勝」と、笑っていた。

だから、今の状況もいいと安心していた。

追い払い続けるのも、悪くないと思っていたのよ。




でも・・・この胸騒ぎは、何?














「夜明けはまだ先みたいね・・・」

一昨日から続いていた吹雪は、収まっていた。

でも、代わりに濃霧が立ち込めて、辺りは白く濁っている。

夜明けを待つ月が、辛うじて見えた。

森はいつも通りの静けさで、変わった様子はないみたい。



やっぱり、ただの気のせいだった?

そう思い冷気を吸い込むと、一瞬で全身が総毛立った。










「うっ・・・!!」

血の臭いが、する?!



凍える空気に混じって、微かに・・・

おぞましい生臭さと腐臭が、風上から流れてくる。

それも一人や二人の量じゃない・・・かなり、大勢だわ。










「大変、すぐに遥達を起こして」

と、踵を返しかけて、私はその場に踏み止まった。

私は怪我人の治療ばかりで、大蛇と直接対峙していないけれど・・・

皆は毎晩遅くまで戦っていて、疲れているわよね。

さっきだって、月環達の規則的な寝息が聞こえていたもの。



一人でも、偵察くらいはきっと出来る。

そう思って、臭いを辿ってひたすら風上へ進んだ。





そして、今に至るわけだけれど・・・






















「ねぇ、誰かいるなら返事をして?」

爪先が悴んで・・・流石の私も、にそろそろくじけそうだ。

小屋を出てから、どのくらい歩いたのかしら?

木の幹に、小刀で『十九』と目印を刻み、私は溜息を付いた。

そして、噎せ返るような臭いに気付く。




「血の臭い、何処からッ・・・向こう?!」

最悪の状況を覚悟して、私は発信源に向けて走った。



そして













「きゃああぁっ・・・!!」

少し前の覚悟は呆気なく砕けて、甲高い悲鳴を上げた。

上げずにいられるはずがなかった。














「こ、こんなの・・・酷い・・・」

そこには、血の水溜りが出来ていた。

乱雑に着物も残されていて、血にびっしょり浸っている。

よく見ると、血の紅に染まったそれは、粗末な麻織りらしい。

きっと北州の何処かの村人のものね。

でも、目の前に広がる光景は、理解に苦しむものだ。


だって、どうして?











「・・・どうして、遺体が何処にもないの?」



人間だけが、いなかったから。

まるで服だけ脱いだように、綺麗に消えていたのだから。











「明らかに不自然・・・・・・あ、あぁッ?!」

小刻みに震える唇が、悲鳴に近い声を紡いだ。

私は、ある女性の言葉を思い出した。











―― そうか、大蛇。



きっと、大蛇が人間を食べたんだわ。

北州に入ったばかりの頃、少女の母親が言っていたもの。

”大蛇は、人肉を好んで喰らうのだ”と。











「うっ、く・・・・げほ・・・ッ・・・」

あまりの気分が悪さに、私は木の根元に寄り掛かった。

そして、ひとしきり吐いて溜まった涙を拭う。




衣類の数から言って、6・7人が犠牲になっている。

大人だけじゃない、子供の羽織だって混ざっていた。

悪い夢だと思いたい。

でも、決して醒めることはないんだ。


だから、早く小屋に戻って、遥達に知らせなくちゃ。

生存は見込めないだろうから、せめて供養だけでもしてあげたい・・・

でも、吐き気が治まらず、足が少しも動かない。









人の死に触れたのは、初めてじゃない。



戦や蜂起があれば、大勢の人が死ぬ。

疫病が流行れば、村の一つや二つ簡単に死滅する。

私自身も、何度も暗殺されかけたし・・・

私の父親だって、昔に死んだと聞かされている。



でも、途端に恐ろしくなった。

『死』がこんなにも惨くて、身近なものだったなんて・・・

なんて恐ろしいの・・・








私は、その場に倒れた。















大蛇は人を喰らい、力を蓄えている。

私達の知らないところで、動き出しているんだ。



『焦る必要はない』なんて、もう思えないし・・・

思っていては、いけないのね。










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執筆後記
試験が終わったので、やっと更新できました!
毎度のことながら、いつもお待たせして申し訳ありません(^^;)
未だに更新を待っていて下さる方が、何人いるか分かりませんがっ・・・
と言うか、もう大半の読者様には見放されていますよね><;
トホホ、もっと早筆の創作家になりたいです。
ついでに語彙が豊富で・・・と、ない物ねだりしても仕方ないですよね;
これから、まだまだ精進しなくちゃいけませんね!

えーと、この13話から月環編の第3部に突入しました。
(1部は1〜4話まで、2部は5〜12話までの区切りで書いていました)
クライマックスへの導入部なので、いつもと雰囲気を変えて書いたのですが・・・
何ともまぁ、時間経過が分かりにくい話になってしまったorz
「遥・・・ねぇ〜」から「〜風上に進んだ」までは桜の回想なのですが、分かりました?
うー、こんな風に補足しなくちゃ読めない小説ですいません;

この話の感想・・・と、特にない(涙)

あ、本当は、この話に遥を出す予定はありませんでした。
でも、遥がいないと何か寂しくて・・・結局、出してしまいました(コラ;)
贔屓しすぎと思うのですが、今から4章が待ち遠しいですー♪
4章では、遥の故郷にも帰りますし、彼の色んな面が見えると思います。
乞うご期待・・・
し、しないでくださいね(滝汗)