第二十一話 「狂花の宴」








「戯れはそこまでになさい」


力を月環に注ごうとした、まさにその瞬間・・・

女神は、焔に厳しく告げた。






「全く、馬鹿なことをしたものですわね」

明るくひょうきんな声音とは別人のように、雰囲気は鋭かった。

まるで、研ぎ澄ました刃の切っ先のように。

「申し訳ない。不遜な振る舞いを・・・」

そう頭を垂れた焔に、女神は細い手を伸ばした。

そして、焔の髪をサラリと撫でながら、華やかな微笑を零す。

「あなたが禁を犯して、無事に済むとでも思って?」

「そうじゃない、俺はただ・・・!」

大事な人を守りたかったから、と言う言葉は遮られた。

「あら、嫌だ。口答えなさるの?」

焔は女神を見上げ、ただ歯を食いしばっていた。

大量の汗が頬を滴って、見えない重圧で両足が竦む。


「あなたの役目は高天原の統轄・・・それ以上も、以下も無くてよ?

たとえどんな理由であろうと、私情を挟んではいけませんわ。

よって、掟に倣い、あなたに罰を下します」


「処罰は受ける。だが、今しばらく俺に時間を」

そう食い下がった焔を、金色の光が包んだ。

四肢には強固な戒めが填められ、全身は鎖で雁字搦めに・・・

一瞬で焔の力を封じてしまう、恐ろしい力だ。


「焔。しばしその身を休め、独房の中で反省なさいな」

そう言い残し、被きを翻して、女神は光の中に消えた。

その後もずっと、彼女の高笑いが聞こえるような気がした。



恐怖に、縛られたまま・・・














「そうして焔は、今は喋ることすらままならない」

竜神様は、そんなに弱っていたのね。

「自分の力を封じられちゃって、焔は焦ったよ。

崩れかけの月環を助けようにも、出来なくて・・・だから・・・」

陽くんが次に紡ごうとした言葉は、予想が付いた。

不完全な反魂術で復活した命を保つために・・・

「宝玉・・・を使ったの?」

ささら様が以前、『宝玉は竜神様の力の源』って言ってたもの。

宝玉をどうにかしたら、力が少しは戻るんじゃ?


「当たり。何、珍しく冴えてるね」

珍しく、だけ余計だと怒鳴りたいのを抑えて、また耳を傾ける。

「宝玉には、かなりの神通力が注がれていた。

だから、そのうちの1つを月環に下げ渡したんだ」













女神が消えた直後のことだ。









――― 陽、聞こえるか・・・?








「焔、お前無事だったのか?!」

微かな呼び声に、俺は気付いたんだ。

そして、力を振り絞って告げた、最後の言葉は・・・












「”剣を月環に渡せ、お前が補佐をしろ。大蛇は殺すな”

俺はすぐさま剣を北州まで運び、月環に預けた。

記憶までは戻らなかったけど・・・おかげで、月環は消滅を免れた」

祈るような想いで聞いていた私達は、肩を撫で下ろした。

だから『でも』と言われた瞬間の落胆も大きかった。



「でも、復活の代償は大きくてね・・・

宝玉に封印されていた大蛇と、交わる形になっちゃった」

大蛇は・・・宝玉に、封じられていたの?

私はずっと、宝玉から生まれた妖怪だと思っていた。


「焔は、大蛇のことを知っていた。

でも、大蛇と交わってでも、月環に長く生きて欲しかったんだ。

大蛇を殺さない限りは、月環も生きていられるから・・・」

彼らの言葉が、私の胸の鍵穴に触れた。


























「ちょっと待って」






















「・・・月環の死は・・・私が、宝玉を取り上げたせい?

だから、力が途絶えて、月環は体を維持できなくなったの?」

あの時の景色が、瞼の裏を鮮やかに染める。

昂ぶった大蛇を制御するために、私が、月環から剣を・・・


「・・・まぁ、言ってみれば、そうだね。

剣を手にした姫巫女が、大蛇を始末しちゃったから」

私は、地面に膝を付いた。

枯れたはずの涙が、視界を一気に滲ませる。









私が月環を殺したようなものだ。







あの時は、それしかないと思ったの。

大蛇の痣で苦しむ月環を、見ていられなかった。

誰かが、大蛇の心を鎮めてくれたらって・・・



でも、違う。

そんな結果になるなんて・・・











「でも、俺は良かったと思ってるんだ」

陽くんは、ケロッとした声音で漂々と答えた。

「どうしてッ?!」

「あのままだったら、月環は痣に絞め殺されてたよ。

でも、苦しみから解放されてさ、月環は笑って逝けたんだから。

あんたが取った行動は、強ち間違いじゃなかったんじゃないの?」

「俺もそう思う、かな。

そもそも術で生き長らえても、それは本当の『生』じゃない。

月環なら絶対に、そんな不自然な命は嫌だと言うさ。

感謝こそすれ、咎めることは無いだろう」



月環も、そう思ってくれたかしら・・・?

それが本当なら、どれだけ救われるか知れないわ。



「あんたがここに来たことは無駄じゃなかった。

俺も、きっと月環も、この結果が一番良いと思うから・・・

だからさ・・・役立たずって言ったの、取り消してやるよ」

「陽くん・・・」









”無駄じゃなかった”







本当?

本当に・・・?






私がここに居ること。

月環にしてきたこと。


全て、何かに繋がったのだろうか?











「それに、俺は諦めたわけじゃない。

これから一度、焔の所に戻って、月環のその後を調べるよ。

月環を連れて行った歌詠の真意も、巫女のことも・・・」

「一緒に来ないのか?」

縋るように見ると、陽くんは面食らったように瞬いた。

「俺達、いつからそんなに仲良くなったんだよ。

でも、月環のことが分かったら報告しに来てやるよ」

「嘘は駄目だからね、きっとよ・・・?」

永の別れが立て続けに来るのは、辛過ぎるから。

私の気持ちを汲んだのか、彼も頷いた。




「それから、宝玉のことを教えないとね。

あんた達は宝玉を集めてるって言ってたけど、何で?」

それは、あの日に遡る。

「ささら様が、私に教えてくださったのよ。

竜神様の力が弱っていて、高天原の守護が弱っているって。

だから、力の源である3つの宝玉を渡してって・・・」



そう言うと、陽くんは突然














「奴らしい、汚い手口で誘い込んだもんだね」




嘲けるように、クッと笑った。














「それ、どう言うこと・・・?」

「あんた達はまんまと奴に騙されてる、ってこと。

言っとくけど・・・3つの宝玉は、焔の力の源なんかじゃないよ」

「なッ・・・じゃぁ、何だって言うの?!」

人間が驚きの度合いで死ぬとしたら、私は今、死んだはずよ。

この瞬間、そんなことを思うくらい衝撃が走った。


「確かに、宝玉には神通力が注がれてる。

でもそれは、大蛇を抑制し、封印するために使った力だよ。

月環の命を繋げるくらいは出来ても・・・

力の源だとか、ましてや一国を救うようなものじゃない」




私が聞いていた話と、違う・・・?

信用するな、と言った陽くんの言葉が鮮明に蘇る。




「奴は、よっぽど宝玉が欲しかったんだね。

『国を救うため』とか言っとけば、回収を断られる心配はないし」

呆気に取られて、身動きが取れない。

喉が、空気を通すことさえも拒んでいるみたい。

「・・・ささら様は、どうして宝玉を欲しがっているの・・・?」




高天原を救うためでないなら、どうして?




「さっき、大蛇を宝玉に封じ込めてたって言ったろ?」

「ああ・・・確かに、そう聞いたな」

ささら様への猜疑心も、どんどん広がっていく。

どんなに柔軟な思考回路だって、はち切れそうよ。








「あの大蛇って言うのは、実は・・・」
























―― ドクンッ・・・!






”実は”の続きは、唐突に遮られた。



彼の小柄な体は、地震でも起きたように大きく跳ね上がる。

見えない力に躍らされているようにも見える。
















「よ、陽くん・・・?!」

そう名前を呼んだ瞬間、眼前には龍が現れた。

瞳は血走って、引き千切れそうなほどに開かれている。

そして、立派な尾をバタつかせながら、苦しげに唸る。




「ほ・・・焔の力が、急激に弱まりだした。

主人が死ねば、その力を授かった眷族も死ぬんだ。

つまり俺も・・・だから、俺には、焔の窮地が直で伝わ・・・」

「竜神様に何か・・・いえ、今はあなたの方が」

その間にも龍はもがき、鱗を掻き毟っていく。

そして、金色の鱗が、パラパラと地面に無残に落ちた。

「安心しなよ、俺だって簡単に死にやしないよ。

それより、あの宝玉の回収は・・・」

語尾は濁って、上手く聞き取れない。

彼が振り回す尾が、風を切っていることも理由だった。

「何、よく聞こえないのっ・・・どうしたの?!」












「うわっ・・・!!」


一陣の風が鱗を巻き上げた。

そして、問い掛けも虚しく、彼の姿は消えた。










「陽くんッ!!」

落ちてくる鱗が、まるで黄金の花のようだ。

でも今は、そんな雅やかな情緒に浸っている場合じゃない。

「は・・・遥、光一郎・・・どうしよう、ねぇ?!」






陽くんに・・・



竜神様に、何が起きたって言うの?

















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執筆後記

前の話(20話)を公開した後・・・
「種明かしは、絶対最後だと思っていた」と、大勢から言われました。
皆で示し合わせたように同じことを言うので、思わず爆笑してしまいました(笑)
まぁ、今までずっと引っ張ってきたので、そう思われて当然でしょう。
ただ、いい加減、お客様もストレス溜まってるだろうなぁ、と思いまして(汗)
少しだけではありますが、ネタをばらす事にした訳です。
が、色んな方に言ったのですが、この種明かしはまだ序の口です。
大事な所は、今まで通り性悪くずーっと引っ張るつもりです(コラ;)
なので、最後まで気長にお付き合い頂けたら嬉しいです///

あー、しかし・・・花降、好きです(突然何を)
宮や花降のような独特の口調のキャラは、書いていて楽しいのですよね。
花降は言わば黒幕的な存在なので、ラスト辺りは頻出です。
なので、今から楽しみで楽しみで仕方がないですー♪
あ、ちょっと怖そうに書いてありますが、優しいいい神様ですよ><;
ひょうきんだけど仕事には厳しい、が花降のコンセプトです。

3章終了まで、あと残すところ2話になりました!!
これをアップし終えたら、すぐに22話の公開準備に取り掛かります。
すぐにアップするので、パソコンの前でお待ち頂けると嬉しいですっ(≧□≦*)