第五話 「石の棺」







「こりゃ・・・ひどいな、ほとんど獣道だ。」



”北州は、発展途上の山岳地帯”

知ってはいたけど、私達は目の前の光景を見て息を呑んだ。

整備されてないと言うより、全く手付かずの森じゃない。



「そうね、こんな所に人が住めるのか不思議だわ。

婦人が教えてくれた青年って、本当にここにいるのかしら?」

縦横無尽に伸びた枝が、私の頬を掠っていく。

「よっぽど野生的な奴なんだろ。」

「冷静に話が出来る人だといいんだけど・・・え?!」

そう言った途端、体が大きく跳ね上がった。







「きゃぁっ・・・!!」


正確には私のじゃなくて、翠の、だ。

切り株か何かに蹄を引っ掛けて、体勢を崩したらしい。


前のめりの揺れに、私は地面へと顔面から落ちた。







「い、痛たた・・・」

「どうした、大丈夫か?」

尋ねられて体に触れても、大した怪我はなかった。

顔が凍えるくらい冷たいけど、雪が積もってて良かったわ。

私は馬越しに見える遥を仰いで、手を振って見せた。

「平気、もう落馬にも慣れたもの。」

「お前な・・・それ、何の自慢にもなってないぞ。」

呆れた視線を無視して、私はお尻の雪を払う。

すると、視界の端に、無骨な石の塊が飛び込んできた。


「ああ、この岩が原因みたい。

あら・・・ねぇ、これって、もしかして・・・お墓じゃないの?」

雪を落とすと、岩の側面には文字が刻まれていた。

指で辿ると、成形された跡も良く分かる。

「まずいわ、墓石をひっくり返しちゃったみたい、早く直さないと!!」

慌てる私を他所に、遥は冷静に岩の観察を続けていた。

「遥ってば、少しくらい手伝」




「・・・名前が消されてるな、故意に。」




「消されてる・・・?」

私の呼びかけを遮った声は、いつになく真剣だった。

「鉤爪か何かで削った跡がある。

随分と粗末な造りだし・・・ほら、ここに罪の焼印が押されてるだろ。」

「じゃぁ、このお墓の主は・・・罪人、ってこと?」

罪人?

「でも、それっておかしいわよね。

どんな罪人でも必ず、都外れの墓地に埋葬されるはずだもの。」

死人は平等にきちんと葬るよう法律があるんだから。

「法律が出来る前のことか?」

「こんな深い山奥になんて、一体誰が・・・」


そう、言いかけた時だった。












――― ドクンッ・・・









胸を鷲づかみにされた感覚だった。

心の深い場所で、波紋が大きく広がっていく。






頭の芯が蕩ける・・・












「いきなり黙りこくってどうした?」

「いいえ、何でもないわ・・・ねぇ、お願いがあるの。」

「何だよ、妙にしおらしくて気味悪いな。」

「あのね・・・」








私が、少し先に行ってくれと遥を促した。

私が、馬を引く遥に穏やかな笑顔で手を振った。

私が、去っていく遥の背中を見送った。

私が・・・







違う、違うの・・・



それは、私じゃない・・・!!

どうして、私の声が遥に聞こえないの!?

私の体なのに、どうして自由に動かせないのっ・・・







きっと、そうだ・・・

私以外の誰かが、私の中にいるんだわ。


































「・・・・・・・・・き・・・」

幾筋もの涙が、緩やかに頬を伝っていく。

そしてその場に泣き崩れて、冷たい墓石を抱きしめる。

微かに震える腕と、白い頬を寄せて。






「・・・瑞貴、なんでしょう・・・?

ねぇ、私、帰ってきたのよ・・・あなたの所にっ・・・」






たった一言の別れさえ言えなかった。

亡骸のない葬儀にさえも、立ち会えなかったわ。

私は・・・何も、出来なかった。






あなたを、こんなにも愛しているのに。






昨日、隣で笑ってくれた人が

もう、何処にもいないなんて・・・悲しすぎるわ・・・

寂しくて、悔しくて、自分が情けなくて・・・






狂わずになんていられなかった。

来る日も来る日も、考えるのはあなたの事ばかり・・・








「ねぇ・・・姿を、見せて・・・?

お願い、逢いたいの・・・・逢いたいっ・・・!!」









――― 泣くなよ・・・ささ、ら。





























「なぁ、お前、本当に大丈夫なのか?」

馬上の遥は振り返って、訝しげに私の顔を見る。

「大丈夫かって・・・何が?」

「何がって、さっき様子がおかしかっただろ。

口調も妙に大人しくて・・・あぁ、腹でも壊してたのか?」

「ちっ、違うわよ、どうしてそう言うことしか言えないの?!」

カチンと来て手折った木の枝を数本投げた。

すると、それを遥はヒョイとかわして、不思議そうに言う。

「ほらな・・・これがいつものお前、だろ?」

遥が私の身を案じてくれているのが、よく分かる。

それは嬉しいけど、私・・・

「私、変なのよ・・・さっきのこと、よく覚えてないの。」

「は?」

つい一刻程前だぞと言いたげな顔を浮かべる。

「そりゃ、私だって戸惑ってるわよ。

急に意識が遠のいて、体が自由に動かせなくなって・・・」

「お前『先に行ってて、ね?』って言ったろ?」

無理して女声を搾り出す姿に呆れつつ、私は続けた。

「・・・それ、私じゃない。」

「はぁっ?!」

遥はきっと超常現象が苦手な人種だわ。

冷や汗をかいて、すっかり瞳孔が開いてるもの。

「私の中の誰かが、遥と話してたの。

”私”が話してるのを聞いてたけど、私が話してたんじゃない。

我に返った時には、泣きながら翠に乗ってたの。」

「あー、待った・・・頭が回らねぇ。

・・・まぁ、あれだな、お前は昔から普通じゃなかったし。」

「もうっ、何それ・・・人が真剣に話してるのに、冗談は止してよ!!」

一しきり怒鳴り終えると、遥は安心したように笑う。

「よし、怒鳴る元気があるなら大丈夫だ。

墓で起きたことは、狸にでも化かされたと思って忘れちゃえよ。」

遥は大きな掌で頭を撫でて、最後に2度叩いた。

「何よ、お兄さんぶっちゃって・・・」

「子供の頃から面倒見てた俺が言うんだ、間違いないさ。」

「うん、ありが・・・あぁっ、髪がぐしゃぐしゃ!!」

「ははっ、山姥が出た!!」



遥のおかげで、随分と楽になった。

励まそうとしてくれた気持ちが、本当に嬉しかった。



でも、忘れるなんて出来ないわ。



私の勘が言ってるのよ。

あのお墓には・・・きっと、何かあるはずだもの。










「・・・遥、ちょっと黙って!!」



「はいよ、山姥姫の仰せのままに・・・」

「冗談言ってる場合じゃない、何か聞こえるの!!」

耳に両手を添えて、瞳を閉じてみた。

すると、微かだけど、確かに楽器を鳴らす音がした。

「何だ、妖怪か?!」

遥の表情は一変し、即座に身構えて刀に手をかけた。

「いいえ・・・鳴ってるのは、笛の音だわ。あっちよ!」

一歩踏み出すと、遥が袖を引く。

「待った!ここからは徒歩だ、あまり音を立てて刺激したくない。」

私は頷いて、2頭の手綱を幹に縛るのを手伝った。



「いいか、お前は俺の後ろから来い。」

そう言って、雪に覆われた茂みを掻き分けて、遥は奥へと急ぐ。

後に続く私のために小枝を払いながら・・・

それなのに、少しも足音が響かないのは流石だわ。

おかげで、音の発信源がよく分かる。

「・・・止まって、近いわ。」

小声で呼び止めると、遥は黙って頷く。

そして、茂みの隙間を潜って、音の先へ視線を流す。


私も黙って覗こうとした時だった・・・













「あんたらさぁ、そんな所で何してんの?」













「・・・なっ?!」

私と遥は、一瞬にして凍りついた。





何の音も気配もなかったのに・・・

背後には、珍しい金髪の少年が立っていた。










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 執筆後記

 今回は、何とか早めに更新できました!!
 いつもの「遅くなってすいません」云々の台詞は言わずに済みます(笑)

 ど、どうでしょうか、楽しんで頂けましたか・・・?
 墓石シーンの続きは濁したので、文句を言われそうな感じですが(汗)
 分からなかった方のために解説すると、あれは瑞貴の墓石です。
 巫女を誑かしたので、罪人として葬られたんですね。
 名前を消され、罪の焼印を押されて・・・
 気絶している間のことだったので、ささらは瑞貴の墓所を知りませんでした。
 一章4話を読み返して頂けると、理解し易いかと思います!
 そして、今回やっと、北州に埋葬された瑞貴のところに辿り着いたわけです。

 
「墓石を抱きしめて泣く」って言うのをずっと書きたかったんです><*

 
と言うか、このシーンの挿絵がほしい!!!

 誰か描いてくださらないかなー・・・
 と、脱線しましたが、自分的にはとても満腹の回でした。
 ささらが桜の体を乗っ取った辺りの経緯は、後々明らかになります。
 その時まで、気長にお付き合いくださると嬉しいです。
 伏線張りすぎててすいません・・・(汗)

 後半は、やっとこさ北州主要メンバーが登場。
 ここまで長かったです、登場するまでに5話も費やしてしまいました・・・
 北州編は、多分20話くらいまでいきます;;
 長いっ・・・でも、戦闘シーンは削りたくないし、短くするとショボイ話になる。
 頑張って読んで付いて来て下さったら、これ以上に嬉しいことはないです!!汗

 さて、次の話もなるべく早めに仕上げられるよう頑張ります。