第四話 「花散天女」







廟内は、外光を遮断し薄暗い。




「女童、灯りをここへ持っておいで。」

篭りきりだった唯月は、数日振りに侍女を呼んだ。

すると少女はゆっくりと灯籠を運び込み、祭壇に向かって頭を下げる。

「占いは・・・神のお言葉はいかがでした?」

一心に灯りを見つめる唯月は、静かに、そして深く溜息をつく。

「私には、もう何も聞こえはしないだろう。」

「はぁ・・・あの、それは・・・?」





今は、あらゆる音が静寂を保ったまま

いくら祈っても、竜神の声など聞こえはしなかった。

その原因は分かっている。


あの少女の柔和な視線が、邸を包んでいるから・・・





「・・・王族は、呪われている。」

唯月は裾をたくし上げて、すくっと膝立ちになった。

「りょ、慮外者・・・一体誰の仕業です?!」

落ち着き払った唯月とは裏腹に、少女は甲高い声を発した。

「厳重に処罰をしなければ・・・!!」

「騒ぐな・・・もはや、この世の者ではないのだから。」




あの者には何も出来やしない。




虚しい死霊にすぎないのだから、と

この時までは、確かに・・・そう思っていたのに・・・



























「そなた、何用でここへ参った?」

少女の威圧感に身が竦むのを、私は何とか抑えた。

すると、姫巫女を名乗る少女は屈託なく笑う。




本当に、これが国を救った巫女なのか?

伝承では、心穏やかな盲人だったとだけ伝え聞いたが・・・

この者は、年端も行かぬ少女ではないか。




「何故、そのように笑う?」

真意は定かではないが、この少女は危険だ。

ぶ厚い袖越しにも分かるほど鳥肌が立ち、総毛立っている。

「ふふっ・・・だって、随分おかしな質問なんだもの。

土地を護ってきた私がここに居ることに、何の不思議がありましょう?」

「・・・では、何故、今頃になって姿を見せた?

一時の気紛れならば、臣民が怯えぬうちに、また身を隠してほしい。」

毅然とした態度で窓を開け、私は雪深い外へと手をやった。

「そなたは本来、ここにいてはならぬ存在であろう?

御霊を祀った社へ戻られよ、さぁ・・・」

そう言った瞬間、姫巫女の顔から柔らかい微笑が消えた。

代わりに、その表情には・・・











「・・・あなた方は、また私に消えろと言うの?」









あの時と変わらない言葉で。

あの時と同じように、私の居場所を奪うのね・・・












「・・・人違いだ、何の話か見当も付かぬ。」

初めて見せる切なげで年相応の表情に、私は一瞬たじろぐ。

だが、そんなことに動揺して隙を作る訳にはいかない。

「ねぇ、人間は自分勝手な生き物ね。

誰かを犠牲にしながら、屍を踏み、他人事のように生き延びて・・・

あなた方の罪は、きっと永遠に消えないのでしょうね。」

「・・・我々の罪、だと?」

眉間にしわを寄せ、少女に鋭い視線を送る。

しかし気付かなかったのか、姫巫女は長い睫を伏せて続けた。

「いつも奪う立場のあなた方には、分かりっこないわね。

私が身を投げ出して護っても、己の犯した罪を省みもしないんだもの。」

「そなた・・・私に何と言わせれば満足なのだ?」

脳内で、一筋の回路が繋がった。

「そなたに護られ国が繁栄したのは、疑いようもない事実であろうよ。

当然ながら、そのことには私も民も感謝している・・・しかし」

今更のこのこ現れたのは、過去の逆恨みだろう。

成仏できず、数百年もの時を彷徨い・・・

「しかし、”護ってやった”と、今になって恩を着せられても困る。

そなたは、自ら進んで竜神に嫁いだのであろう?

そなたが抵抗していれば、当時の土地頭とて無理強いはせなんだ。

そのことで一方的に恨まれるのは不愉快だ。」

少女を取り巻く愁いを帯びた空気が、一変して鋭く尖った。

きつく噛み締めた唇からは、紅く血の痕が滲んでいる。



「・・・あなた方が・・・そう仕向けたからよ。

平穏も、故郷も、居場所も、愛する人達までも・・・私から奪って・・・

私が生きられないように仕向けたのよ・・・!!」










炎は・・・まだ、消えていない。

あなたのために焦がした、憎悪の炎が・・・







私、こんな結果を望んだ訳じゃない。

本当はね・・・ずっと、生きていきたかったのよ。

光が飾ったあの場所で。





だけど、他にどうすることも選べなかったんだもの。





帰る場所なんてなかったから。

独りぼっちの闇夜が、とても怖かったから・・・











「ねぇ、あなたは何でも持っているでしょう。

それなら・・・あなたの大切なもの・・・一つくらい、私に頂戴?」






え・・・?






囁いたかと思うと、少女の輪郭がぼやけ出す。

微笑んだ淡い唇の端は、曰く有りげに孤を描いている。


「そなた、一体何を・・・ま、待て・・・!!」










――― パァンッ!!

大音響とともに、格子と窓が弾け砕けた。





「くっ・・・!!」










衝撃で後ろに倒れると、腕に鈍い痛みが走る。

見ると、咄嗟に顔を庇ったためか、掌大の破片が刺さっていた。

「・・・・・う、あッ・・・!!」

私はそれらを引き抜き、顔を歪めて血を唇で吸い取る。

「ご無事ですか、今すぐに医師をッ・・・」

「大事無い・・・しかし、今の少女は・・・一体・・・?」

緊張のせいなのか、傷のせいか、全身が火照って痺れている。

情けないことに、腕の震えも速度を速めた。

「狐につままれた気分だ・・・」

「夢幻の類ではありませんよ、宮様から奪うと・・・」

手拭いで迅速に止血を施しながら、唯月は不安げに言う。












私の・・・大切な、もの・・・だと?










「・・・まっ、まさか・・・!!」

思い当たる人影が、すっと脳裏を過ぎった。

その瞬間、電気のような衝撃が体中を走っていく。









桜?!


あやつの狙いは桜か・・・!!










「・・・え、ええいッ、私はどうしたら?!」

桜ほど大切なものなど、この世にあるものかっ・・・

普段の平常心を手放した私は、苛立ちに任せて机を叩いた。

「宮様、ご心配なさいますな!」

一足先に落ち着きを取り戻した唯月が、背中を摩る。

「先ほどの話を覚えておいでですか?

北州の月環と申す若者・・・彼の者が、怨霊を惹き付けているのです。

彼の者を討ち取れば、桜姫のお命も安泰かと・・・」

顔を見合わせ唯月は力強く頷いて、低めの声を張り上げた。

「誰か、光一郎をここへ!!」







あやつ、私から・・・



その先を考えると、背筋に怖気が走った。

冷え切った頬から、生気が抜けて行くのが分かる。












―― バンッ・・・



執務室の扉が、勢いよく開け放たれた。

そして、一体の影が緊迫する室内に飛び込んでくる。

普段なら、恥を知れとたしなめる場面だが、今はそれ所ではない。









「挨拶抜きの無礼、お許しを!!」

影の正体こそが、剣術指南役の光一郎だった。

薄手の黒装束に屈強な身を包んだ黒髪の青年は、素早く跪く。


「光一郎、よく来てくれた・・・」

「その出血・・・如何なさいました、御方様?!」

忠誠の証として手の甲に一度口付け、光一郎は慌てて問う。

しかし、答えようにも私の歯は噛み合わず、全く言葉にならない。

すると唯月が光一郎の前に立ち、

「特命だ、即刻そなたは北州へ向かうのだ。

そして、月環と名乗る若者を成敗し、奴の首を取って戻れ。」

と、代理としてあくまでも冷静に告げた。

光一郎は、堂々として躊躇う様子もなく御意と一言返した。

それを聞くと、やっと四肢の震えが微弱になる。

「しかし、御方様・・・一体、何に怯えておられるのですか?」

光一郎は凛々しい面立ちをしかめて、深く首を傾げた。

当然だ、当の私とてまだ信じられぬのだ。

国主たるこの私が、こんなにも心を揺さぶられるなんて・・・






桜には、遥が付いている。

あれは高天原随一の武術の使い手だ。

桜は、安心なのだ。




だが、この焦燥感は何だ・・・?!






「良いか、北州に着いたら桜を捜せ・・・

そして、一刻も早く・・・竜神の姫巫女の異変を知らせよ。」

国を離れることがまかり通らぬ私に代わって、どうか桜の安否を・・・

「・・・はっ、御方の仰せのままに!!」

光一郎は颯爽と駆け出した。

その頼もしい背中に、私は安堵の吐息を零す。







桜の所に、あやつは行く。

どうか・・・どうか、怨霊の手に掛かる前に・・・!!













嵐にも似た風の音が

その場に、繰り返し響いて消えていった。




まるで、姫巫女の高笑いのように・・・











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 執筆後記

 何度も何度も、しつこいくらい書き直しました(^^;)
 ささらが登場する話は、雰囲気が似てきてしまうので工夫がないなと・・・
 加えて、どうも辛気臭い内容になって全く面白くなくて。
 やっと「これならギリギリのラインか」と思えたので公開に至りました。
 予定してた1月末日を、1日オーバー・・・ぐあー、また有限実行ならず(汗)

 都サイドの主要メンバーが大好きなので、嬉しい回でした♪
 ただ、想像していたように巧く著してあげられず、残念な気持ちも残ってます。
 区切りが良かったので短めにまとめましたが・・・
 もっと膨らませたら奥が深まるかなーとか、今もなお思案中です;

 で、やっとこさ光一郎が登場しました!!
 声優募集が昔のこと過ぎて、皆さんお忘れかもしれませんが・・・
 声もイラストも、私のイメージに限りなく近いのでお気に入りのキャラです。
 脳から抜け出してきたような錯覚を覚えることも、しばしば・・・

 
一番のポイントは、宮を「御方様」と呼ぶ所(笑)

 戦国時代の主従みたいな響きで、何故だかすごく惹かれてまして///
 そして、宮の真意が徐々に明らかになってきました。
 宮は立場上、娘と言っても桜を甘やかすことはしませんでした。
 でも、決して愛情がない訳ではないんです。
 冷徹に接するのは、時代の国母になる桜への愛の鞭(?)と言うのしょうか。
 それを、桜は「嫌われている」と思い込んで避けています。
 でも、桜が5歳になるまでに色々あったので当然とも言えるのですが・・・
 あ、その話については遥番外編『追憶』に記載する予定です!
 2人のすれ違いにも、いずれきちんとした終止符を打ちたいと思います。
 思わず涙ぐむくらいググッとくるものに出来たらなぁと、無謀なことを考えてます(^^;)

 題名は『花散らすおとめ』と当てて呼びます。
 天女はささらと宮のことで・・・散る花は、火花と怪我した宮の血に引っ掛け。
 意味不明で難解なタイトルですね、『花嵐』か迷ったんですが・・・

 さて、次はまた北州サイドに戻ります。
 今後の光一郎の行動にも注目して頂けたら、と思いますv
 それでは、またお会いできたら幸いです!!