第十六話 「銀の鼓動」






宝玉を、無理に奪ってしまった。

侮蔑を含んだ、陽くんの視線を振り切って・・・

私に出来る精一杯だと、そう思ったから。



でも、私には分からない。

この時の選択が、本当に正しかったのか・・・














「お願い、早く大蛇を鎮めて・・・!!」

思わず息継ぎを忘れるくらい、必死だった。

罪悪感が心を塗り潰してしまう前に、何とかしてほしかった。

それを知ってか、ささら様は口早に告げた。



(ありがとう、宝玉を取り戻してくれて)

すると、甘い香りと温もりが体に溶けて・・・

ささら様の柔和な囁きが、久しぶりに耳の奥を撫でた。


どうやら、私の体に魂が戻ったらしい。












そして、瞬きをした次の瞬間

煌々とした青い光が、剣からドッと溢れ出した。


























―― ドクンッ・・・



ひときわ強い鼓動が、胸を打つ。

かと思えば、周りの景色が一気に白んでいく。




視界の淵から徐々に、霞んで・・・












(ふふ、ご苦労様。

桜姫・・・あなたは、良くやってくれたわ。

全てが終わるまで、深い眠りの中で待っていてね)












あぁ・・・何だか、とても眠いわ。

私は、鉛のように重い瞼を、ゆっくりと閉じた。












































「やっと・・・やっと、会えたのね」

桜は曰く有り気に呟いて、剣を抱き寄せた。

すると、剣もそれに応えるように、いっそう鮮やかな光を放つ。





桜・・・いや、違う。

目の前にいる少女は、桜じゃない。





「あなたは・・・あの、姫巫女なのか?」

喋ろうとすると、腹部の傷から全身に激痛が走る。

それでも何とか声を絞り出して尋ねると、桜はハッと振り向いた。

ああ・・・やっぱり、同じ顔をしていても決定的に違う。

桜は、絶対にそんな目で俺を見はしない。


「答えてくれ、桜はどうした?」

頑として繰り返すと、姫巫女は困ったように微笑んだ。

「あなたは、確か・・・遥、と言ったわね?

彼女は無事よ、胸の奥にいるから心配はいらないわ。

私の意識が表に出ている時は、眠った状態なのだけれど・・・」

その言葉を受けて、俺はホッと安堵の息を吐く。

「そうか・・・あいつが無事で、良かった」

すると突然、背後から猛烈な勢いで何かが飛んで来た。

風を切る音が、何とも小気味良い。





何だ・・・小太刀、か?





「一体何処から・・・おい、まさか!?」

ハッとして振り向くと、今まさに陽が次の刃を投げた所だった。

止める間もなく、2本の小刀が桜の頬を掠め、1本が袖を引き裂いた。


「次は心臓に当ててやる、さっさと剣を返せ!!」

陽の眼光はまったく衰えず、威嚇を続けていた。

「陽、駄目だ!」

「まったく・・・あなたは、物分りの悪い子ね」

桜はそう呟いただけで陽に背を向け、大蛇に向かって歩き出した。

その様子を見て、陽はすかさず新しい刃を構える。




マズい、陽を止めないと!!

姫巫女の意識が表に出ていても、あの体は・・・!




「止せ、あれは桜の体なんだぞッ?!」

俺が桜の前に立ち塞がると、陽は忌々しそうに唇を噛んだ。

傷付くのは桜の体だけだと、やっと分かったらしい。

「そう言うことよ、私の邪魔をしないで」

桜・・・もとい姫巫女は、いつもより若干冷たく言い放つ。

そして、歌のような何かを詠唱し始めた。

俺は慌てて身構えたが、怒声は陽の口からだけ漏れた。



「・・・く、そっ・・・離せよ!!」

陽は、何かに縛られるような格好で倒れた。

目に見えない、何かに。

逃れようともがくが、徐々にそれすら難しくなっているようだ。

「少しそこで大人しくしていてね?」

「陽、大丈夫か?! 姫巫女、あなたは何を・・・!!」

俺が飛び掛りそうな剣幕で怒鳴っても、姫巫女は答えない。

毅然とした様子で、真っ直ぐ大蛇に歩み寄っていく。

一歩一歩、凛とした足取りで。



その間は、まるで魅入られたように・・・

俺を含め、誰一人として言葉を発することはなかった。








「あなたは、何をするつもりだ・・・?」

「桜姫に頼まれたとおりに、大蛇の鎮魂の儀を」

姫巫女は、大蛇の白い巨体の眼前に立った。

警戒した大蛇が爪を振り上げて来ても、少しも臆すことなく。


「おい、危ないぞ・・・!!」

桜の身を案じて飛び出した俺に、片手で止まるよう促す。

口答えを許さない姿勢に、俺は黙った。

「私は平気だから、あなたは離れて待っていて」

そして、鞘からスラリと長い刀身を抜き払う。














”この人は確かに、古の力を持つ巫女だ”



襲い掛かる妖怪に気圧されることなく

凛として立つ様子は、そう思わせるには十分だった。

桜を包む気配も、一介の人間のものじゃない。















「悪戯はもうお終いにしましょう?」

巫女の言葉に、大蛇の動きがピタリと止まった。

同時に、露になった珊瑚色の刃が、ドクン、と強く脈打つ。




どう、なっているんだ・・・

剣の刃が、姫巫女の声に反応している?












「さぁ、大蛇、もう眠る時間よ?

一人歩きはもうおしまい・・・還るのよ、剣の中に」





巫女は右手に剣を抱き、左手を伸ばす。

そして、細い指先で大蛇の白い外殻にそっと触れた。




すると


















「何だ、大蛇が消えていく・・・?!」



大蛇の輪郭が、瞬く間に崩れていった。

そしてその場には、無数の光の粒子だけが積もっていく。


サラサラと、音を立てながら・・・















「夢でも見てるのか?!」



夜の闇に覆われた森が、光の苔で包まれていく。

朝日が差したように眩い、青い光で・・・



「あなたは、一体何を・・・?」

極限まで目を見開いて、そう問いかける。

目の前で起きた不思議な出来事は、俺には理解し難い。

巨大な大蛇が、一瞬で光に変わったなんて・・・



「この光は大蛇の命、と言うところね。

私が大蛇の命を吸い出して、剣の中に眠らせたの。

魂は浄化されたから、もう外に出て暴れ出すことはないわ」

その証よ、と言って姫巫女が剣を差し出してきた。

見ると、珊瑚に似ていた刀身は、今では真っ青に変化している。

これが、大蛇を封印した証なのか。

「本当にもう、大蛇は封印されたんだな?」

「疑り深いのね、あなたは」

俺は何度も念を押し、姫巫女はそれを見て無邪気に笑う。

仕方ないだろう、超常現象の類は苦手なんだから。

「大丈夫、彼を蝕んでいた者は消えたわ」

背後で横たわる月環を、ちらりと見て姫巫女は言う。

その視線に続いて、俺も月環を横目で見て、ホッと安心した。

悲鳴は、安らかな寝息に変化していたからだ。


「月環は助かったんだな・・・あ、おい?」

陽だまりのように和んだ空気は、その一瞬で遮断された。

姫巫女が、真っ青に変色した剣を天に掲げたからだ。

その様子は、明らかにおかしい。




「ふふっ・・・」

姫巫女は、満足げに微笑む。

まるで、何かに取り憑かれているようにも見えた。


「その剣を、どうするつもりだ・・・?」

嫌な予感がして、巫女を止めようととっさに剣に触れた。

すると、剣は凄まじい冷気を帯びていた。







「・・・う、あっつ・・・!!」

剣に触れた一瞬で、利手の指3本が爛れてしまった。

赤く腫れ上がり、数箇所が凍り付いている。






「この宝玉は、私が桜姫に集めるよう頼んだもの。

来たる日・・・三つ全てが揃う日まで、私が預かっておくだけよ」

俺は凍傷になった手を抑えながら、姫巫女を見た。

戦場で養った勘が、俺に何かを訴えてくる。


嫌な、予感がする・・・!!








「まずは一つ目」

姫巫女は剣を掲げ、指に力を込める。

真っ青に染まった刃の中央に、大きな亀裂が走った。




俺は、すかさず剣に向けて駆け出す。











「止せッ・・・!!」

















―― パァンッ・・・!!


剣を掴んだはずの俺の手は、虚しく宙を掴んでいる。

寸での所で、宝玉は粉々に砕けた。





止められなかった・・・
















「ふふ、ふふふっ・・・!!」

姫巫女は、恍惚として高らかに笑った。

だが、天女の微笑は消え、今は不気味な影が宿っている。

この少女は・・・一体、何なんだ!?


「あなたは、何てことを・・・う、あッ・・・!!」

姫巫女を詰ろうとした強い言葉は、激しい咳で遮られた。

腹部の爪跡が、思い出したようにギリギリと痛む。


「あなた、何て酷い怪我を・・・」

「触れるな!!」

心配そうに差し伸べられた手を、俺は払った。

あんな不穏な微笑を見せられれば、誰だって警戒するだろう。

だが、姫巫女は全く気にした様子はなく


「無理をしたら、桜姫が心配するでしょう。もう喋らないで?」

子供をあやす様に囁いて、俺の唇に指で触れた。


「なっ・・・!!」







―― ドクン・・・


不覚にも、胸が大きく高鳴った。

今も、喧しいくらいに心臓が跳ねている。







「応急処置をしましょう、傷を見せて」

姫巫女の笑顔は、元の『天女の微笑』に戻っている。



さっき、全く別人の姿が見えた。

豊かな桃色の髪の・・・艶やかな、少女。

あれが、姫巫女の本当の姿なのか?



「・・・あ、あの、俺は」

「子供みたいに駄々をこねないで、ね?」

俺は半ば無理やり押し倒されて、手厚い看護を受けた。

行動も存在も目的も、その全てが謎な少女の。

「あなたに一つお聞きしたい。

あなたは本当に、土地を護るために宝玉を探しているのか?」

「ええ、そうでなければ何なの?」

間髪いれず頷いた優しい表情に、嘘はない。

ふと感じた嫌な予感は、俺の思い違いだったのか?

「馬鹿な質問をした、忘れてください」

「ふふ、あと二つ・・・あと二つの宝玉を、手に入れてちょうだい?」


あと二つの宝玉を、俺達の手で・・・






























懐かしい、声だ。

ずっと遠い昔に・・・愛した、声。









ささ、ら・・・そこに、居るのか・・・?
























―― ビクンッ・・・!!



姫巫女の表情が、一気に歪む。

カタカタ、と微かに震え出したのがよく分かる。

今まで普通に話していたはずなのに、どうしたんだ?









「どうかしたのか?」

恐る恐る尋ねた俺が見たのは、涙だった。

瞳に涙を溜めて、姫巫女は瞬きさえせずに一点を見つめている。







一体、何を・・・?



















「み、ずき・・・?」


姫巫女の瞳の先には、横たわった月環がいた。












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執筆後記

この回は、3章で書きたかった場面ベスト3に入る見せ場でした!
お楽しみ頂けたかどうか、読者様の反応が気になるところです(どきどき)

ささらが大蛇を鎮めるところを、ずっと書きたかったんです。
大蛇の残光を浴びるささら、キラキラ光る夜の木々、それを見つめる遥達・・・
体が崩れて、光の粉になって・・・と言うのが、綺麗かなと思いまして(安直)
「散々引っ張ってきた大蛇のラストがこれか」と、幻滅されたかもしれませんが><;

すいません、呆気なくてショボショボで・・・!!

描写は一瞬でしたが、鎮魂には1時間くらいかかったと思ってください;
でも、ささらの巫女っぽさだけ出せれば、と思い努めました。
それから、ささらが宝玉を砕く所も、企画発足当時から書きたかったんです///
不気味で、黒ささらの謎加減がよく出ていてお気に入りv

ただ、黒ささら、最近少しやりすぎかなと反省もしまして(汗)
そこで、『遥の傷の手当をしてあげる優しいささらの図』を、急遽挿入しました。
それから、もう1つこっそり暗示していることがあって・・・

『癇癪を起こす男を、ささらが子供をあやすようになだめる』

と言うこの構図で、誰かを思い出しませんか?
言わずと知れた、出会ったばかりの頃の焔とのやり取りです(1章第6話参照)
遥とささらの箇所を書いて、私は「あー、何か懐かしいな」と思いました。
これは、1章のまだ清らかだったささらの名残です。
ですから、黒ささらにも、昔のままの優しい部分が残っているというのとで・・・

拍手やメールで「怖くて嫌だ!」と言わないで(笑)

しかし・・・この話では、ささらがすごく魅惑的になってますね(笑)
清らかな巫女の設定なのに、悪女っぽくて・・・うーん;;