第十七話 「散華」







”もう一度、逢いたい”


生涯、たった一つの願いです。

離れたあの日から、祈り続けてきたの。




どんなに想っても・・・

決して、手に入ることはなかったけれど。















「ささ、ら・・・そこに、居るのか?」

ゆっくりと紡ぎ出された声が、姫巫女の名を呼ぶ。

ささら、と愛おしさに満ちた音色で。

でもそれは、紛れもなく、耳慣れた月環のものだ・・・






一体、どういうことだ?






「瑞貴、本当にあなたなの・・・?!」

俺の疑問を他所に、姫巫女は月環の元へ走り寄る。

その拍子に、瞳から大粒の涙が毀れた。


「あなただったのね?!」

しゃくり上げて掠れた声で、必死に確認する。

そして、涙に濡れた頬を寄せ、2人はきつく抱擁を交わした。

「・・・瑞貴、瑞貴、逢いたかった・・・!!

ずっと逢いたかったの・・・本当に、本当にずっとよ・・・

きっとまた逢えるって信じて・・・だから、私、ずっと独りでっ・・・!」

「許してくれ、やっと記憶が戻ったんだ」

月環の言葉は、今までにないほど澄んでいた。

迷いや皮肉は欠片もなく、まるで始めて聞くもののように・・・

そうか、全て・・・思い出せたんだな?








状況は、俺には全く理解できない。

月環と姫巫女の関係も、この経緯も、何もかもだ。

それに・・・月環が桜を抱き締める様子に、多少憤りもある。

でも俺は、その様子を黙って見守っていた。



目の前の光景が、限りなく純粋なものだったから・・・

止めて咎める事なんて、誰に出来ただろう?








「ささら、そんなに泣くなよ」

「瑞貴の馬鹿、どうしてずっと独りにしたの?!

どうして今まで、私に逢いに来てくれなかったのっ・・・!」

大蛇と対峙していても、身動ぎすらしなかったあの少女が・・・

今は、何て幼くて頼りなげに映るんだろう。

「俺もずっと会いたかったよ、ささら」

泣きじゃくる姫巫女を、月環は微笑んでなだめた。

背中に添えた手は、壊れ物を扱うように優しい。


「ふ、えっ・・・瑞貴っ・・・」




















―― ドクンッ・・・!!




姫巫女が肩を大きく震わせたのと、

俺が自分の目を疑いたくなったのは、同時だったと思う。





















「・・・・あ、なた・・・・どうし、て・・・?」

姫巫女の歯は噛み合わず、カチカチと音を立てる。

その音に、やっとの思いで絞り出した声も掻き消されていった。

俺もまだ同様に、上手く言葉を出せない。


「馬鹿な・・・う、そだろ・・・?」

目に飛び込んだものに、一瞬で心が凍りついた。

普通の人間には、起こるはずがない奇怪な事態が・・・

俺達の眼前で、起きていたのだから。


















月環の体が、崩れているッ・・・?!









輪郭から薄れて、徐々に粉になって・・・

これはまるで、大蛇の最期みたいじゃないか!!




















「瑞貴、あなた、体がっ・・・?!」

顔面蒼白になった姫巫女は、今にも気絶しそうな様相だ。

「おかしいな・・・ささらの顔が、よく見えない」

涙で、視界が曇っているらしい。

月環はふわりと微笑んで、目を左右に強く擦った。

「わ・・・私はここよ、あなたの前にいるでしょう?!」

混乱しているのか、巫女の声は荒い。

そして、月環の手を取って頬に寄せ、優しく口付けた。

「瑞貴、あなた・・・どうしたの、ねぇ・・・?」

「あのな、ささら」

静かなその声に、姫巫女は何かを悟ったようだった。

泣き腫らした顔を、月環の懐に押し当てた。


「どうして、どうしてよぉッ・・・!?

だって・・・だって、生まれ変わってくれたんでしょう?!

今度こそ、私・・・やっと、あなたと一緒になれるのに!!」

月環の胸を叩き、姫巫女は泣き叫ぶ。

その様子があまりに痛々しくて、俺は顔を背けた。




「ささら、俺の話をよく聞いて」

「やっ・・・嫌、最後みたいなこと言わないで!!」

すると、瑞貴は崩れかけて透けた手を、そっと姫巫女の頬に寄せた。

だが、溢れる涙を拭うことは出来なかった。

姫巫女の涙は手を通り抜けて、ポタポタと地面に落ちた。

「・・・ごめん、もう涙も拭ってやれない」

寂しげに微笑んだ月環を見て、巫女は首を振る。

そして、ここにいてくれるだけでいい、と声にならない声で叫んだ。



「ささら・・・俺は、確かに生まれ変わった。

ささらに逢いたい一心で、この世界に『月環』と言う人間として・・・

だから、一目合えただけでいいんだよ」

その言葉に姫巫女は顔を歪め、唇を引き結んだ。

「どうしてよぉっ・・・嘘付き・・・どうして、また私を置いていくの?!」








逝って、しまう・・・

また、私を置き去りにしたまま。





どうして、こんなことになるの・・・?





たった一つで良かったのに。

他には何も、望まなかったのに。









「誰が、あなたをこんな目にッ・・・?!」

姫巫女の目に、怒りの炎が宿る。

でも、月環はそれを吹き消すように、静かに首を振った。

「ささら、本当に俺はもう十分なんだ」

「嫌ッ・・・死なないで、やっと・・・やっと逢えたのに!!」

「もう俺の影を追わなくていいんだよ。

今度こそ、ささらには幸せになってほしいから・・・」

「あなた無しで幸せになんてなれない!

ずっと独りでなんて、寂しくて生きていけない・・・!!」

「大丈夫、ささらは強いから。そうだろ?」











あぁ、また逝ってしまう。












―― ズキンズキンッ・・・



頭の奥に、鈍い痛みが押し寄せてくる。

500年前に感じた痛みと、一緒・・・









「あッ、あ・・・!!」

焦げ茶色の、景色が脳内を過ぎる。

千代の悲鳴、焼け焦げた匂い、薄れていく温もり・・・



地面を濡らした血の赤が、視界を塞いでいく。








(独りぼっちは、もう嫌なの。

置いていかないで、置いていかないでッ・・・!!)



















「い、やあぁっ・・・!!」



姫巫女は、頭を抱えて悲鳴を上げた。

細い体は大きく仰け反って、痙攣を起こしている。





そして、その場にバタリと倒れこんだ。






























「おい、しっかりしろッ・・・!!」

桜の腕を掴み、前後に大きく揺さぶってみる。

多少乱暴な気もしたが、俺も慌てていたから仕方がない。

それを繰り返すと、やがて桜の口元が緩む。




「・・・う、うん・・・」


どっちだ・・・姫巫女か、桜か?!

緊張から、血管が切れそうなほど脈が速くなった。

俺の目は、緊張のあまり血走っていたと思う。




「は、るか・・・?」

その声に、俺の心は随分軽くなった。

俺を見据えた寝ぼけ眼は、見慣れた少女のものだ。

姫巫女のような色気の欠片もない、桜の。

「桜・・・良かった、体は何処もおかしくないか?!

さっきまで、お前の中には・・・」

言い掛けた言葉を遮るように、桜は起き上がった。

そして大きく伸びをして、欠伸を一つ零す。

「ささら様がいたんでしょう?

今はもう、私の中にはいないみたいだけど・・・」

やっぱり・・・さっきの断末魔の後、姫巫女は姿を消したのか。

一体、どうなってるんだよ。


「ねぇ、ささら様はどこへ行ったの?

私・・・ささら様に刀を渡した後から、記憶がないのよ」

キョトンとした様子で俺を見る桜の視線が、今は妙に痛く感じる。

一部始終を見ていた俺も、意味が分かっていないのに・・・

目の前で起きていたことを、何て説明する?


「それが、今まで・・・」

俺が口ごもると、桜は斜めに首をかしげた。

そして、視界の端にある者を捉えた。









「つ、月環・・・!!」

半身が崩れた、月環の姿だ。

桜は、飛び付くように月環に向けて走った。








「ど、どうしてこんなことに?!」

桜の丸い瞳には、困惑の色が滲み出ている。

そりゃ、起きて早々この状況じゃ驚くだろうな。

「俺にもよく分からないんだ。

姫巫女が大蛇を鎮めて、宝玉に封印してくれたんだが・・・」

「・・・そうみたいね、蛇の痣はもうないもの」

服の破れた胸からは、滑らかな肌が覗いている。

痣どころか、染み一つない。

「だが、突然月環の体が・・・何が起きたのか、俺には」

俺は目を細め、唇の端を噛み締めた。









今もまだ信じられない。

夢だったんじゃ・・・と、現実逃避したくなる。

でも、これは紛れもない真実なんだ。







だったら、何故なんだ?







躯さえ残らないなんて・・・

人間に死に方では、あり得ないことだ。



月環は人間じゃない、ってことか・・・?












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執筆後記

やっと、ささらが瑞貴との再会を果たしました(´∀`*)
やや演技過剰な気もしたのですが、感動を誘う演出しようと思いまして(笑)
500年ぶりの再会と言うこともあって、ささらには大泣きしてもらいました。
どうでした、少しはグッと来て頂けたでしょうか?
しかし、その後の悲惨な展開・・・読み返して、吐きそうになりました。
私は最低人間です、ハイ(涙)

どれだけ、ささらを苛めれば気が済むのorz

2人の再会を待ち望んでいた方、すいません・・・!!
話の展開上、ここで2人をくっ付けてあげるわけにも行かなくて・・・
ささらは消えてしまったし、瑞貴もどうなったのか謎ですが、まだ先は長いので(汗)
ハッピーエンドに期待しつつ、お付き合い頂けると助かります。

書くのは楽しかったですが、精神的にきつかった。
ささらは生い立ちが不幸なので、人一倍幸せにしてあげたいのに・・・
雪夜の悲劇のヒロインである以上、それは最後まで叶いません;
瑞貴に至っては、何度も何度も死んで・・・と言うと少し語弊があるのですが、
消えてもらって、「ごめんね」と、ひたすら繰り返しながら書いています。
2人の未来が、明るいものでありますように・・・なむなむ。

本当は、この17話と次の18話は1話にまとめる予定でした。
あまりに長くなりすぎたので分割したのですが・・・
なので、これを読んだすぐ後に18話へ行くと、より臨場感が味わえるかも?