第九話 「穿たれた言葉」







(今は何時で、ここは何処・・・?)

何処までも続く白銀の森は、感覚を狂わせる。



気を失っていた時間は、多分それほど長くない。

でも、恐怖で身がすくむくらい、独りきりの時間が長く感じる。

体が凍り付きそうに冷たくて、とても怖い・・・



でも、それよりもっと怖いのは

私が足枷になって、遥たちを危険に晒すことだわ。

だから・・・私は、一人でも大丈夫。











「・・・もう、離してったら・・・!!」

目覚めた私は、帯に隠していた護り刀を抜いた。

そして、腹部を掴んでいる大蛇の指目掛けて、勢いよく振り下ろす。

しかし、手が痛いだけで、大蛇はびくともしなかった。

「何なの、その硬さはちょっと卑怯よ?!」

妖怪相手に、そんな苦情の言葉が通じるはずはない。

でも、悔しさと恐怖から、無駄なお喋りは留まらなかった。



でも、それから数分後

この独り言のおかげで、私は命拾いすることになった。



















「桜姫、そこにいるのですか?!」

聞き慣れた静かな声が、夜の森に木霊した。








「つ、月環なの・・・?!」

私は上ずった声を上げ、周囲を見回す。

すると、反り出した崖の上に、細く長身の姿があった。

私は、無意識に安堵の溜息をこぼす。


「ごめんなさい、私、まさか捕まるなんて・・・」

そう言って視線を合わせると、月環は大蛇の背中に飛び移った。

遥と競うくらい、軽やかで無駄のない動きで。

「無事で何よりです。今、助けます」

再会を喜ぶ様子もなく淡々と答え、月環は私の右腕を引っ張った。

でも、肋骨に激痛が走っただけで、体は動かない。

「痛っ・・・待って、駄目なの。これを見て?」

指差した私の胴元には、白い繭のようなものが絡み付いていた。

すると、月環は舌打ちをして私の背後に回り込む。

「少し顔を伏せていて下さい、決して動いてはいけません」

「・・・わ、分かったわ。でも何を?」

促されて頭を下げると、次の瞬間、激しく風を切る音が走った。

月環が、大蛇の環節に剣を突き刺したらしい。

すると大蛇の淀んだ叫び声と一緒に、呼吸が楽になった。


「・・・良かった、抜けたわ!!」

するり、と白い繭が落ち、私は体の自由を取り戻す。

「喜ぶのは後です、飛び降りて!」

「そうよね、早く大蛇の上から降りなくちゃ・・・」

そう意気込んで、私は初めて自分の立たされた位置を確認した。

そして、あまりの高さに、思わず足が竦んでしまう。

でも躊躇いながらも、目を瞑ったまま雪の上へ倒れ落ちた。

「ゆ、雪が無かったら死んでたわね・・・」

緊張と恐怖から開放されたことで、どっと疲れが出た。

それを見た月環は呆れながらも、着地に失敗した私を起こしてくれた。


「さぁ、早くこの中へ隠れて」

月環の視線の先には、大きな岩の割れ目がある。

湿っぽいそこに潜り込むと、月環はすぐに岩を崩して洞窟に蓋をした。

「外に出るのは命取りです、身を潜めて朝を待ちましょう」

「ええ、そうした方がいいわね・・・」

今になって、体がガタガタ震えだした。

それを知ってか、月環は私の肩を軽く叩いてくれた。






「あの、助けてくれてありがとう。

あなたが来てくれなかったら、私、今頃どうなっていたか」

私が丁寧に告げると、月環はあくまで淡白に返す。

「勘違いをしないでください、僕は奴の巣を確認するために・・・」

「ふふ、別にそれでもいいわよ」

私、月環のことが少し分かってきた気がする。

不器用でわざと冷たい言い方をするけど、根は優しいのよね?

「助けれもらったのは事実だし、一言お礼を言いたかったのよ」

「・・・怪我などしていませんか?」

月環は目を逸らしたまま、ポツリと呟いた。

それを聞いて、私は思わず含み笑いを1つ零した。

ほらね、”助けた訳じゃない”と言いながら、今も私を気遣ってくれている。

「何か?」

月環の不機嫌な声に、私は慌てて体中を観察した。

「あ、、肋骨の辺りが少し痛むけど怪我はないわ」

「それは良かった。僕は、あなたを無事で都に返さなければ・・・」

私の返事に、月環が安堵したのがよく分かる。

「あの・・・前から気になっていたことがあるの、聞いてもいい?」

彼の細い顎が、小さく縦に振られた。

それを確認して、私はゆっくりと言葉を切り出した。

「あなた、随分と都に固執しているみたいだけど・・・どうして?」

いつだって、月環は都を気にしたいた。

そしてそれは、深い嫌悪と畏怖の対象としてだわ・・・


「嫌う理由なんて、説明出来ませんよ。

僕の話は、あくまで『いずれ起こること』でしかないのだから。」

「何、それ・・・?」

言葉の意味が理解できず、私は首を傾げた。

すると、月環はそれを補うように、重い口調で言葉を紡ぎだす。

「僕は『邪悪な魂を惹きつける』と、言われています。

そのために国主・・・あなたの母君は、僕を殺さんと狙うらしいのです。

現に、もう都から刺客が送られて来たでしょう?」

”お前を殺す”と斬りかかった光一郎の姿が、脳裏に浮かんだ。

彼が、お母様の命令で月環を狙ったことは間違いない。

でも・・・


「でも、私・・・そんな話、聞いていないわ」

考え込む私を一瞥して、そうでしょうね、と月環は言った。

「ねぇ、邪悪な魂って何なの?」

私の問いに、月環が困り顔で言葉を詰まらせた。

きっと、月環自身も詳しくは知らないのね。

「でも大丈夫よ、誰にもあなたを殺させやしないわ。

私、お母様に『そんなものはいない』って申し上げるつもりよ」

「そうですか、期待せずに待っていますよ」

こう言う憎まれ口は、本当に遥とよく似ている。

「・・・そっ、そうだわ・・・ねぇ、遥は?!遥は何処にいるの?!」

月環との話に夢中になって、遥のことをすっかり忘れていた。

私は頭の中で、何度も謝罪の言葉を繰り返す。

「無事なの?!」

「二手に別れて、大蛇の捜索をしていました。

先程、山鳩に通信筒を付けて飛ばし、この場所を知らせましたから・・・

おそらく、明朝にはここに到着するでしょう。」

落ち着き払った月環の様子を見て、私はホッと溜息をつく。

「そう・・・遥も無事なのね、良かった。

私のせいで、遥やあなたの身に何かあったら・・・私・・・」

そう言うと、月環は目を丸くした。

「僕、も・・・ですか?」

「もちろんよ。私があなたを身を案じたら、何か変?」

月環は私を護ってくれたし、もう他人じゃないんだもの。

でも、月環はそう言う行為に慣れていないらしく、驚いた様子だった。

そして瞳が少し優しくなったので、私は満足げに笑った。

「ふふ・・・それにしても、あの大蛇って一体何なのかしら」









「この剣は自我を持ち、生きているのです。

そして、僕は・・・大蛇は、この剣から出現したと推測しています」









「この剣って・・・宝玉から?!」

宝玉は、竜神様の力の源なのだと聞いた。

それなのに、どうして大蛇みたいな邪悪な妖怪を生み出したの?



「そんなの変よ、だってその剣は竜神様から・・・」

「ええ。護るように言われ、お預かりしたものです。ですが・・・」

月環は、確信めいた瞳を私に向けて据え直した。

「ある時、剣が激しく疼き出したのです。

かと思うと、白い靄が刀身から外へ飛び出していきました。

そして、その日から急に大蛇の被害が出始めました。

それからは、大蛇が活動を始めると、この剣が報せるようになったのです」

剣が報せる・・・ああ、蒼白く光る、アレね。


「剣から出た白い靄は、大蛇で・・・

僕には、剣が”大蛇を止めてくれ”と、訴えている様に見えました」

月環は剣を愛しそうに撫でて、長い睫を伏せた。

「だから僕は、僕なりの解釈をしたのです。

竜神の命令の『剣を護れ』とは、この剣で大蛇を封じることだと」

それが確かなことか、私には良く分からない。

でも、珊瑚にも似た剣を見ていたら、不思議とそんな気がした。

おかしいと笑われるかもしれないけど・・・


私も月環と同じように、剣が嘆いているように見えたのよ。





「竜神様は、大蛇の暴挙をご存知なのかしら?」

私が問うと、月環ははっきりと頷いた。

「ええ。大蛇に対抗するために、陽を地上へ送ったそうですから」

大蛇を封じるために、竜神様が地上に僕を遣わした。

でも、宝玉が大蛇を生んだのは何故なの?

きっと・・・宝玉には、まだ私が知らない秘密があるんだわ。



「そうなの、陽くんが・・・って、月環?!」

突然、月環の体が湿り気を帯びた土の上に崩れ落ちた。

「ど、どうしたの?!」

「大丈夫です・・・少し、眩暈がしただけですから」

私は目を見張り、上体を起こそうと月環の体に触れた。

すると、筋肉の薄いその体は、熱を帯びて微かに震えていた。

「・・・月環、あなた熱い!!

熱があるじゃない、どうしてすぐに言わなかったの?!」

返事を待たず、私は月環を押し倒して横にならせた。

そして、薄暗い洞窟内を見回して、毛布代わりになるものを探した。

でも、少し考えて捜索の手を止める。

「・・・ある訳ない、よね。いいわ、これを羽織って!」

私は、自分の薄紅の着物を脱いで、息の荒い月環に被せる。

すると彼は着物を叩き、私に突き返そうとした。

「構わないでください、僕は」

その言葉にカチンと来て、私は口をへの字に引き結ぶ。

「何を馬鹿なこと言ってるの、黙って寝てなさい!

あなたは病人よ、今は私の指示に従ってもらいますからね!!」

月環を厳しく叱咤し、もう1度、入念に体を包んだ。

そして、懐にしまってあった絹の布を雪解け水に浸し、額に押し当てる。

「他に何かしてほしいことはある?」

そう尋ねた時には、もう月環の意識はなかった。

透けるくらい白い肌が赤く熱り、状況の悪さを物語っている。

「どうしよう、困ったな・・・」

こんなところじゃ薬もないし、助けも呼べない。

万が一のことがあったら、と徐々に不安が募ってくる。

すると










「桜、そこかッ・・・?!」










「は・・・はる、か・・・?」

寒さが見せた幻かと、呆然として呟く。

すると、夢幻の類でないことを示すように、力強い声は続く。

「少し下がってろ、今出してやるから!!」

その直後、空洞の入り口を覆っていた岩が音を立てて落ちた。

空洞の中に光が入り、少し視界が明るくなった。


「無事か?!」

眩しさに目を擦ると、光を背負った遥が現れた。

大蛇は大人しく引き下がったらしく、辺りは静まり返っている。

ああ、いつの間にか吹雪も止んでいたのね・・・

「おい、黙ったままじゃ分からないだろう。怪我してるのか?!」

私が黙っていると、遥が私の頬を両手で押さえた。

「きゃぁっ・・・だ、大丈夫よ・・・!!」

私はその手を慌てて引き離し、顔を隠して俯く。

「でも、到着は明朝になるって聞いてたのに早かったのね」

「馬鹿、俺の俊足をみくびるなよ」

そう胸を張った遥の頬や額には、擦り傷が残っていた。

それは、小枝や蔦を払わずに急いで駆け付けてくれた証だ。

私はそれだけで嬉しくなって、微笑を浮かべた。

「あの・・・心配かけてごめんなさい、ありがとね」

「何だよ、素直すぎて不気味・・・って、お前、その格好は何だ?!」

「え・・・あ、ああっ・・・!!」

遥に続いて、私も首から下を見て声を荒げた。

月環に上着を貸したから、ほぼ下着姿でうろうろしてたんだわ。

「は、遥の馬鹿っ・・・へ、変な目で見ないでよね?!」

一頻り怒鳴った後、私は足元に横たわる月環に視線を落とした。

この騒ぎで目が覚めたようだけど、酷く呼吸が荒い。

「ねぇ、遥、すぐに月環を運んで?!

ここに隠れて話してたら、熱が出たみたいなの。」

屈んで月環の額に手を当てて、遥は苦い表情を浮かべた。

「そうか、分かった・・・よし、それなら俺に負ぶされ!」

そう言って、遥は軽々と月環の体を抱き上げた。

そして『結構です、降ろして』と言いたげな月環の視線を感じたのか、

駄々をこねる子供を宥めるように語り掛けた。

「ああ、分かった分かった。

決して恩着せる気なんかないから、安心しろって・・・な?」

着せる気だ、とすぐに分かる不敵な笑みだ。

それを聞いた月環が、勢いよく遥から離れたのは言うまでもない。

その打ち解けた様子を見て、私はこっそり微笑んだ。






「あ・・・ねぇ、遥」

森へと踏み出した足を止めて、遥を突ついた。

「松明か何か、用意してない?」

夜の雪山を、灯りを持たずに歩くのは危険だわ。

ましてや、遥の背中には病人がいる。

でも、私の不安を打ち消すように、遥は頭上を指差した。



「・・・え?!」

頭を上げた瞬間、私は感嘆の声を上げた。

そこに佇んでいたのは、息を呑むほど巨大な三日月だった。

不気味なほど強い光を放ち、空を赤紫に染めている。



「な、月明かりで十分だろう。」

ごくりと息を飲んで、私はその月を眺めていた。







何だか不吉で・・・嫌な、予感がする。











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 執筆後記

 前回の更新から、1月も掛かってしまいました。
 いつものノロマ更新とは言え、お待たせしすぎて心が痛みます(^^;)
 4月に入り学校が始まってから、どうにも時間が取れず・・・
 「大学生は暇だろう」と言う認識に、異議あり、と思い切り唱えたいところです。

 さて、今回の話もあまり進展なしです。
 流れ的には大事な要所なのですが、単体で見ると面白くないかもしれません。
 ただただ、今は我慢していて下さいとしか言えず心苦しいです(汗)
 えーと、最初の予定では「桜を助けに来るのは遥だろう」と思っていました。

 
そっちの方が、遥好きの私にとっては美味しい展開ですし・・・!!

 ただ、桜と月環には、腰を据えて会話する機会が必要でした。
 宮が月環を狙う理由、剣と大蛇の関係、大蛇が初めて出現した時のことなど、
 桜には知って貰わないといけないことが山積みで・・・
 そこで、急遽『狭い洞窟内で2人きり』のシチュエーションを用意しました。
 着物を貸すシーンは満足ですし、これはこれで良かったのですが・・・
 やっぱり「これが遥だったら、もっと時めくんじゃないか」と、未練が残っています。
 ・・・と、まぁ、私の好み云々は置いておくとして。
 
 大蛇との再戦までは、少し間を空けることになります。
 この先しばらくは陽と触れ合いながら、宝玉と姫巫女の秘密に迫る予定です。
 私はインスピレーション命の人間なので、どうなるか分かりませんが・・・
 でも、核心には触れないまでも(すべての種明かしは、6章まで持越しです)、
 新しい『何それ、気になるじゃない!』を、お届けできると思います。
 次の話も、お付き合い頂けたら嬉しいです!!

 これは余談ですが、以前読者さんに・・・
 
「謎が多すぎて頭がこんがらがるので、そろそろ謎解きして」と怒られました(笑)
 やっぱり、調子に乗って伏線を張りすぎるからですね;
 私は全部の秘密を掌握しているので、楽しんで書いているのですが・・・
 何もご存じない読者さんには、疲れる話以外の何者でもないですよね><;
 うわー、申し訳ないです!!
 でも、ささら関連の秘密は、6章か最終章まで持ち越したいのです。
 内容を整理して、また吟味しつつ、頑張って付いてきて頂ければ幸いです。