第二章 第六話 夕闇の境界


始まりと終わりの境界線。

踏み出してしまったの。もう、戻れない。









「桜。お前、何から聞きたい?

なんたって、話の種はたっぷり五年分あるからな」

私達は、夕暮れの長い回廊を並んで歩く。

自分の留守中に改装された邸内に視線を投げながら、

遥はさて、と切り出した。

「そうね。じゃぁ、私・・・・・・あっ・・・・・・」

「ん? どうした?」

足元に目を落とすと、二つの影がぴったりくっ付いていた。

夕日の橙色に浮かぶ黒い影が、手を繋いでいるように見える。

遥に話したら”くだらない”って一蹴されそうだけど、

こんな些細なことにも心臓が跳ねる。

昼間の、全てに絶望していた私に教えてあげたいわ。

大丈夫よって。私は今幸せよって。

「突っ立ってどうした。腹でも下したのか?」

「ち、違うわよ!」

高揚する私の手を解いて、遥はすたすた先へ行ってしまった。

ちぇっ、何よ。私の影だけが名残惜しそうだわ。

「早く来いよ。ほら、何が聞きたい?」

「じゃぁ、あなたの赴任先・・・・・・水穂の国の話かしら」

水穂は高天原の真東に位置する、一番身近な貿易国だ。

国内に数多くの金鉱を保有していることと、

国の半分が海に面しているため、豊かかつ独特な文化が育っている。

ただ、小国ながらもその価値が高すぎて、外敵に狙われ易く、

若き賢君と名高い国王・天津の大君は苦労されているとか。


「大君様はお元気でいらっしゃる?」

私の質問に対し、遥は畏まった様子で答える。

「市政の書類と日々格闘していらっしゃるよ。

側近はもちろん、城仕えの者も皆、彼を支えようと必死だ。

想像できないだろうけど、家族に近い絆を感じるくらい団結してるな」

素直じゃない遥が、手放しで人を褒めるなんて。

「噂に違わず、尊敬できる方なのね。

遥が仕えている相手がそう言う人で安心したわ」

「あ、大君と言えば・・・・・・

今な、大君の側仕えの少年に剣術を教えてるんだ!」

あら、珍しい。満面の笑み。

故郷で待つ妹のことを話す時と、表情が被ってる。

「その子を随分可愛がっているのね?」

私もつられて笑い、遥の袖を軽く引っ張った。

「ああ、俺は弟みたいに思ってる。けど・・・・・・

あいつは、自分が愛されていることを知らないみたいだけどな」

言葉を一つ口にする度に、表情が曇っていく。

「どう言うこと?」

私が尋ねると、遥が何かを耳打ちする姿勢になった。

私は一呼吸置いて、顔を傾ける。

「・・・・・・あいつな、実は妖怪の血筋なんだ」

「ええっ・・・・・・よ、妖怪?!」

「こら、馬鹿野郎、大声で言うな・・・・・・!!」

遥は力任せに私の口を塞ぎ、周囲を念入りに見回した。

みんな夕餉の準備に追われているのか、幸い夕日以外の気配はなかった。

「勘弁してくれよ。逮捕されたら洒落にならん・・・・・・」

「ごめんなさい。高天原では禁句なのに」

私達は揃って大きな溜息をつき、肩を撫で下ろした。



事の発端は、およそ五百年前。

詳細はどんな書物にも残っていないけれど、

当時の領主が妖怪を固く禁じ、一斉に粛清したらしい。

それ以来、妖怪は暴走して人間を陥れる忌むべき存在として、

国禁として定められている。

なのに・・・・・・



「水穂では、妖怪でも国主の下で働けるの?

妖怪は人の子を喰らうって、専らの噂だけど・・・・・・」

「根は、俺達人間と変わらない。

それなのに、妖怪の血を恥じていつも自分を犠牲にする」

高天原では全く馴染みがなくて分からないけど、

妖怪にも善悪様々な者がいるのね。

「なんだか可哀相」

「まぁ、水穂は種族に隔てない国だし心配するな」

落ち込む私をまじまじと見て、遥が背中をバシバシ叩いた。

「いずれ連れて来てあげて? 私、絶対歓迎するわ」

「伝えたら喜ぶよ。でも今は、交易路を渡るのは危険だろう」

遥はたぶさを結い直して、苦い表情でゆっくりと呟いた。

「盗賊のせいね・・・・・・?」

遥は静かに首を縦に振った。

数百里にも及んで両国を繋ぐ交易路が、

ちょうど五年前から、盗賊の被害を受けるようになった。

神出鬼没の集団で、過去に幾度となく輸入品を強奪している。

そこで、進退窮まった両国は、盗賊の討伐を試みた。

その先鋒が遥の遠征隊で、今も交易路の護衛を務めている。

「まだ被害は出ているの?」

「まぁ、獲物が黄金とあっちゃ誰でも欲しくなるさ」

頷いた遥の目が、異様に輝いている。

遥自身も、喉から手が出るほど欲しいに違いないわ。

やれやれ、と思いつつも無視して私は続けた。

「護衛なんて危なくないの?」

「そりゃ、安全とは言い難いな。

遭遇すれば、応戦して捕縛しなきゃならないし。

まぁ、両国からも潤沢な支援は受けてるし、

俺の近衛隊は精鋭を揃えてあるから。心配ないさ」

遥の死角で、張り詰めた背筋をホッと緩めた。

「有難いことね。

ろくでなしの指揮官を、優秀な部下が支えてくれて」

「そう、ろくでなしの・・・・・・はぁ?!

ったく、これだから嫌だ!世間知らずのお姫様は!」

当てが外れた様子で、遥は前髪をくしゃくしゃと掻き上げた。

「お前、噂とか全然聞かないのか?!」

「ふふ、冗談よ。遥の殊勲は都でも評判だもの」

「当然だろ、俺がいなきゃ今頃・・・・・・」



あ・・・・・・

まただ。また瞼を伏せた。

時々だけど、笑っていても表情が曇るの。



「ねぇ、そんなに心配なの?」

「ん?」

きょとんとした様子で、あくび交じりの返事が戻ってきた。

「必死で隠してるみたいだけど知ってるのよ。

あなた、帰国してから時々考え込んでいるでしょう?」

「・・・・・・へぇ。お前、意外と観察が鋭いな」

薄っすら笑みを浮かべて、遥が私を見る。

「今も金は運搬されてるからな。

部下が上手く援護してると思うけど、気が気じゃないな」

昔から知ってる、真剣な瞳だ。

「またすぐに水穂に戻ってしまうのね?」

「もともと今回は書状を届けに来ただけだから。

次の帰国は、盗賊を全員捕らえて凱旋って形がいいよなぁ。

両国からの褒章もガッポリでさ。

とは言え、未だに奴等に翻弄されるばかりだ。

このまま指示通り守りに徹していたら、一体何年掛かるやら」

見当も付かないとぼやく遥を横目に、私は溜息を付いた。

「焦って無茶しないでよ?」

「何だよ、妙にしおらしいな。

さてはお前、俺がいなくなるのが寂しいんだろ?!」

遥は、少年みたいにケタケタと楽しげに笑った。

軽率なその態度が癇に障った私は、

つい・・・・・・

「か、勘違いしないで!!

あなたが帰国したら、私は朝日と結婚させられるのよ!

だから、帰らなければいいのにって、私・・・・・・」

ハッと我に返り口を噤んだ時には、もう手遅れだった。

口から零れた言葉は、もう戻らない。


「・・・・・・ごめんね、八つ当たり。

私の問題なの。遥に怒鳴ったって仕方ないのに」

「結婚って・・・・・・何で、あいつと?」

「お母様の命令なの。きっと逆らえないわ」

「次に帰国したら、桜は若君の嫁になってんのか・・・・・・」

遥は首を傾げ、悪意の欠片もない様子で呟く。

「そうよ。せいせいするでしょ?

厄介者のじゃじゃ馬が、政略結婚の犠牲になって」

精一杯の強がりで、私は笑って見せた。



引き止めてなんて言わないわ。

それでも、お願いだから何か言って。

寂しいとか、嫌だとか、何か・・・・・・!



「いや・・・・・・かかぁ天下になるだろうな、と思って。

あの軟弱者が、お前との結婚生活に耐えられるか見物だな」

私の尻に敷かれる朝日の顔でも想像したのか、

遥の口元は僅かに緩んでいる。

「な、何よ・・・・・・ふざけないでよ。

人が真面目に言ってる時くらい、冗談は止めてよッ!!」

私は、血が滲みそうなほど強く唇を噛み締めた。

一気に目頭が熱くなって、視界が潤んでくる。



期待した私が馬鹿だった。

どうでもいいのね?

幼馴染の女の子が、嫌々嫁がされても・・・・・・


遥には、取るに足りないこと。




「もういい。

散歩はおしまいよ。お願い、私を一人にして。

遥なんか、嫌いよ・・・・・・大嫌い・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

顔を背けた瞬間に、大粒の滴が頬に落ちた。

それに気付いたのか、遥は片手で私の頭を抱き寄せる。

「ちょ、ちょっと?!」

遥の広い胸に埋まった顔が熱を持って、今にも湯気を吹きそう。

「・・・・・・泣くな、お前らしくない」

「私らしいって何?!

あんな酷いことを言われて我慢なんてできない!」

興奮して叩いた胸板は想像以上に厚かった。

押しのけようとする私を無視して、遥は腕に力を込めた。

胸が潰れて、上手く息継ぎが出来ない。

「ん・・・・・・苦しっ・・・・・・」

「俺が悪かった。

頼むから、そん風に泣くなよ。

大切だから・・・・・・何より大事だから、こうするんだ」

俺は桜に何もしてやれない。

そんなことを願う資格は、俺にはない。

季沙を忘れて幸せになることなんて、出来ないんだ。

だから、俺は・・・・・・



「心からお前達を祝福するよ。

桜を頼むって、何度だって頭を下げてやる」




―― パンッ!!

鈍い音が、長い回廊に響き渡る。

掌が酷く痛んだから、叩かれた頬はきっともっと痛い。




「・・・・・・っふ・・・・・・う・・・・・・

何よ、私の保護者にでもなったつもり?!

あなたの世話になるなんて、死んでも御免なんだから!!

・・・・・・っ・・・・・・ごほっ・・・・・・」

真っ赤に脹れた目尻から涙が溢れて、

嗚咽のせいで私は大きく咳き込んだ。

そんな様子を、遥は瞬きもせず静かに眺める。



馬鹿ね。

何を思い上がっていたの。

遥が私のために悲しんでくれる訳ないのに。



それでも、お願いよ。

そんな風に切り捨てないで・・・・・・









「・・・・・・あ、あっ・・・・・・!!」

こめかみに、突然覚えのある激痛が走った。



「い、嫌・・・・・・頭がっ・・・・・・」

頭を抱えた瞬間に、視界がぐにゃりと歪曲した。

そして、地面がぼろぼろと崩れていく感覚が私を襲ってくる。

「またか! おい、しっかりしろ・・・・・・おっと!!」

強烈な吐き気に耐えられず跪いた私を、

間一髪遥が支えてくれた。

そのおかげで、頭からの転落はなんとか回避できた。




(耳を、研ぎ澄まして)




「またこの声・・・・・・あなたは、一体誰?!」

甘く柔らかい声音が、耳の奥を撫でる。

とろり、と触れられた場所から溶けてしまいそう。

(私は、ささら。

高天原の守護を司る竜神の、唯一の妃。

そして今は、あなたの意識の深層に存在する者)

「ささらって、冗談でしょう?

竜神の花嫁になったって言う、あの・・・・・・?!」


そんなはずがないわ。

姫巫女様は、五百年前に人身御供になったのよ。

御神体として社に祀られた伝説を、子供だって知ってる!

現代の高天原に居るはずがないもの!!



(それが、私。信じられない?)

口では疑いつつ、確信めいたものがある。

嘘偽りなんかじゃない。

彼女の音色は澄み切って、寸分の濁りもない。

「し、信じます。一応。

それで、その姫巫女様が、何故・・・・・・私に?」

疑うのを止めて、深呼吸を二度三度繰り返すと、

次第に頭痛は治まった。

ごくりと唾を飲み込んで、私は切り出す。

(伝えなければならないことがあるの。

この土地を・・・・・・あなた方の高天原を、護るために)

「高天原を、護る・・・・・・?」

慎ましやかな口調で、遠慮がちに姫巫女様は告げた。

その内容があまりに突飛すぎて、

私は同じ言葉を繰り返すことしか出来なかった。

(ええ。あなたに探して欲しい物があるの)







終わりの、始まりの音が、聴こえる。












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【あとがき】


ここまで読んでくださってありがとうございます。



二章の目的は、三章以降の基盤作りと問題提起。

そんな訳で、どうしても説明的な内容が多くなりがちですね。

私が読者なら、そろそろ飽きて投げ出す頃でしょう。

簡単な台詞ばかりの絵本や児童文学が、実は大好きなのです(笑)

読み手に優しくない文章で申し訳ありません。

じれったいのももう少しの辛抱です。

宜しくお付き合い下さい。



さて、この回にはまたお気に入りのエピソードを入れました。

中盤の「遥なんて大嫌いよ」の辺りです。

二話で書いた朝日の求婚シーンと一緒に、

連載開始のずっと前から暖めてきたものだったので、

こうして書くことが出来て嬉しいです。

幼馴染の結婚に内心動揺しつつも、引き止められない男。

男の本心に気付かず、裏切られたと心を痛める女。

そんな二人の擦れ違い・・・・・・なんて、創作の醍醐味ですね(笑)

出来栄え云々は置いておいて、非常に楽しく書けました。

こう言う話ばっかり書いていたいですね!


ちなみに私は、遥と桜のカップリングが好きです。

皆様はいかがでしょうか。

もし宜しければ感想とあわせて教えてください♪



さて。

再びささらが登場して、物語が動き始めます。

いよいよ長い宝玉探しの幕開けです。

北州の○○、水穂の○○、亡国の○○、西域の○○○など、

どうぞ楽しみにしていてくださいね。

あれ、全部伏せてちゃ参考にならないですね(笑)