第一章 第三話 天翔ける


だって、約束したんだもの。

一緒に行くんだって、言ったもの。









地鎮祭の前夜、瑞貴は言った。




(村人が酒に酔い出すまでは、動かないのが得策だ。

祈祷と神楽の舞が済んで、祭り酒が振舞われ始めるまでは、

例年通り巫女の仕事をしているんだよ)

(でも・・・・・・私、不安なの。今からでも出発できない?!)

不安は日を追う毎に膨れて、私の心を占めた。

心配をかけたくなくて、瑞貴や千代には黙っていたけど、

嘔吐を催して眠れない夜が続いていた。

(村外へ出られる門では、門番が待ち構えてる。

手形がない者は外に出さないし、入れないのが掟だからね。

奴らを上手くかわせても、堀を越える間に見つかるだろう。

櫓の見張りからは丸見えになるよ)

(それでも・・・・・・!!)

(もう、ささらってば薄情ねぇ!

これが、あたし達が一緒に過ごす最後のお祭りだよ?

あたしと瑞貴で、毎年あんたの舞の伴奏をしてきたけど、

それも聞き納めなわけでしょ?

心配は後回しにして、一緒に楽しみなさいよ!)

(・・・・・・千代)

(千代の気持ちも分かるし、俺もそうするのがいいと思うよ。

必ず迎えに行く。俺を待ってて、いいね?)

瑞貴を信じたかった。

でも、肩を撫でる夜風が、不気味なほど生暖かかった。

私に、不吉な何かを予感させるほどに・・・・・・













―― シャラン、シャランッ

風に煽られて、舞台を飾る鈴が音楽を奏でる。

その前で焚かれたお清めの神火は、いっそう勢いを強めて、

パチパチと火の粉を不規則に振りまいている。



「風が、出てきましたね」

地酒の香りに誘われた村人達が早々に酒盛りを始め、

周囲に賑やかな笑い声が響き出した。それなのに、

私と村長様の間には、妙な緊張感が漂っている。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・あの、村長様。

民家に火が移らないように注意を促す必要がありますね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

しめ縄を張った村一番の大樹に、新しい厄除けの榊を飾り、

昨年飾っていた枝を一本ずつ神火に焼べていく。

私が毎年の神事を手際よくすませる傍らで、

村長様は黙ったまま、さっきから手も止まっている。

「あの、村長様?」

「・・・・・・あ、あぁ。いや、すまない。何の話だったかな?」

「風が出てきましたね、と申し上げました。

どうかしました?今日の村長様は何だかおかしいわ」

「・・・・・・いや、何でも」

取り繕う口調がやっぱりぎこちない。

「さ、さぁ・・・・・・ささらや、舞を」

「・・・・・・?は、はい」

妙な違和感を感じながらも、私はゆっくりと頷く。



毎年春に開催されるこの地鎮祭では、

土地の守護神である竜神様の叡智を称え、その恩恵を乞う。

村が、領地が、常しえに平和であるようにと。

そんな神聖な夜に村を出ようとしている私の祈りなんて、

竜神様はご免だと言うかも知れないけれど・・・・・・



でも、これが、最後だから。






「わぁっ・・・・・・!!」

無数の拍手と共に、大きな歓声が響く。


最初は、振り付けが覚えられなくて苦労したっけ。

でも17年経った今はすっかり体に馴染んで、

華やかな囃子に吸い寄せられるように手足が動く。

振りが落ち着くのを待って、私は聞きなれた囃子に耳を澄ませる。



千代の胡弓の音は、まだ少し堅い?

弦を張り替えたばかりで馴染んでいないのかしら。

瑞貴の篠笛は・・・・・・






あれ・・・・・・?



篠笛の音が・・・・・・ない?

毎年聞いてきた瑞貴の旋律が、聞こえてこない。



どうして?








「・・・・・・待っておるのか?」

隣に控えていた村長様が、小さく呟いた。

総毛立って、ギクリと背筋が一瞬で凍りつく。

「瑞貴は・・・・・・来ぬよ、ささら」

途切れ途切れな言葉のほとんどが太鼓に掻き消されたけれど、

”来ない”、その一言だけは何よりも鋭く耳に突き刺さった。

「・・・・・・瑞貴は、どうしたんですか?」

そう言うと、村長様は私の手を取って頬を寄せた。

その瞬間、深くしわの通った頬に、冷たい雫が垂れた。



どうして・・・・・・?


あなたは、どうして、泣くの?











「瑞貴は死んだ」

一瞬で血が逆流するのが分かった。

心臓が、煩い。






ミズキハ、シンダ。









・・・・・・う、そだ。

歯がカチカチと音を立てて擦れ合う。








「嫌な冗談、ですね」

「ささら、許しておくれ・・・・・・すまぬ、すまぬ!」

子供のようにすすり泣く声が、思考の邪魔をする。

状況が、理解できない。

「や、止めて!そんなの嘘よ!!」

いくら考えても纏まりっこない。

瑞貴を探しにいかなきゃ。きっと、すぐそこまで来てる。

「ささら、無闇に歩き回ってはいかん!!」

「・・・・・・・・・は、なしてっ・・・・・・!」

頭上の重たい冠を捨てて立ち上がると、

袖に縋り付くような形で村長様が圧し掛かってきた。

「堪えてくれ、ささらっ・・・・・・」

村長様の様子がおかしいのは気付いていたのに、

どうしてあの時動き出さなかったの?!

お願い、どうか間に合って!

無事でいて!!

ブツリ、と鈍い音が響く。

掴まれた袖を引き千切って私が村長の手を逃れた。

「はぁはぁっ・・・・・・っあ・・・・・・信じない、絶対信じないからッ・・・・・・

瑞貴が死んだなんて!!」





だって、そうでしょう?




だって、約束したんだもの。

一緒に行こうって、言ったもの。






あなたは確かに言ったもの。
















「ぐ、う・・・・・・ゴホッ!!」

咳き込んだ喉が、焼けるように熱い。

掌を開くと、

小麦色だったはずの見慣れた肌は真っ赤に染まっている。

な、んだ・・・・・・これ・・・・・・?

染料よりも更に赤いそれは、ボタボタと不快な音を立てて、

一滴、また一滴と湿った土を濡らして行く。

「ゆ、許せよ・・・・・・領主様の、め、命令なんだ」

空気に触れるたびに激痛が走る胸を見下ろすと、

胸板の中央を貫くように、鋭利なやじりが突き刺さっていた。

痛みは、もう随分前から感じていなかった。

「ど・・・・・・して・・・・・・」

同じ畑を開墾していた仲間が、何故か弓矢を構えて立っている。

俺の前で、わなわなと手を震わせて。

どうして・・・・・・?

俺はただただそればかりを繰り返した。

「ごめん、ごめん、瑞貴!!」

「巫女を逃がせば、竜神の怒りを蒙るかもしれない!

お前の横恋慕のために、家族を危険に晒してたまるか!

上手くいってる畑はどうなる!?

馬鹿なことを、か、か、考えるからこうなるんだ!!」

まずい、意識が朦朧としてきた。

足腰は重力に逆らえなくなり、力なく地面に崩れ落ちた。

その間に、見慣れた顔は闇の中に消えていった。

「・・・・・・ゴ、フッ・・・・・・ゴホッ!!」

これが、”死”なんだろうか?

痛みもなく、妙に冷静な自分がいる。

最期の時が、こんな風に呆気なく訪れるとは思わなかった。

「さ・・・・・・ら・・・・・・」

それでも、行くんだ。

ささらが、今も、きっと俺を待ってる。





遅くなって、ごめんな。

約束を破った俺を責めるだろうか?

いや、違うな。

ささらは誰よりも優しいから。

そんな女だから、俺は護りたいと思ったんだ。



だから・・・・・・泣くなよ、ささら。

















「痛っ・・・・・・」

足に激痛を受けて思わず仰け反った。

触れると、裸足の足の所々から生温い感触がある。



祭の喧騒を抜けた直後、月は姿を消した。

不吉の表れなのか、私を隠してくれたのかは分からなかったけれど、

その薄闇に紛れて、私は門を目指して夢中で走った。

もう街道まで来た?

それとも、まだ村の中にいるの?

分からない。

こんな時まで私の瞳は光を点さず、何も映さない。

「どうして、どうしてこんなことになるのっ・・・・・・!」

冷たい濃霧が肌を刺して、苛立ちが膨らむ。

立ち止まって、ダンダンと足を踏み鳴らした。

でも、駄目よ。

「駄目、止まらないで。立って。立つの!!」




こんな痛みなんてすぐに消える。

だけど、胸の痛みはきっといつまでも残る。

私のせいで両親が死んで、その上瑞貴まで失くしたら、

私はもう生きていけない・・・・・・!!


どうかもう1度逢わせて!!

















「見つけた・・・・・・」




「え・・・・・・?」

背後から抱きすくめられて、慌てて振り返る。

声は、確かに瑞貴のものだった。

微かに感じる香りも、一瞬だって忘れたことはない。

「泥だらけじゃないか、転んだのか?」

「・・・・・・っ・・・・・・!!」

「馬鹿だな、待ってろって言ったのに」

「あ・・・・・・う、わあぁっ・・・・・・

みっ・・・・・・無事だったのね、瑞貴・・・・・・!!

会いたかった。どうしても、あなたに会いたかったの!!」

力いっぱい首元に飛びついて、両手で頬に触れた。







え・・・・・・?



淡い期待は、大きく裏切られた。








どうして?


頬が冷た・・・・・・い?

どうして血の匂いが鼻先から離れない?

抱き締めた胸から、ジワリと生暖かい感覚が広がる。




「ど・・・・・・し、て・・・・・・」

「ごめんな、助けるって・・・・・・約束したのに」

呼吸は細く乱れて、

青褪めた口元から毀れる声は、擦れてほとんど聞き取れない。

「やっと会えたのにどうしてそんなこと言うのっ?!」

「・・・・・・泣くなよ、ささら」

涙を拭ってくれるはずの大きな掌は冷たく、

今は地面に垂れたまま動かない。

どうして、こんなことになってしまったの。



「ずっと、願ってるよ。

君だけは・・・・・どうか、どうか幸せに・・・・・」



「・・・・・やっ・・・・・・嫌、お願い、待って!!」

抱き合った体に、重みが掛かる。

それはたった一瞬のことだったけれど、

私にはとても長い時間に思えた。

「・・・・・ど、うして・・・・・?

ふっえ・・・・・・う、嘘つき・・・・・・

結婚しようって・・・・・連れて行ってくれるって言ったじゃない・・・・・・!!」

コトリと、その手が落ちた瞬間、目の前が真っ暗になった。







私は、

最愛の人を、

笑顔で送り出すことが出来ませんでした。





頬も、唇も、腕も、触れたところ全て、まだ、覚えているのに・・・・・

あなたは、もう何処にもいない。

私を置き去りにしたまま・・・・・



住む世界さえ隔たれて、


もう、戻らない。






「やだよぉっ・・・・・・嘘つき、嘘つきっ・・・・・・!!」

瑞貴と一緒に、果ててしまいたい。

黄泉路の彼方で、私を待っているんでしょう?

だって、約束したんだもの。

一緒に行くんだって、言った・・・・・・ねぇ、そうでしょう?




「ふ、っう・・・・・・私を置いていかないで・・・・・・」



また、笑ってよ。


また、私の名前を呼んで・・・・・・
























”きゃああぁっ・・・・・・!!!”


突然、悲鳴が空に木霊した。

夜烏が凄まじい羽音を立てて飛び立っていく。





何?!

今の声は、千代・・・・・・?




「うっ・・・・・・」

村へ振り返った次の瞬間、焦げた臭いが鼻を突いた。

血の香と混ざって鼻がもげそう。

一体何が起こっているの・・・・・・?!

「・・・・・・瑞貴、すぐ・・・・・・すぐ、戻るから。ね?」

街道脇の大木の幹に、ゆっくりと瑞貴を横たえる。

私の目がきちんと景色を映していたら、

まるで居眠りしているように見えたかもしれない。


私を待ちくたびれて居眠りをしてしまったような、

そんな、幸せな夢・・・・・・






「行って、くるね」

あの悲鳴は、確かに千代のものだった。

泣いている場合じゃない。

冷たい唇に口付けて、私は足に固まった泥土を払った。






帰ろう、私の村へ。











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【あとがき】


リニューアル版の三話はいかがでしたか?


初めての犠牲者が出てしまいました。

瑞貴との死別はこの物語の根幹と言えるエピソードで、

いつかは書かなければと最初から覚悟は決めていたのですが、

想像以上に辛いものでした。

読者様も「サミシイ」や「カナシイ」と言った気持ち、

もしくは「何故?」「今後どうなるの?」と言った何かを感じて頂ければ、

半分泣きながら画面に向かう私も、早世した彼も救われます。


これは余談ですが。

瑞貴は、企画初期から凄まじい人気を誇っていました。

作者が驚くくらい熱烈なメッセージを頂いたり、

彼が登場する回はweb拍手で頂く感想の数が桁違いだったり、

他の男性陣が哀れに思える程でした(笑)

その純朴さ、一途さ故なのでしょうか?それとも声優様のお声?

人気の秘訣は未だに分かりませんが、

他のキャラクターも実はいい味を出していると思うので、

瑞貴を愛でながらも、たまには浮気して頂けると有難いです。


さてさて。

リニューアルにあたり苦労したのは、お祭シーン。

リニューアル前は本当に簡単に済ませてしまったのですが、

竜神の権威や村人の依存が強いことを書いておきたいと思い、

今回のような形にしました。

読者様が知りたい情報ではないだろうなぁと安易に想像が付きますが、

勘弁してお付き合いくださいませ。


では、四話目でお会いしましょう。