十五話 「分岐」 「ねぇ、牢番さん!」 私が閉じ込められたのは、窪まった構造の土牢だった。 水瓶とひしゃくの他には、僅かな灯りすらない。 湿気とカビ臭さにはもう慣れたけど、気が滅入って仕方ないわ。 「灯りを入れてほしいの、お願い」 「駄目だ駄目だ、火は武器になるからな」 無理をして出した猫撫で声は、あっと言う間に一蹴された。 「だから、別に何もしないって言ってるじゃないの! こう暗くっちゃ、身動き1つ取れやしないわよ。この分からず屋!!」 「何だと、もう一度言ってみろ?!」 「凄んだって効かないわよ、分からず屋の唐変木!」 うーん・・・ 『うるさい、黙れ、さっさと寝ろ』の3拍子の説教を食らって、 ひとしきり怒鳴った後、私は牢の中を歩き始めた。 そして、ペタペタとあちこちに触れてみたけれど・・・ 牢の出口は一箇所だけで、他は通風孔があるだけみたいね。 唯一の出口は、頑強な錠と鉄格子が守っているし・・・ お手上げだわ、びくともしない。 もうっ・・・万一に備えて、退路は確保しておきたいのに! ―― コンコンッ あら、この格子ってもしかして青銅・・・? 柵の1本を爪先で突くと、鉄にしては鈍い音が響いた。 「おい、お前、何をしている?」 「別に何も? 人の意識にまで干渉して来ないで!」 私は、忌々しそうに舌を打つ牢番を完全無視して、思考を巡らす。 青銅なら、やり方次第で私の力でも折れるかも・・・ 「おい、早く門を開けてくれ!」 「ん? あぁ、待て待て。そう急かすなよ」 槍を構えた門番体の男は、パラパラと分厚い帳簿捲っていく。 どうやら、外出した団員の名前を記した目録らしい。 「あ? 今日は外出の届けは出てないぞ」 「首領から、『急いで女を追加しろ』と命令を受けたんでな。 おっかねぇから、申し出ずに急いで出たんだ」 俺は内心ヒヤリとしつつも、必死で平静を装う。 団員をとっ捕まえて服を奪ったんだから、見た目では怪しまれない。 胸中でそう繰り返しながら、堂々と白を切る。 「ほら、収穫だ」 俺は、桃色の頭巾を被った小柄な女を、証拠として前に突き出す。 正確には、こいつは女じゃないんだが・・・ 「ははぁ、そりゃ、ご苦労だったなァ」 門番はあっさり門番所に走り、数人の仲間を連れてきた。 そして疑う様子もなく、十人掛かりで巨大な門を開け始める。 「世話をかけるな」 あぁ、俺は武官より詐欺師に向いているかもしれない。 少しも嬉しくないけどな・・・ まぁ、とりあえず、第1関門は突破した。 奴らは急激にでかくなった組織だから、もしやと思ったが・・・ 思った通り、仲間の顔なんかいちいち覚えていないんだ。 これなら、余所者の俺でも砦の中を自由に動ける。 「やりましたね、遥さ」 「しっ・・・もう少し門を離れるまで、話すな」 桃色の頭巾の下から漏れた安堵の声を、俺は制した。 そして、頃合を見て、小さな溜息をつく。 「はぁ、どっと疲れたよ・・・・・・しかし、近代的な砦だな・・・」 従来のように、防衛線を築く形とはまるで違う。 堀も逆茂木なければ、内部の護りの要である垣楯もない。 物見櫓と、強固な柵が連なっているだけだで・・・ 一見、柔な守備に見えるのに、酷く威圧されるのは何故だろう。 「銃火器を所持しているため、でしょうか?」 「まぁ、そうだろうな」 守備が手薄なのは、侵入されても防げる確固たる自信があるからだ。 「怖いなぁ・・・正直、僕も尻尾を巻いて逃げたいです」 広夜は冗談めかして言ったが、当然の反応だ。 何処に、得体の知れない武器が隠れているか分からないんだから。 「おっと、そろそろか?」 話し込むうちに、大君がくれた砦の見取り図が脳内を過ぎった。 確か、この辺に牢屋があるはずなんだが・・・ 「あそこ、ですね」 長槍を構えた牢番らしき男が1人、退屈そうに立っている。 俺が目配せすると、広夜は力強く一度頷いた。 頼んだぞ、広夜。 お前が桜に接触している間、俺は可能な限り馬を逃がしておく。 大君の調べでは、この砦にはおよそ400頭の馬がいる。 だから、少なくともその半数・・・ そうすれば戦力が半減し、砦攻略は容易くなる。 そして、準備が整い次第、鷹を飛ばす。 それが、作戦決行の合図だ。 「ん? その娘はどうした?」 「首領の命令でとっ捕まえてきた、新しい女だ」 「あぁ。よし、そいつも牢にぶち込んどけよ。こっちへ来い!」 金の飾りが付いた髪を、牢番が引っ張り上げると、 既に村娘になりきっているらしい広夜は、か細い悲鳴を上げた。 「あっ、痛い・・・乱暴をしないで・・・」 「!!」 牢番が赤面するのを見て、俺は込上げてくる笑いを堪えた。 そして、2人の足元を松明で照らしながら、牢の奥へと続く。 桜の様子を一目でも見て、無事を確かめたい。 「くうー、この反応そそるねェ。昨日の女とはえらい違いだ」 「・・・昨日の女ってのは、どんな風だったんだ?」 「いやぁ、見目麗しい娘なんだが、兎にも角にも気が強くてな。 ここに入れられた時は気絶してたんだが・・・」 「気絶だとッ?!」 何かあったのかと、思わず牢番を張り倒しそうになる。 「おい、何をそんなに驚いてんだ? 目を覚ましたら、婆あみたいに喧しく文句を言い続けてたよ。 だが、首領はあの女がお気に召したらしいぜ。 殺さずに牢に閉じ込めておくなんざ、珍しいやり方だろ?」 ああ、と相槌を打つと、鉄格子が俺の視界に入った。 桜、無事か・・・? 「・・・!」 「ほら、こいつが噂の女だ。気分は?」 牢番が示した檻には、見慣れた姿があった。 顔色までは分からないが、別れた時のまま、元気そうだ。 良かった。 「最低の気分。噂の、って何よ・・・・・・あッ?!」 状況を理解できていない桜は、大きな眼で俺を見て硬直した。 頼むから、俺の名前を呼ぶなよ・・・ 「・・・・・・」 「・・・・・・こそこそ悪口を言ってたの?! 私が珍しいなら、ここから出してじっくり観察しなさいよ!!」 俺の不安は、あっさりと元気な声に一蹴された。 桜の頭の回転が速くて助かったな。 「ほらな。起きてる時は、ひたっすらこの調子だ」 「牢の中だってのに元気そうだな。 じゃぁ、俺は任務に戻るから。あ、間違っても手を出すな?」 「分かってらァ、命は惜しいからな」 桜に背を向けて、俺は土牢の外を目指す。 桜が無事で良かった。 もし、あいつを失うことになっていたら・・・ 命に代えても、盗賊を一番惨い方法で殺してやった。 それは、任務だから? たった一人の国の宝だから? 違う。 そうじゃない。 あいつは、俺の・・・ 「お前もここに入っていろ」 ガチャリ、と錠の解かれる音が響いた。 そして、小柄で折れそうな少女が勢いよく放り込まれる。 「きゃぁっ・・・」 「ちょっと、乱暴はやめてよ!!」 小さな悲鳴に苛立って、私は思い切り牢番を睨んだ。 すると、私の着物の袖を弱々しい手が引っ張った。 「私は平気ですから、喧嘩しないで」 「・・・えッ?!」 嘘、この声ってもしかして・・・!! 「こ、こう・・・?」 牢番が去るのを見計らって、私は口を開いた。 すると、私の掌に、柔らかな指先で文字が刻まれていく。 『極限まで小声で話してください。 僕の聴力は、人間の何倍もありますから聞こえます』 私は掌のくすぐったさを押さえて、ごくりと息を飲み、 言う通りにする、と頷いた。 「広夜君・・・あなた、どうしてここに居るの?!」 『桜さんを助けたくて来ました。 それより、ご無事なご様子を拝見出来て安堵しました。 遥さんも、ずっとすごく心配していて・・・』 「ええ、そう思う。 あっ、そうだ・・・ねぇ、また遥と接触できる? 見たり聞いたりして、色々と情報を入手出来たのよ」 『妖怪の能力を使えば可能です。 遥さんとは、しばらくしたら落ち合う手筈になっています』 「・・・それなら、伝えて? 門や高い所には、『大砲』と言う兵器が設置されているの。 砦に兵を入れるなら注意して!! よく知らないけど、おそらく遠距離攻撃に秀でた武器だわ」 弾丸を発射する、と門番が言っていたもの。 『そんな兵器があるなんて・・・』 「でも、あれは無敵の兵器ではないと思うの。 あくまで私の仮説だけど、弾丸を込める間があると思うのよ。 だから、弾が切れた直後なら危険なく動けるわ。 それに、いかにも重装で照準合わせに時間を食いそうだし・・・」 私がそう言うと、広夜君は理解に苦しみつつも頷く。 「それから、この砦の兵力なんだけど。 大君が事前に送った密使の報告よりも、数十人は多いわ。 宿舎の数が明らかに多かったから、これは確かよ。 それから、首領のことなんだけど・・・」 『会ったんですか?!』 「しぃっ・・・天幕に連れて行かれたけど、この通り元気よ」 首絞められたことは、今は話さない方がいいよね。 「名前は昴織。年は想像していたより若い・・・そうね、遥くらい。 性格は、享楽的で残忍、慇懃かつ傲慢無礼」 虫唾が走るほど恐ろしくて、言葉の一つ一つが空気を凍て付かせた。 「首領の側近は、多分一人だけよ。 短剣は所持していたみたいだけど、腕がすごく細かったし・・・ 遠目から見て、肉刺が潰れた跡はなかったの。 おそらく、戦闘員ではないのだと思うわ」 それだけ、自分の腕に自信を持っているということね。 「それから、天幕の内部構造だけど・・・」 『姫様ってすごいなぁ』 しばらく砦の情報を話した後、ポツリと呟いた。 「すごいって、いきなりどうしたの?」 『敵地にあっても、こんなに正確に情報収集するなんて』 「いつも遥の役に立ちたいと思うんだけど・・・ 私は武芸が全く駄目だから、いつも空回りしちゃうの。 だったら、せめて諜報活動で頑張るしかないでしょう?」 昔は、家の中で嘆いてばかりだった。 実の母にさえ必要とされなかった自分が情けなくて・・・ 価値のないただの固体なんだって決め付けて。 でも、お荷物の私にも出来ることがある。 遥が私に教えてくれたの。 『桜さんは、遥さんがお好きなんですね?』 「・・・大切な人よ、とても」 昔からずっと側にいたいと願ってきた。 どんな形であれ、それが私には一番の幸せ。 でも・・・ 私が今、”好きだ”と告げたら、 その瞬間に、全てが終わってしまう気がする。 だから、しまっておくの。 遥が、過去に決着を付けるまでは・・・ 大丈夫、待つのは辛くない。 その分だけ、想いを暖めておけるのだから。 「あぁっ、大事なことを忘れていました。 遥さんから作戦変更を伝えるよう言付かってます!」 「作戦の変更?」 当初の予定では、火矢で狙い撃ちをするはず・・・ 「あ・・・ご、ごめんなさい。 私が砦の中に居るから、計画が狂ったのね?」 「いえ、前策よりも確実な方法を考えたんです! 多少の危険は伴いますが、上手くいけば盗賊を一網打尽に出来る。 そのために、城からの援軍もこちらに向かっています」 「援軍って、大掛かりな作戦なのね?」 「水穂の名に恥じない戦いを、お見せしますよ」 次頁へ続く *_____________________________________________________________________________________________________________*
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