十四話 「咎人の棲」









「何だって?!」



「ごめんなさい、ごめんなさい!!」

目を潤ませる広夜相手に、俺は思わず声を荒げた。

そしてすぐに、冷静さに欠けた大人気ない自分を責める。

「いや、すまない・・・お前だけでも無事で良かった」


妖怪の姿を見られ、動揺して逃げた広夜を、桜が追い駆けた。

そして、半時も経って戻ったのは広夜一人だった。






(あなたの駒になるから)

桜は、そう言い残して盗賊に捕まったと言う。



広夜と、俺のために・・・






くそッ、全て俺が悪い・・・!!

俺が広夜を追っていれば、こんな事にはならなかった!

どうして自分を責めずにいられる?



でも・・・






「・・・大丈夫だから落ち着け、な」

それは、誰よりまず俺自身に向けた言葉だった。

俺が取り乱せば、広夜は余計に罪の意識に苛まれるから。


「桜は、あれでも頭の切れる女だ。

口八丁難を逃れて、すぐにどうこうされる心配はないだろう。

ただし、それは桜が・・・高天原の姫だとバレなければ、の話だが・・・」

「人質になるってことですか?!」

「いや、桜を人質にして宮や大君を脅すよりも・・・」









見せしめ、だろうな。



隣国の姫を殺せば、大君への牽制になる。

そして、高天原の国民に、水穂への憎しみの種も植え込める。

悪くすれば、戦争が起きる可能性も・・・



天津の大君、延いては水穂を憎む盗賊にとって、

桜を殺すことほど益になることはない。










「広夜、お前も覚えているだろう?

前にも、奴らは水穂の高級官僚の首を刈って門に晒した」

前科もあるし、奴らなら十分やりかねない。

「そ、そんなッ・・・!!」

でも、これは桜がくれた最良の好機だ。

誰かが敵の懐深く入り込めれば、砦の陥落は容易くなる。

今すぐ、桜を助けにいくべきかもしれないが・・・



「作戦を再調整して、夜半、決行する」

俺の言葉に、広夜は瞳を破けんばかりに開け放つ。

「さ、桜さんを助ける算段を練るんじゃないんですか?!」

「運よく桜を助け出せたとしても・・・

いらん警戒をされて、二度と砦には近付けなくなる。

今は桜を放っておいて、作戦の混乱の最中に助け出すんだ。

・・・・・・俺を、非情だと思うか?」





だけど・・・



桜、俺はお前を信じているから。

頼むから、俺が行くまで無事でいてくれよ。






「ぼっ・・・僕を捕らえて、砦へ連れて行って!

そしたら、必ず、牢か何処かに閉じ込められるはずですから・・・

姫様との連絡係になることも、逃がすことも出来る!」

「しかし・・・」

「待っているだけなんて、とても耐えられない。

いざとなったら、妖怪に変化して戦闘に加わります!!」

「・・それで、いいのか?」

お前が、何よりも厭う妖怪に変化するなんて。



「厭に決まっています、でも」

妖怪の僕の全てを受け入れると言ってくれた、

失いたくない人ですから・・・










































「ここが、あなた達の砦?」

一番乗りで入ることになるとは、夢にも思わなかった。

あまつさえ、私一人きりで真正面からなんて・・・



「驚いたか?」

「ええ、砦なんて縁がなかったもの」

宇佐山の峻険な地形を利用して築かれた、城砦。

南西から北東の稜線にかけて、一直線状に柵と櫓を連ねている。

小規模みたいだけど、すごい存在感・・・

大君のお城並みに強固な門を前にして、少し足が竦んだ。



「あら・・・あの櫓の上のは、何?」

黒光りする、いかにも重そうな塊が設置されているのが目に留まった。

煙突を横にしたような形をしているけど・・・?

「ありゃ、加農砲ってやつだ」

「かのう、ほう?」

「弾丸を発射する『大砲』って兵器の一種で・・・

とにかく、一発で侵入者を木っ端微塵にしてくれる優れもんだ」

「・・・・・・そ、そう・・・」

よく分からないけどそれは危険よね・・・?

遥が砦に来る前に、何とかして知らせておかなくちゃ。





「首領の遣いから戻ったぞ」

「ご苦労だな・・・お、今回のは随分上玉じゃねェか!」

門番体の男は、粘っこい視線を私に向けてくる。

「田舎にゃ珍しい美人だろ。お零れに預かりたいもんだよなァ」

「なっ」

何なの、この下品な男達は?!

人を娼婦か何かみたいに扱って、気分悪いったら・・・

両腕を縛り上げられていなければ、引っぱたいてやったのに!!

「さぁ、とっとと門を開けてくれ」

私が腹立たしさを抑えられずにいると、ほどなく門が開いた。



「不貞腐れた面だな、お嬢さんよォ」

私の腕を縛った縄を持つ男が、ニタリと笑った。

人を小馬鹿にしきった表情に、私は眉間にしわを寄せる。

「当たり前でしょう?!」

「威勢がいいのも結構だが、首領の前では慎めよ?

あの人の機嫌を損ねると怖ェぞ」

首領?

「・・・首領ってどんな人なの?」

「さぁ。素性は知らねェな、それがこの団の掟だ」

「ならず者のくせに、一丁前に掟なんてあるのね。ご立派だこと」

ふん、と鼻を鳴らし、顔を背けた。

私はその隙に、砦の構造をしっかりと目に焼き付ける。

遥が必要とするだろう情報は、零さず知っておきたい。



「あっちの仰々しい警備の建物は何?」

「あの棟は俺達の生命線、武器庫だ。

まぁ、お前には関係ねェさ・・・さぁ、着いたぞ。先に入れ」

「あっ・・・!!」

背中を押されて、勢いよく倒れこんだそこには、

他のものに比べてかなり豪奢で、大きな天幕が張られていた。

両足が竦み、思わず息を呑む。









ここに首領・・・

つまり、遥の仇がいるのよね?

















「さっさと先へ進めよ。もっと奥だ」

鼓動が、急速に早くなっていくのが分かる。

遥の因縁の相手に会うんだと思うと、冷や汗も滲んできた。

何が何でも、ここを無事にやり過ごさなきゃ・・・


「分かってるわよ、押さないで」

一面に敷かれたふわふわの絨毯の上を進むと、

青年が一人、円筒状の背もたれにもたれかかって座していた。

肌蹴た胸元から覗く肌は、まるで雪のように白い。

首領の側近か、もしくはお小姓かしら? 









「よぉ、戻ったか。遅かったな」

若々しく、中世的な声が私達に向けられた。

私は恐る恐る、杯を口に運ぶ青年の顔に視線を向ける。










「ご所望の女を連れてきました、首領」












えッ?!









首領って、本当にこの人が?

もっと年上で、剛健な男だと思っていたのに・・・

眼前にいるこの人は、遥と大して変わらない風貌じゃない。


それも、どことなく優美な雰囲気があって・・・

赤い髪と赤い瞳を携えた、端正な顔立ちの長身痩躯。




この人、他の盗賊とは全く違う。












「女、俺の顔が面白いか?」

首領だと言う男は、微笑を浮かべながら言葉を発した。

私はパッと目を逸らし、唇を噛む。


「いつまで突っ立ってる気だ。こっちへ来いよ」

三歩も近付くと、お酒の匂いが充満していることが分かった。

相当酔っているのか、蕩けそうな目をしている。






「・・・・・・」

この近さなら、狙いは外さない。

寛いで隙だらけの今なら、私でも倒せないかしら?

出来るなら、遥に戦ってほしくないもの・・・





私は、着物の上から懐の刀を押さえる。














「腹に一物、か」











「・・・・・・ッ・・・」

体が震えて、足腰が砕けそうになる。

蕩けそうな目をした首領は、それを見てクッと笑う。








「今度はまた、面白い女が連れて来られたもんだ。

気に入った・・・だが、馬鹿なことを考えるな?

俺に切っ先を向けたが最期、女子供でも容赦はしないからな」

乱暴に顎を持ち上げ、上を向かされる。



「つっ・・・私をどうする気なの?」

「・・・ほう、お前、水穂特有のナマリがないな」

「?!」

もしかして素性を知られた?

駄目、今は焦りは禁物だ・・・この人の性格を考えるのよ。

どうしたら、この場をやり過ごせる?



「どうした?」

「だから何なの。それって、そんなに珍しいこと?」

「・・・・・・ハハッ、気の強い女だな。

普通の女なら、平伏して、泣き叫んで、命乞いするものを!」

「命乞いしたって、あなたは容赦しないんでしょ?

だったら、最初から無駄な労力は使いたくないの」

この人は多分、普通の女に飽き飽きしているのだと思う。

面白い女であれば、生かして、遊ぼうと考えるはず。



「こいつ、首領に向かって生意気言いやがって!!」

「・・・よし、お前は俺の酌をしろ」

いきなり顎を離され、私は勢いあまって床に崩れた。

「首領、殺さないんですか?」

「この女の度胸に免じて、今は生かしておいてやる。

その方が楽しめそうだろう。な?」











「珍しい色のお酒ね・・・」

半ば無理に持たされた銚子を、朱色の杯に傾けると、

おそらくお酒であろう紅い液体が流れた。

こんな鮮やかなお酒、酒宴の席では見たことがないわ。



「女、これの珍しい所は色だけじゃない」

「え?」

首領の顔を横目で見たと同時に、

突然、頭を引き寄せられ、杯を唇に押し付けられた。

その瞬間、むせ返るような酒の刺激臭が、鼻を突く。

「止めッ・・・私、お酒は飲めな」











―――― 何、これ?!









酷く生臭い・・・!!

酒の味に混じって、鉄臭さが口内に広がる。








「・・・これ・・・ゲホッ・・・ゴホッ」

吐き気を催して咳き込み、紅い液体を吐き出した。

無地の絨毯に、紅い染みが広がる。










これは、血だ。

生臭くて鉄くさい、紛れもない血。




この人、やっぱり普通じゃない・・・









「どうだ、美味だろう?」

以前、邸の書庫の本で読んだことがある。

異国の民は、血を神の祝福として儀式で飲むって。

でも・・・


「こんなもの・・・美味しい訳ないわ・・・」

指先で唇を拭い、苦虫を噛み潰したような顔をする。

すると、瞬きの瞬間に、腰を抱き寄せられた。







「あっ・・・!!」


顔が近い。

射竦められて、目を、逸らせない。








「お前は何者だ? 下手な嘘をつくなよ」

私に問いかける首領の声は、恐ろしいほど穏やかだ。

なのに、膝が震えて、逃げ出したい衝動に駆られた。



この人は・・・私くらい、何の躊躇いもなく殺せる。

それも一瞬で。



「私は、上流の村から・・・と、遠賀川に落ちて・・・」

しっかりしろと脳内で繰り返しても、声が不自然に上ずる。

「あの地下の激流を流されたのか?」

唾を飲んで頷き、震える指先を押さえ込む。












「・・・ほう、荷葉の香か」










「・・・・・・ッ!!」

首領は、ねっとりと一言だけ呟いた。

それは、私には無数の針で刺されたように感じた。







「荷葉は、えらく調合の難しい薫物だったな。

材料の沈や白檀は高価で、庶民には簡単に入手できない」



体が、震える。







「なぁ、俺が何も知らないとでも?」

「・・・・・・・・・さぁ・・・何のことか、分からないわ」



「なら、俺が教えてやる」












―― グンッ・・・



足が、勢いよく地面から遠ざかる。

首領は私の首を掴み、片手で軽々と持ち上げた。

全体重が圧し掛かった喉は潰れ、空気を一切通さない。







「あうッ・・・ん、ん・・・!!」

首領の指を弄り、引き剥がそうとしても力が入らない。

苦しさで、徐々に視界が霞み出す。











「お前は、高天原の総領姫だろう?」

「・・・!!」

「お前を殺して、城の大君に首を届けてやろうか。

あの不甲斐ない坊ちゃんがどんな顔をするか、見ものだろう」

嘲笑交じりのその声が、私の意識を繋ぎ止める。




悔しい、悔しい。











「・・・だったら・・・何だって言うの?

い、今ここで・・・私を殺すの、なら、それも結構よ。

私が死、だとしても、どうせ誰も困りはしない・・・・・・から・・・」

一矢報いようと、緩む気配のない指に爪を立てる。




「じきに黄泉路の住人になるってのに勇敢だな。

だが、死を前にして、いつまで虚栄を張れっていられる?」

突然指先に力が込められて、圧力が喉を潰す。

「ぐッ・・・う、うん・・・!!」

「言えよ、助けて下さいってな。言え!!」




「絶対に・・・い・・・やだッ・・・」

殺されたって、自分に恥じることだけはしない。

ましてや、咎人の・・・

遥の大事な人を奪った、こんな人には!!

















「フン・・・まったく、可愛げのない女だ」



途端に指先の力が緩み、

放り出された体が、円筒状の背もたれに叩き付けられる。

悲鳴を上げたつもりが、全く声にならない。







「おい、こいつを牢屋に閉じ込めておけ」




意識が朦朧として、痛みも、息の仕方も忘れてしまった。


だけど、唯一確かに感じられたこと・・・












この狂気の塊を放ってはおけないこと。
















瞑った瞳から、

一滴、また一滴、涙が毀れた。














                                  次頁へ続く













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執筆後記

これを書いている今は、7月7日の七夕です。
と言うことは、当企画3周年の日まであと1月と少しです(早ッ)
「3年もかけてまだ4章なのかよ!!」と思いつつも、
執筆のピッチを上げられない自分が情けなくて、涙が出ます。
同時に、読者さまの忍耐強さに、拝みたい気持ちでいっぱいです。
お付き合いくださってありがとうございますー!!><*

さて、首領がやっと本編に絡んできました。
書いている最中は、ひらすら不気味にニヤニヤしています(笑)
ただ、今回は桜が少々痛い目に遭いました;;
ずっと書こうと決めていたのですが、いざ書くと可哀相になり・・・
片岡さんの美麗ボイスで脳内再生すると、凄まじく痛くて。

「遥のノロマめ、さっさと助けに来い!」

と、ついイライラしてしまいました。
読者さまも一緒にイライラしてくださると嬉しいです。
書き手にとっては、感情移入してもらえるのが一番のご褒美なのでv

それでは、この辺で。
4章は血だとか絞殺(?)だとか、物騒な話題が多いですね。
これからも延々とそんな感じですが、よろしくお付き合いください!

暑くなってきたので健康管理などお気をつけて!
ちなみに暑気嫌いの私は、早くも夏バテ気味だったりしますorz
クーラーのきいた部屋から出られない、不健康の極み;