五話 「連理の枝」







「やはりお疲れでしたか、姫君?」




「・・・・・・え?」

柔和な声で我に返ると、隣で大君が淡く笑った。

周囲を見回すと、楽師や女官も不安げに眉根を寄せている。

「長旅を経ていらしたのに、宴などは気詰まりでしたね」

「いいえ、そんなこと。すいません!

他に憂慮事項があっただけで・・・本当に、私、大丈夫ですから」

そう言うと、楽師は安堵したように、音楽を再開させた。

いけないいけない、桜の馬鹿。

歓迎の宴で主賓がボーっとしてちゃ失礼よね。



「あの、珍しいご馳走ばかりですね」

眼前にはいつの間にか、ずらりと深皿が並んでいた。

その中に盛られた料理はどれも、高天原では見たことがない。

「隣り合った国とは言え、距離もありますからね」

そう言って、芳ばしい餡かけの乗った皿を手渡される。

でも、お腹は催促するように小さく鳴ったけれど、心は浮かない。

結い上げた髪も、いつもよりずっと重く感じる。

だって


「遥も、出席できたら良かったのに・・・」

宴の前になって、体調を崩したと連絡があったらしい。

過保護だけど・・・何だか、心が騒ぐのよ。

「様子が心配でしたら、後で見舞いに行かれるといい。

それに、もし出席できていたとしても、遥殿には新鮮味もないでしょう。

なんせ遥殿は、5年も水穂で過ごされましたからね」

「ああ、そう言えば・・・」

水穂での遥の5年間って、全然知らないなぁ・・・

季沙さんのことがあるから、話題に上らせる訳にもいかないし。

「・・・少しお話しましょうか。

もちろん、姫君と私だけの内緒と言うことで。ね?」

大君は人差し指で唇を押さえ、茶目っぽく笑って見せた。

「ふふっ・・・はい、是非!」

「初めていらした頃は、まだ元服したての少年で・・・

正直な話、宮の悪い冗談だと思いましたよ。

こんな少年が一軍を率いて派遣されてきたなんて、とね」

昔の遥を想像すると、笑いを堪えられない。

「昔の遥は特に小柄で、よく女の子にも間違えられましたから」

「ですが彼は、すぐに皆の信頼をもぎ取った。

それまで手も足も出なかった、盗賊の暴挙を食い止めて・・・

彼の雄姿と言ったら、国中の女人を色めき立たせたものです」

「皆さん、まんまと外面に騙されましたね。

遥ったら昔から乱暴だったし、口煩いし、意地悪だし・・・!」

でもほんの少しはいい所もあります、とこっそり呟く。

「遥殿から色々と伺っていましたが・・・

お二人は筒井筒の仲で、乗馬や武術の指南もなさったとか?」

「どれもあまり得意じゃないんですけど」

そのせいで何度、『馬鹿!へたくそ!!』と罵られたことか・・・

「あ、広夜君も遥に弓を習ったんですよね? じゃぁ、私の弟弟子だ」

そう言って軽く笑うと、大君は表情を翳らせた。

今の、何か気に障ったのかしら・・・?

「遥殿と練習をしている間は元気も出るようで、いい傾向です。

あれは出自が複雑で、自分を殺しすぎるのですが・・・」

「・・・失礼ですが、広夜君は」

「妖怪です。

混血の末に生まれた子で、そうは見えませんが・・・

心無い者達のせいで、辛い目に遭っていた所を、私が引き取りました。

お国では異端視していますが、実際にご覧になってどうです?」

「・・・広夜君はいい子です、とても」

遠ざけられる理由なんて、何一つ見当たらない。

「そうですね。

だからこそ、盗賊の暴行にも心を痛めて・・・」




どうして急に、盗賊の話?




「広夜君と盗賊に、何か関係が?」

「・・・姫君は、彼らについてどこまでご存知ですか?」

盗賊については遥がひた隠しにするから、全然・・・

大君は思慮深げに私の様子を観察して、サッと左手を上げた。

その人払いの合図に、広夜君までもが会釈して去った。


「あ、あの・・・?」

「我が国が、三箇所の金鉱を保有しています」

「ええ、それは知っています」

その中でも、最初に発掘されたのが一ノ谷。

あの金鉱は産出量が豊富で、交易には欠かせないと聞いた。

「宮が即位して、国交を始めた頃は・・・

高天原の文物や絹と、我が国の純金を交換していました。

しかし、緩やかな交易は長くは続きませんでした」

そこまでは、歴史の授業で習った。

「5年前から・・・?」

「そう、盗賊が出現してからです。

彼らは一ノ谷を含む三箇所に潜伏し、金の採掘を妨害した。

かと思えば、高天原への輸出品である金まで強奪するようになり・・・

その時、近隣の村にも被害が出ましてね。

軍事にはとんと疎い国ですから、進退窮まってしまったのですよ」

「そこで、高天原なのですね・・・?

交易品を文物や絹から、兵力の支援に切り替えたのですね」

「国一つ統治できない自分が不甲斐ない。

でも、そうすることでしか民を守る手段はありませんでした」

「大君様・・・」

大君は目を瞑って、膝の上で手を硬く組んだ。

「盗賊の構成員は、農民や隷属民、士族も混じっているようです。

それから・・・広夜と同系である、妖族も」

「なッ・・・」

妖怪が、盗賊の味方をしているの?!

「広夜は、仲間の仕打ちに酷く傷つきましてね。

それを知った国民も、妖怪との共存を懸念するようになり・・・」

「そう・・・なんですか・・・」



水穂の歯車が、狂い出している。

人はどうして争い、傷付けたがるのだろう?




「あ、そう言えば・・・

遥との話で出てきた”火器”と言うのは、一体?」

盗み聞きした感じだと、遥も大君も恐れているようだったけど・・・

「東の海から流入したらしい、新種の武器ですよ。

鉄の筒の中に弾丸を込め、点火して、射出する仕組みです。

商人達の噂では”鉄砲”とも言うそうです」

「て、っぽう・・・?」

聞き慣れない響きに、私は首を傾げた。

それを見て大君も、我々もお手上げなのです、と両手を上げた。

「得体の知れない相手に、立ち向かう術はない。

医務室にいた兵士は皆、その鉄砲で傷を受けた者達です」

「・・・戦況は、良くないのですね」

大君は曖昧に笑い、続ける。

「湿っぽくなりましたが、私は誰も恨んでいない。

ただ、遥殿が自分を責めていることだけが気掛かりです」

「遥は水穂が大好きですからね。

想い人と再会できた場所ですし、大勢の仲間もいて・・・」

そう言うと、大君は驚いたように口を開いた。

「ああ、あの舞姫をご存知で?」

「お気の毒な最期だった、とだけ聞いています」


「そうですね・・・

それに私は、因縁めいたものを感じますよ」

静かな声音が、胸の奥を撫でた。






「え・・・?」























―― バンッ・・・!!


扉を開け放つと、向かい風が体を押し戻した。

それでも私は、宴の広間を飛び出す。




すると







「姫君、いけません!!」

必死で前へ出ようとする私の二の腕を、大君が引っ張った。

細身の体躯からは、到底考えられない力で・・・






「離してくださいッ・・・大君様、離して!!」

思い切り身を捩って、腕を掴んでいる手を叩き払った。

そして、それと同時にジワリと涙が滲み出す。

「行ってはなりません、みすみす死ぬおつもりですか?!」


「・・・だって、だって!!」













(それに私は、因縁めいたものを感じますよ。

彼の想い人である舞姫を殺害したのは・・・

遥殿が追いかけていた盗賊の、”首領”だったと言うから)














『首領も、その砦にいるのですかッ?!』




そう問い質した強い口調。

何かを決意した人間の、揺ぎ無い眼差し。










間違いない。









遥は、独りで砦へ向かったんだわ。



刺し違えて死ぬ覚悟で・・・

季沙さんを惨殺した首領に、復讐するために。












遥が、いってしまう。




嫌だ、遥と離れるなんて嫌ッ・・・!!

















































―― 遥、遥。







「桜っ?!」

今、桜の声が聞こえた気がする。

城を出てから、こうして振り返るのはもう何度目だろう。



「また空耳か・・・俺も、未練がましいな」

今度と言う今度は、桜が追って来る訳がないのに。

むしろ、来られても困るだけだ。



戦いで傷付くのは、季沙と俺だけで十分だ。

俺が選んだ血塗られた道に、桜を引き込みたくない。

だから、あえて黙って置いて来たのに・・・



それなのに、何だ?









独りで死にに行くのが・・・






寂しいと思うなんて。


手綱を握る手が、震えるなんて。



































「はる、かッ・・・!!」


蹄の音と、荒い呼吸が聞こえる。










「さ、くらッ・・・?!」

今度のは、空耳なんかじゃない。

振り返ると、それはすぐに確信に変わった。


「・・・馬鹿、どうして来た?!」

馬の鞍から飛び降りた桜は、汗だくになっている。

一張羅の着物も、鳳凰を象った髪飾りも、見るも無残に着崩れて・・・

王家の姫君、と呼ぶには滑稽すぎる姿で。

「宴はどうした。何でここに」

桜は、俺の胸に縋るような格好で息を整える。

そして、俺の問いかけに対し、一呼吸置いて頭を上げた。





「はぁはぁッ・・・もうっ・・・!

酷いじゃないの、私のことを忘れて行くなんて!!」



胸倉をつかんだ手が、震えている。





「・・・お前、知ってるのか・・・?」

水も滴る美人、とは言い難いが、汗だくの桜は微笑んだ。

「俺は・・・敵の本拠地に行くんだぞ?」

季沙を殺した男を殺すために。

張本人である首領と対峙して、死ぬかもしれないのに。

「分かってる」

淀みない答えに、不覚にも涙腺が緩んだ。

「大君の懐に留まっていれば、お前は安全なんだぞ?」

「分かってる。

全部、分かってるから・・・私も連れて行って。

あなたが憎んでいる相手なら、私が戦う理由は十分だわ」

私があなたの味方になる、と笑う。






連れて行くべきじゃない。

こいつを危険な目に遭わせてはいけない。

俺の心が・・・そう、警鐘を鳴らす。





それでも、片隅で声がする。





”独りでは、強くなんてなれない”











一緒に、居てほしい。


他の誰でもなく・・・











「・・・恐れ入ったよ、お前には・・・」

呆れる様にそう言うと、桜の瞳に光が点った。

遠子を思わせるその笑顔を見て、俺は改めて思い知らされる。

護るべき者がいて・・・人は、初めて強くなれること。


「本当・・・恐れ入った、一蓮托生だ」



「はる」








―― グラッ・・・



安堵した瞬間

桜の体が、前のめりに崩れる。

落ち着いたはずの呼吸が、また激しくなって・・・





「桜、おいッ?!」


俺は、倒れ込む桜を抱き止めた。

微かに芽生え始めた、新しい想いと同時に・・・





























「夜分遅く申し訳ありません、あの」

夜半、一人の女が国境を訪ね、そして問いた。

頭から着物を被っていて顔は見えないが、声が若い。



「んあ・・・何だ何だ?」

もしかして、怨霊や化け物の類だろうか?

薄闇と草の揺れる音が、不気味さをかもし出している。

「何か用か?!」

警備の兵は警戒して身構え、長い槍を向ける。

すると突然、女は深々と頭を下げた。

「あの、ご無礼を承知でお願いがあります!

この中に兄がいるのですが、私は国境を越えられません」

「まぁ・・・そうだろうな、越境には正式な通行手形がいるから・・・」

「ですから、取り次いで頂けませんか?」

「それは、構わんが・・・その兄とやらの名前と身分は?」

そう問うと、女は頭から被きを取った。






似た面差しを知っているぞ?

警備兵は、現れた愛らしい容姿を見てそう思った。






「はい、兄の名前は・・・!」















                                  次頁へ続く












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皆さま、メリークリスマス


今日は、クリスマスイブです!!
「気分だけでも」と思って、サンタさんを連れて来ました(笑)

和風で通ってるので、サイトでは大っぴらにお祝い出来ないのですが・・・
雪夜には似合いませんが、少し新鮮でいいですね///
後で、日記にも来て頂こうっと♪

*

さてさて、ここからは通常通り。

季沙の仇が誰か、皆さんご存知ですよね(汗)
だから、改めて書いても「あっそ」と思うだけかもしれませんが・・・
物語の中では、新事実が発覚した訳ですから

知らなかったフリして読んでくださいorz


ここは書きたかった所なので楽しかったです。
一人で砦に向かった遥を、桜が追いかけるだけの話なんですが・・・
桜の一途さや可愛さをアピールできたらいいな。

あと、自己満足ポイントは・・・
桜の「あなたが憎んでいるなら〜」ですかね。
あれは、個人的に、かなりキュンと来る台詞だったりします。

”あなたのためならどんな危険も厭わない”

・・・と言う事ですし、不器用な桜にしては上出来。
4章CMにも出てくる台詞ですので、是非声を聞いてくださいv
片岡さん、可愛すぎますッ><*

*

キャストさん、素敵なお声をありがとう。
スタッフさん(特に主題歌製作のお二人)、本当にありがとう。
読者さま、いつも応援ありがとう。

どうか素敵なクリスマスをお送りください!