三話 「手折られた若木」







「こんなあばら屋にお通しして、申し訳ありません」


案内された遥の生家は、村の南側にあった。

幼い遥が付けたらしい刀傷があちこちに残る、小さな一軒家だ。

気まずいのか、遥は軒を潜るのをしばらく躊躇っていたけれど・・・

でも、すぐに飛び出してきた母君様と抱擁を交わした。

それが、ついさっきのこと。


「いいえ、こちらこそ突然押しかけてしまって・・・」

「まぁ、姫様、とんでもございません。

寛ぐ・・・のは無理でしょうけど、ゆっくりなさってくださいね。

こら、遥、何なの。足なんか出して行儀の悪い!」

遥は珍しく寛いだ表情を見せて、足を伸ばして転がっている。

新鮮だなぁ・・・普段はずっと、仏頂面のくせに。

「たまの里帰りなんだから、説教は勘弁してくれよ。母さん」

「まったく、何年も留守にしたと思ったらこんな・・・

姫様・・・うちの愚息は、お邸で粗相などせずお勤めしていますか?」

「ええ。国主の信頼も厚い、優秀な武官ですよ」

母君様が安堵の溜息をつくと、私も何故かほっとした。

「2人して止せよ。本人を目の前にして・・・」

「あら、いいじゃない。母君様は、都での遥を知らないのだし」

「そうよ・・・それにしても、本当に明日行くの?」

出立は明日だ、と遥はきっぱりと告知した。

そして、名残を惜しむ母君様の肩を抱いて、ふわりと微笑む。








「母さん、ちょっと出てくるよ」








「・・・遥っ?」

続けて私も立ち上がり、袖を掴んで目配せをする。

すると、遥の右手は私の手を取って、余ったもう片方は

「遠子、お前も少し付き合え」


眠そうに目を擦る少女へと向けられた。




















「兄ちゃん、こんな遅くに何処行くの?」

不審がる遠子ちゃんを連れて、黙ったまま歩いた。

夜道は恐ろしいほど暗いけれど、遥の足取りに迷いはない。



「着いたぞ、ここだ」

煌々と灯りの付いた家屋の前で、遥は足を止めた。



「ここ・・・って、季沙姉ちゃんの家だよ?」

「分かってる。こんばんわ、御免ください」

遥はそう言って、質の良さそうな藁で編まれた簾を分け上げた。

すると、土壁の奥からパタパタと足音が聞こえて来た。


「あら、よく来たね。お入りなさいよ」

そう出迎えてくれたのは、五十路を超えたくらいの婦人だった。

白髪交じりの髪を結上げて、品の良さが滲み出ている。

おそらく、この方が季沙さんの母君なんだわ。


「お元気そうで何よりです、義母上」

遥は、義母上、と丁寧な口調で挨拶を交わす。

婿と姑の会話は、私には面白くなかったけれど、ただ黙っていた。

そうするのが、私の務めだと思ったから。

「あんた、本当に立派な若者になったものねぇ・・・」

「いえ、まだ若輩者です」

楽しげな声に混じる、遥の声音は厳しい。

いつ話を切り出そうかと、迷っているに違いなかった。

「なぁに、謙遜しちゃって。お母さん、さっき筧の傍でこっそり泣いてたよ」

「こら、そう言う余計なことは言わなくていいから」

「それで、お勤めは上手くいってるの?

水穂の国に長く赴任していたって、前に噂で聞いたけれど・・・」



ごくり、と唾を飲む音がした。










「義母上・・・今日は、お話があって」









「・・・分かってるよ、季沙のことでしょう。

そうかしこまらずに有りのままを話してちょうだい、ね?」

柔らかい微笑みは、季沙さんを思わせる。

古く暗い家屋の中は、一瞬、恐ろしいほどに静まり返った。


「季沙は、あの・・・」






痛い。


手を握る力が急に強くなって、爪が食い込む。

でも、痛いくらいは我慢しよう・・・



私は、そっと遥の手を包み込んだ。

















「・・・季沙は、死んだね?」


長く、重い沈黙を破ったのは、小母様だった。
















「・・・ッ!!」

遥、そして続くように遠子ちゃんが息を呑んだ。

どこまでも兄妹らしく、愕然とした表情まで良く似ていた。



「そんな気がしていよ、ずっと。

まぁ、あんたのその顔を見るまでは半信半疑だったけど」

「に・・・い、ちゃん・・・冗談でしょ・・・?」

ガタガタと震える妹を見据えて、遥はきつく唇を噛んだ。

そして息を詰めて、本当だ、と短く応じた。


「やだ、そんなの!!」

その瞬間、遠子ちゃんはよろける様に倒れた。

季沙さんは、遠子ちゃんにとっても大きな存在だったのだわ。

私は、見た目より細い背中をゆっくりと摩ってやった。


「遥・・・季沙は・・・今、何処に?」

激情的な遠子ちゃんとは裏腹に、小母様は冷静すぎるほどだ。

泣き出しそうなのを必死に堪えているからかしら。

「水穂の・・・一の谷の山中にある墓地に、俺が埋葬しました。

一の谷の地図は、これに」

そう言って差し出した紙切れは、色褪せて千切れていた。

きっと、埋葬してから肌身離さず持っていたから。

「・・・ありがとうね、遥。あの子の最期を看取ってくれて」

終に、涙が一粒毀れた。

「ね、ねぇ、遥・・・あの子の最期を聞いても?」



「・・・今から5年前の、時期はちょうど今頃のことです。

季沙の楽団は、水穂でも有数の有力貴族に雇われていました」

楽琵琶、笙、三鼓が2人、神楽笛、高麗笛、そして舞姫。

そんな小さな楽団に、季沙は居た。

生きていたら今は21歳になる、清らかな人だった。


「同じ頃、俺も仕事で水穂に派遣されて・・・

無事に再会することが出来たのですが、しばらくして彼女は」

言葉に詰まった遥の目も、薄っすらと水気を帯びる。

「楽団の馬車が、盗賊に襲われて・・・

俺が駆けつけた時には、季沙も含めて団員は全員・・・」

「ひど、い・・・そんなの酷いじゃない!

季沙姉ちゃんが何をしたって言うの・・・盗賊なんて、大嫌いッ!!」

泣き崩れた遠子ちゃんの背中を、遥は抱き締めた。

そして、小母様に向かって勢いよく平伏す。





「義母上、申し訳ありませんッ!!

俺は、季沙を守ってやることが出来ませんでした・・・!」


ずっと隠していた涙が、どっと溢れた。

声は掠れて、いつもの低音とは違うものになっている。





「あ、あんたのせいじゃない。顔を上げて、ね?」

「すいません、すいませんッ・・・!!」

毀れた涙が、床を濡らしていく。

5年間ずっと避けてきた事実は、あまりに重く残酷だ。

平伏した遥の姿は、痛々しくて、目を背けずに居られなかった。

「死してなお、あんたにこんなに想ってもらって・・・

季沙は、なんて幸せな娘だろうね・・・ありがとう、ありがとう」

そう遥を抱いた小母様は、突然、目をカッと開いた。

そして、震える掌を遥の頬に添えて



「・・・は、遥・・・あんた・・・

仕事で水穂の盗賊を追っていると聞いたけど、まさか?!」










「季沙の仇は・・・俺が、討ちます」




憎悪しか残っていない、抑揚のない声音。

その言葉だけ聞くと、禍々しくて、まるで別人のようだ。

気付いたら、私の掌はびっしょり濡れていた。



”怖い”と、正直思った。









「お止しよ、そんなことしなくていい!

生きているあんたに、もしものことがあったら、私は・・・!!」


「・・・義母上のご心配、痛み入ります。

でも、生きているんです・・・季沙を殺した、あの憎い男が」


”あの男”が誰を意味するのかは知らない。

でも、泣き腫らした眼には、確かな炎が灯っている。






怒りと、復讐の炎が・・・

























「遠子ちゃん、寝ちゃったね」

遥の背からは、規則的な寝息が聞こえてくる。

時折聞こえる苦しげな唸り声に、私は同情を禁じえない。

「あぁ・・・余程こたえたんだろうな。

昔からずっと、遠子は季沙を姉みたいに慕っていたから」

「取り乱し方が普通じゃなかったものね」

遥は軽く頷き、よっと、と遠子ちゃんを担ぎ直す。

そして、思い出したように

「そうだ。明日は早めに村を出たいんだが、いいか?

村長やチビ共の仰々しい見送りを想像すると、気が滅入るしな」

それを考えて、私は思わず吹き出しそうになった。

到着した時の歓迎は、愕然とするほど賑やかだったんだもの。

「そうね、必要以上に騒がせたら申し訳ないし」

「着いて早々、慌しくて悪いな」

「何よ、遥が素直に謝ってくるなんて珍しいわね」

「別に?」

俯いたは表情は堅く、疲れが滲んでいる。

「ねぇ・・・よく、頑張ったね。ちゃんと話せて、遥、偉かったね?」

そっと髪を撫でると、遥はクシャリと表情を歪めた。

「何だよ、子供じゃないんだぞ・・・

だけど、今日のことはお前に礼を言っとかないとな」

「礼?」

「義母上と、きちんと向かい合えたから・・・お前が居て、良かった」

「・・・よ、止してよ、気持ち悪い。雨が降るでしょ?!」

昨日より、今朝より、ずっといい顔をしている。

「あーあ、今から笠の準備しなきゃ」

「何だよ、いちいち突っかかって来やがって!!」






”辛い時でも、まず笑おう。な!

そしたら、嫌なことも勝手に吹っ飛んでいくからさ”



私が心を病んでいた、幼い頃に・・・

笑うことも出来なかった私に、遥がくれた言葉。

この言葉のおかげで、私は立ち直ることが出来た。




ねぇ、だからあなたも、笑っていて?


どんなに辛い時でも。




















翌早朝


私達は、日の出と同時に村を出た。

見送りには、遥の母君様と小母様が来てくれた。

一晩中泣き腫らしたらしい跡が、一層涙を誘ったけれど・・・

でも、息子を頼みます、と送り出してくれたから




だから、私も答えた。

”遥は、私がきっと守ります”






その言葉が現実になるのは、もう少し先の話。











                                  次頁へ続く












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執筆後記

創作の力が尽きたのかもorz

うーん・・・何で、いくら書いても面白くならないんだろう(汗)
前までは、リテイクを出し続ければ、改善されていってたはずなのに・・・
今は何度書き直しても、質が向上しないんです><;
書けなくなったら、私はこの先、どうやって生きていったらいいんだろう。
・・・とか、大真面目に考えるくらい危険ですorz

ハイライトは、遥の「申し訳ありません〜」の辺りかな。
いつも強がってる遥の脆い一面を、ずっと書きたかったもので///
まぁ、その割には出来はいまいちなんですけども・・・(涙)
ああぁ、巧く書けないとものすっごい凹む。
気分転換しようと、愛犬のホッペを引っ張ってきたんですが、駄目だ;

あ、遥と桜の過去については、番外編があります。
今は2話までですが、3話目で桜が出てきますので宜しければv
”辛い時でも、まず笑おう。な!”の辺りも、そこで詳しく書く予定です。

はー・・・修行します、修行!!!!