[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
一話 「水の胎動」 「おばさん、この杏飴を2つくださいな」 桜は軽快な口調でそう言い、杏飴を2つ受け取った。 そして、満面の笑みを浮かべながら、真新しい銅貨を4枚支払う。 「おい、大っぴらに買い物して大丈夫か・・・? 俺は、また『姫様姫様』と見世物にされるのは御免だぞ」 一気に北州の嫌な記憶が蘇って来る。 すると、表情をを歪める俺に、桜は棒に刺さった飴を差し出した。 「大丈夫よ、騒がれやしないったら。はい、遥の分」 「・・・お前って奴は、本当に暢気だな」 つい1週間前までは、山中で殺し合いをしてたってのに。 「あら、遥だって甘いもの好きでしょう?」 「そりゃ、まぁ・・・」 俺が渋々棒を受け取ると、桜はゆっくりと歩き出した。 下駄の音が、カランコロンと静かに鳴る。 「・・・はしゃぎすぎだってね、分かってはいるのよ。 でも、北州では最低限の人付き合いしかなかったし、少し懐かしくて」 「そうだろうな。北州ではよく我慢してたよ」 「薪割りも風呂焚きも初めてで、それなりに楽しかったわよ。 でも、やっぱり慣れ親しんだ街の活気も格別だわ」 ここは国の東端に近い、科戸と呼ばれる街。 情報と、それから食料を調達するために一旦立ち寄ることにした。 ・・・立ち寄る”だけ”のはずだった、最初は。 だが、街には祭りのような活気が溢れていた。 店を構えての商売も盛んのようだが、沢山の露店も並んでいて、 艶やかな野菜や果物、麗美な宝石や絹が嫌でも目に付く。 そして、好奇心旺盛な桜の心に火が付き・・・ 今も、こうして長い買い物に付き合う羽目になっている。 「あ、あっちの露店も見ていいかしら! 玉が沢山置いてあるし・・・何か、宝玉の手掛かりがあるかも」 もっともらしい事を言いながら、桜の顔は市を満喫したいと訴えてくる。 そう言えば桜は、子供の頃から市が好きだったな。 女官の目を盗んで邸を抜け出し、日暮れまで市を練り歩くのは常で・・・ 「ただし、遠くには行くなよ?」 俺は呆れつつも熱意に負け、行けよ、と手で促した。 出来るなら、さっさと宿を取って休みたい。 だが・・・まぁ、今は『良い傾向』と喜ぶべきかもしれない。 北州を発ってからしばらくは、流石に気落ちしている風だったから。 賑わいで元気が出て、それなりに安心した。 ん? また、あいつは・・・!! 「お嬢さん、いらっしゃい」 玉に見惚れていると、店主らしき男性が顔を出した。 そして、商売慣れした様子で、瑠璃に似た石を突き出す。 「中に入って行ってよ、美人だから安くしておく」 「いえ、結構。お金もあまりないの」 「じゃぁ、東の海から仕入れたばかりの珍しい玉はどう?」 「ふふ・・・ねぇ、おじさん、ちょっと聞きたいの。 この辺で『3つの宝玉』と呼ばれるものを、ご存じないかしら? 緑色の鏡か、赤い勾玉の形をしてると思うのだけど」 「俺はこの業界には詳しい方だけど、そう言う物は聞かないねぇ。 お宝のことなら、五軒先の骨董屋にも回ってみたらどうだ? ところでこの耳飾り、試しに付けてごらんよ」 しつこく迫られて耳に付けられたのは、淡く輝く小粒だった。 水穂の先の海で取れると言う、珍しい真珠かしら。 「でも、私、本当に持ち合わせがっ・・・」 店主は、いいからいいから、と食い下がり腕を掴んでくる。 かと思うと、顎を押さえたまま私の顔を凝視し出した。 「しかし・・・あんた、何処かで見た顔だねぇ」 見物目的の人だかりも出来始めたし、この状況は困る。 何とかして逃げなくちゃ。 そう思った瞬間 「手を離してもらおうか。これは俺の嫁だ」 背後からニュッと逞しい腕が伸びて、抱きすくめられる。 は・・・遥、ど、ど、どういうつもり?! 「馬鹿だな、金も持たずに出歩くなって言ったろ?」 私は動転しつつも、慌てて抱き締められた両腕を剥がした。 そして、熱くなった頬を扇いで冷ます。 「親父の商売の手伝いで、都から着いたばかりでね」 「へぇ、若いのに感心だねぇ」 遥は店主と何の変哲もない世間話をして、真珠を返す。 「おっと、こんなことしてたら親父に怒鳴られる。ほら、行くぞ!」 「え?! あっ・・・ええ!」 二の腕をきつく掴んで、遥は走り出した。 「お前、無用心にも程があるぞ! あそこの店主、見るからに醜悪な面してただろうが!!」 しばらく走ってから、遥は鬼の形相で怒鳴りつけてきた。 私は、でも、と言い掛けてもごもごと口を噤む。 「でも、じゃない。 はめられて、どこぞの遊郭に売り飛ばされても知らないからな」 「でも、宝玉の事は知らないと教えてくれたわ」 いくら見るからに悪そうな顔・・・ もとい誤解されやすいお顔でも、あの言葉に嘘はなかったと思う。 「まぁ、な。しかし参ったな・・・ここでも収穫なしか」 「ここが国内最後の砦だったのにね」 北州の峠から東に下り、虱潰しに街を当たった。 でも、情報と言えば胡散臭い詐欺商法だけで、目ぼしいものはなかった。 この科戸の街が、ここらでは一番大きな街なのに・・・ 「ねぇ、私、思うのよ。 月環の剣が竜神様の手元を離れたのが、約3月前のことでしょう?」 「残りの2つも同じ時期だとしたら、知られてなくて当然・・・か」 「同感だわ、厄介な作業ねぇ」 「まぁ、関所まではまだ街もあるし、焦らずやろうぜ。 とりあえず、今日はお開きにして旅籠を探そう。 お前と違って、俺はそれ程頑丈じゃないんだからな」 疲れの滲む背中に一発入れ、夕暮れに溶け込む景色を眺めた。 国の、東の端まで来たんだなぁ・・・ 邸に缶詰になっていた頃には、想像もしなかった。 ―― ワァッ・・・!! 普段は静かな佇まいの庭が、一気に騒がしくなる。 それは、今日が年に一度の祭りの日だからだ。 広場では競射が開催され、恰幅のいい若衆が腕を競い合っている。 それを正面に眺める一番の上座には、早蕨の衣を着た青年が座す。 目線は真っ直ぐに、白熱する若衆の戦いを追う。 しかし、心だけ遠くを漂っているような・・・ 浮かない表情を湛えている。 「・・・の大君様、天津の大君様!」 声を荒くされた途端に、ハッと我に返る。 青年は、自分が呼ばれていることに気付いていなかった。 「ん・・・ああ、すまない。祭りの最中に転寝をしてしまったようだ」 横に座っている幼さの残る少年を見やり、笑顔で繕う。 沈んだ顔色の青年の名前は、天津と言う。 建国されてまだ新しい水穂の国を治める、年若き王である。 「あの、大君様はお疲れなのでしょう? こんな所で休まれてはお風邪を召されます。奥で休んでは・・・」 傍仕えの少年は眉根を寄せて、厚手の毛布を掛けた。 それを受け取り、大君は髪をワシワシと撫でてやる。 「心配をかけたな、広夜」 「・・・大君様、高天原のことを考えておいでですか?」 図星を突かれ、大君は大きく肩を震わせた。 確かに、彼の頭を悩ませているのは、隣国・高天原のことだった。 盗賊や国交の対処に追われて、もう何日も寝ていない。 「お前は賢い子だな。そして鋭い」 「・・・遥さんは、もう水穂にお戻りにならないのですか? 盗賊の討伐にはあの方が不可欠です。なのに、どうして宮様は・・・」 そう問われて、大君は俯いて考える。 高天原の兵が国内から撤退し、頼みの総司令官も戻ってこない。 彼がいたら、今の水穂はどれだけ救われることか。 「宮は気丈な方でな。 自国の問題は己の力で善処せよ、との仰せだ」 「ですが、こんなに急にっ・・・」 「若輩とは言え、私とて一国の主。宮は私を試しておいでなのだ」 宮は、他人に頼りきっている私の力不足を咎めている。 そんなことを思うと、また偏頭痛が酷くなる。 「大君様、お願いがございます」 何かを決意したような声音で、広夜は言った。 「ん?」 「僕を・・・高天原へやってください。 大君様の側近の僕がお話すれば、きっと宮様も分かってくださいます。 必ず、もう一度、援助をしてくださるように説得して」 「何を馬鹿な! お前をあんな国に・・・」 大君は思わず声を荒げた。 競射を堪能していた宦官や女官が、一斉に振り向く。 ザワザワと困惑が広がる中、大君は広夜を見つめて念を押した。 「私をあまり侮るな。お前に頼らずとも・・・」 渋る理由は、高天原の土地柄と広夜の出生のためだ。 何故なら、彼は 「・・・僕が妖怪だから、ですか?」 「・・・そうだ、危険すぎる。 高天原はかつて妖怪を・・・お前の血族を、駆逐した土地だ。 両者が共存している我が国とは、勝手がまるで違う」 高天原の土地が、まだ国として成立する前のこと。 妖怪を『邪』と決め付けた領主が、妖怪達を土地から追い払った。 その話は、水穂でも有名なことである。 「僕はあなたのお役に立ちたいんです、こんな身だからこそ・・・」 広夜は、人と妖怪の混血の末に生まれた混血児だ。 そのために謂れのない暴力を受け、その都度、大君に庇われた。 恩返しをしたい、と言う想いが胸を締める。 「広夜・・・」 ―― ガツ、パカッ・・・ 荒い蹄の音が、人気のない道に響く。 今歩いている砂利道が、全く整備されていないからだわ。 科戸の街を出てからは、ずっとこんな感じで・・・ 振動のせいで、どんどん酔いが回ってくる。 「ねぇ、遥、少し休憩しない?」 「休憩はもうしばらく待て。ここを、曲がろう」 遥はそう言って、愛馬の首をグイと北への細道へと傾けた。 「え・・・でも、水穂の関所はこっちでしょう?」 細道を曲がったら、大幅な遠回りになるはず。 道は酷いけど進めないほどには見えないし、どうして急に・・・ 「いいから、黙って付いて来い」 水穂との関所へ行くんじゃないの? と言うか、その焦り方は尋常じゃない気がする。 「ほら、飛ばすからな」 首を傾げつつ、私も馬首を逸らした。 遥の広い背中は、みるみる小さくなっていく。 私は、慌ててた手綱を引く。 すると 「兄ちゃぁんッ・・・!!」 賑やかな声が、背後から上がった。 声からして快活そうで、若さ漲る少女の声が。 遠目からでも分かるほど、必死な様子だ。 袖を絞った着物からのぞく腕を、大きく振り回している。 何、かしら・・・? 「あの子、どうしたのかしら・・・ねぇ?」 大慌てで追いついた私は、遥を見て思わず目を見張った。 遥の顔は、蝋人形のように硬直していた。 「は、るか・・・どうしたの?」 次頁へ続く *_____________________________________________________________________________________________________________*
|