お前が一生懸命なこと、よく知ってるよ。でも。でもな・・・・・・










「ねぇ、遥、これから少し付き合わない?」

夕餉の後、いきなり桜がそう言った。

私室の扉の隙間から顔を出し、俺に入れと手招いている。

宮様でも朝日でもなく、俺だけになんて珍しいこともあるもんだ。

「一体何をさせる気だ?」

気味悪いな、と言う視線を送ると、桜は唇を尖らせた。

「胡桃餡のお饅頭があるの。一緒に食べないかと思って」

「ああ、すぐ行く」

俺は桜の言葉を遮って、早々に返事をする。

その様子を見て、桜はケタケタと楽しげに笑った。

「ふふ、おかしい。相変わらず甘い物好きなのねぇ」

そう、実は俺は大の甘味類好きだ。

昔からずっと、そこいらの女には引けを取らない程だった。

「男の甘味好きって、笑うほど珍しいか?」

「違うわ。あなたの変容がおかしいのよ。まるで別人みたい」

ふーん、と曖昧な相槌を打ち、俺は桜の部屋に向かった。






「入るぞ?」

桜の私室は、相変わらず物が少なく広々としていた。

中央の漆塗りの机では、茶器が暖められ、湯気を噴いている。

言うも言われぬ良い香りが漂って、鼻をくすぐる。

「さぁ、こっちに座って。どうぞ?」

桜はゆったりとした手付きで茶を注ぎ、ツイと差し出した。

その作法や手付きは、良家の子女らしく上品だ。

「じゃぁ、遠慮なく」

白磁の平皿の中央には、こげ茶の饅頭が5つ。

コロンとした一口大で、上には胡桃の欠片と金粉が散らしてある。

いかにも美味しそうで、一つを手に取って頬張った。

すると、



「・・・・・・ん? 

この餡、なんか変な味が・・・・・・」



噛締めるうちに、味の異様さに気づいた。

桜は胡桃餡と言っていたが、明らかに胡桃の味じゃない。

いや、確かに香りはするが・・・・・・

不思議な味が口中に広がっている。

何だろう、溝川にでも首を突っ込んだ気分だ。

「お・・・・・・おい、なぁ、これは胡桃餡の饅頭じゃなかったか?」

「そうよ、分量通りに作ったんだから」

にこにこ笑って答える桜の返答に、げっと呻き声を上げた。

「・・・・・・い、今、何て言った?」

「作ったのよ、私が。それがどうかした?」

キョトンとするその様子に、俺はガックリと項垂れた。

「馬鹿、お前な、そう言うことは食わせる前に言っとけよ・・・・・・!!」

俺は手の甲で口を押さえて、勢いよく立ち上がる。

そして、吐き出せる桶のようなものを探したが、

残念・・・・・・何もない。

こうしている間にも、異物は体内を流れていく。



俺の甘い物好きも、男にしては珍しい。

だが、こいつの料理下手も十分珍しい。

・・・・・・と言うより、異常だ。

ごく簡単な粥さえも満足に作れないんだ、このお姫様は。

昔、こいつが肉団子の甘酢あんかけを作った時、

俺は腹を壊して一週間寝込んだ。

隠し味に入れたと言う、イモリの黒焼きが原因だった。

鮎の柚蒸しの時も、葛餅の時も、同じように酷い目にあった。

見た目が普通な分、更にタチが悪い。

本人に自覚はないが、こいつの料理は兵器にだってなり得る。

それなのに、何故かやたらと厨房に立ちたがるんだ。

大人しく食べる立場でいればいいものを。



どうしたらこんな味になるんだ?

何を、どう、分量通りに混ぜたら、こんな、こんな・・・・・・



「うえ、気持ち悪い・・・・・・」

思考力が低下してきたらしく、俺は支離滅裂なことを考えた。

「お、おかしいわね・・・・・・美味しくなかった?」

今回は割と旨く出来たはずなのに、と唇をすぼめる。

美味しいとか、美味しくないとか、そう言うレベルの話じゃないぞ?

「自覚しろよ・・・・・・」

やばい、額に尋常でない量の脂汗が伝ってきた。

もはや床でもいいから吐き出してしまいたいが、

溝味の饅頭はもう胃に到達している。

「ちょ・・・・・・ちょっと、遥、顔が真っ青よ?!」

「ああ、そうだろうな。そうだろうとも」

厨房頭、頼むから二度とこいつに料理をさせないでくれ。

また作りたいと言い出したら、

大人しくしていろと、厨房から叩き出してほしい。

そして、桜・・・・・・

いつもいつも、懲りずに俺を毒見役に使わないでくれ。

下手だと自覚して、謹んでくれ・・・・・・な?



この後、俺が昏倒したのは言うまでもない。









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【あとがき】

『Have no sense of cooking』を書いたのは、

三章の執筆に行き詰って、悶々としていた頃でした。

web拍手のお礼に短編小説でも、と思って書き始めたのですが、

思った以上に楽しくて、いい息抜きになったのを覚えています。


遥の甘味好き設定は以前からずっとありました。

幼い頃の「お菓子?何それ?」な桜を邸から連れ出しては、

市場でこっそりお菓子を買って、

その都度女官にばれて正座でお説教・・・・・・

なんてエピソードも、また番外編で書いていきたいですね。

桜の料理下手設定も、らしくていいかなぁと思います。

内容はとても馬鹿っぽくてくだらないのですが、

私風味(?)に仕上がったので、当時も今も大満足です。